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冬童話2025

超美術館

作者: 壊れた靴

 ぼくがいつも使っている通学路の途中には、変なものがある。

 建物と建物の間を進んだ先にある、低い階段とその上のドアだ。階段もドアも、その横を通れるくらいにはすきまがあるし、もちろんドアもどこにもつながっていない。ドアの先にあった建物が丸ごと切り取られて、ポツンと、階段とドアだけが残されているような感じだ。

 昼間でも暗い場所だし、その先も行き止まりなので、だれも用事はないのだろうけど、ぼくはここを見つけてから、時々ドアを開けようと入っている。いつもカギがかかっているドアが開けば、何かが起こりそうな気がする。

 ある休みの日の朝、大きな男の人がそこに入っていくのを見かけた。

 気になってついて行ってみると、階段の下にしゃがんで何かしているみたいだ。

 何をしているんだろう。近付こうとした時、足元の小石をけってしまった。石は男の人の前まで転がっていった。

 男の人は立ち上がってふり返った。にげようと思ったけど、体が動かない。

「こんな所で何してるんだ?」

 大きくてこわい人だと思ったけど、顔も声も案外やさしい感じだ。

「そのドアが気になって、時々来てるんです」

「やっぱりか」

 男の人は声を上げて笑った

「あなたは何をしてるんですか?」

「この階段とドアをてっきょ、えーと、なくしてきれいにするために来たんだ」

 てっきょの意味くらい分かるけど、ぼくのような子どもにも気をつかう人みたいだ。

「こんな変なものが残っていたら、君みたいな人も入って来るだろうしな」

 男の人の笑顔に、少しはずかしくなったけど、ドアを開くことができなかった残念さの方が強い。

「あの、てっきょするんだったら、ドアを開けてもらうことはできますか?」

「そんなこと、おれにたのまなくてもできただろう」

 男の人は笑いながらそう言うと、階段を上ると、ドアの横からうら側のドアノブに手をのばした。

 ああやってカギを開けてしまえばよかったんだ。横を通りぬけて、ドアのうら側を見たこともあるのに、何で気付かなかったんだろう。

 男の人は階段を下りると、どうぞ、というように場所を空けた。

 階段を上り、ドアノブに手をかける。あっけなくドアノブは回り、ドアを開くことができた。

 当たり前ではあるのだけど、どこにもつながっていないドアからは、いつも通りの暗い空間が見えるだけだ。

 少し残念に思いながら、せっかく開いたんだし、とドアをくぐって飛びおりた。

 

 足が付いたのは、ふしぎな場所だった。

 さっきまでいた暗い場所ではなく、明るくて広い道の真ん中に立っていたけど、周りには変なものがたくさんある。

 地面の上にかかった橋。

 根元だけ残った、ドーナツのような電柱。

 柱にまきついた上も下もどこにもつながっていない階段や、ポツンとある上って下りるだけの階段。

 開いた先に見えているのはかべだけだったり、どうやっても上れない高い所にあったりするドアやシャッター。

 そんな風な、なんの役にも立っていないように見えるものばかりでおかしな風景が作られている。

 おかしな風景にかこまれているせいか、なんだか不安になってきた。

 広い道を速足で進む。右を見ても左を見ても、変なものがあるだけだ。

 しばらく進むと、いつもの階段とドアが見えた。男の人がそれをじっくりながめるみたいに立っている。後ろ姿はさっきの男の人と似ている。

「あの、すみません」

 声をかけたぼくに男の人がふり返った。やっぱり、さっきの男の人だ。

「お客さんとはめずらしい」

 男の人は少しおどろいたみたいだけど、すぐに笑顔になった。

「あの、ここはどこですか?」

「ここは美術館だよ。君たちの世界の美術品をおさめているんだ」

「ぼくたちの世界って、ここはちがうんですか?」

 男の人はゆっくりうなずいた。

「どうやったら帰れますか?」

「心配しなくても、ぼくが帰してあげられるよ。ぼくは館長だからね」

 男の人、館長さんは笑った。

「でも、できれば少し話し相手になってもらえないかな。お客さんが来ることなんてめったにないから」

 ぼくはうなずいた。館長さんにはなんとなく安心できるふんいきがあるし、少しさびしそうにも見えた。

「ありがとう。よかったら君もすわって」

 そう言うと、館長さんはすぐ近くの、横にならんだ根元だけの電柱にこしを下ろした。ぼくもならんですわる。

 館長さんはいつもの階段とドアを見つめている。

「あれは、ついさっきこの美術館におさめられたんだ。なかなかいいよね」

 笑顔の館長さんに、気になったことを聞いてみる。

「さっきはあの階段とドアをてっきょしに来たって言ってましたけど、館長さんは、ぼくたちの世界に来ることがあるんですか」

 館長さんは笑って首をふった。

「そっちで働いている、ぼくの仲間に会ったんだね。本当は彼には、そっちでてっきょされそうになった美術品を、ここに送ってもらっているんだ」

 見た目はそっくりだけど、どうやら別人みたいだ。それはともかく、ぼくにはあれが美術品だとはとても思えないけど。

「美術品っていったら、もっときれいなものじゃないんですか?」

「ぼくにとっては、あれが美術品なんだよ。君らの世界で美しいとされる絵画や風景なんかは、全然面白くないんだ」

 館長さんは首をふって大きなため息をついた。なんだか変に大げさで、ちょっとおかしかった。

「どういうところが美術品なんだろう?」

 思わず声に出してしまった。館長さんはちょっと考えるように首をかしげた。

「何のためにあるのか、分からないところがいいのかもしれないね。だれに見せるために作ったわけでもないし、そもそも何かさせるために作ったわけでもないのかもしれない」

 よく分からない。ぼくも首をかしげた。

「ぼくも分かっていないんだから、君も分からなくて当然だよ」

 館長さんは声を上げて笑い、ぼくもつられて笑った。

「ぼくももう少し、ここにある美術品について、考えてみるよ。館長なのに、全然考えていなかったからね」

 笑顔の館長さんにうなずく。

「楽しい時間をありがとう。あまり引きとめるのも悪いし、そろそろ君を君の世界に帰すよ」

 立ち上がった館長さんに、ぼくも立ち上がる。

 ここに来た時に感じた不安はなくなっていた。何度か来れば、ここの美術品の良さも分かるかもしれない。

「また、ここに来ることは出来ますか?」

 館長さんはまた首をかしげた。

「どうかな。ぼくにも分からないんだ。館長なのにね」

 そう言って笑った館長さんに、ぼくも笑った。

「それじゃあね」

 手をふる館長さんに、手をふり返す。

 

「君、いつの間に入ったんだ。工事するから、さっさと出て行って」

 館長さんとは似ても似つかない、ヘルメットの男の人が、おこったような顔でぼくに声をかけてきた。いつもの場所にもどってきたみたいだ。

 男の人に頭を下げて、その場をはなれる。

 こっちの世界で見ることはきっと最後になる、いつもの階段とドアのすがたは、やっぱり変なものとしか思えなくて、少しだけ笑った。

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― 新着の感想 ―
もしかしたら少年の頃にしか体験できないのかもしれない。 不思議な思い出として彼の中にずっと残り続けるのでしょうね。
2025/01/23 19:48 退会済み
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