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外交 その2

「ではいってらっしゃいませ、陛下」

「ああ。留守は頼んだ」


 外交の関係で、今日からアスタロトはラストへ向かう。複数人の護衛と補佐を連れて、ラストから出された交渉について、詳しく掘り下げに行く。


 今回は、(ロバート)はアケイディアで留守番だ。

 一時的に全権力を彼に移し、この国の復興を任せる。不足の事態を考えていくらかの書き置きは渡した。「いくらか」とアスタロトは言っていたが――ぶ厚めの本くらいの、びっしりと内容が書き込まれた紙の束を渡されたロバートは、表情筋が引き攣っていた。


「陛下、ご機嫌ですね」

「そう見えるか?浮かれてるように見えるのなら、多少は引き締めないとな」

「いえ、宣戦布告を叩きつけに行くのでないなら、そのくらい笑顔の方が良いかと」

「そうか」


 実際、現在のアスタロトは笑顔で車外の景色を眺めている。鼻歌でも歌いだしそうだ。


「今回の件は完全に友好国との交流だ、皆、気軽にしていてかまわん。給料分の仕事をすれば、内心どう思っていようが、なんなら家に帰って私の身代わりを殴り飛ばしていようが私は何も言わない」

「そりゃ大変だ、護衛が守られていてはこの国の沽券に関わります」

「アスタロト様は稀代の”始祖還り”ですからね」

「主人の毒で全員ぶっ倒れても減給は無しですか?」

「なぜ私が直接動く前提なんだ、ラリってマトモに動けない者は有給休暇を使用しての病院送りとする」

「給与は?」

「有給だぞ、なぜ出ると思った」


 車内が笑い声で満ちる。


 実は、アスタロトの側近や護衛は、比較的無礼講だ。かつて王族が自らの隣に道化師を置いたように、頂点に立つ者は自らに意見する者が必要になる。必要とする、必要がある。

 絶対王政とは独裁政権であり、完全に個人で全てを決めたら間違いなく瓦解する。

 故に、アスタロトは事前に伝えていた。


『反対意見は常に募集している。ただし、しっかりした理論と、代わりの具体案を作って持ってくること』

『多少のジョークなら受け入れよう。ただし、一線は越えるなよ』


『自由な権利と、それ故の義務を、自覚せよ』


 留守番の爺含め、部下全体へアスタロトが必ず言いつける教えだ。


***


『アスタロト様!よくぞいらっしゃってくださいました!』

『いえ、こちらこそ、あの時はお門違いなどと激昂して、一蹴してしまい申し訳ございません』


 ラスト国の大使館で、アスタロトとラードは再会した。お互いに頭を下げ、握手を交わす。


『いえいえ、私も、お忙しいであろうアスタロト様に相当な無茶を言っていることは重々承知しております。…アスタロト様?そういえば、通訳は…』

『素人ながら学んで参りました。下手くそだったり、うまく伝わらない場合はご容赦を』

『まさか!とても流暢で聞きやすいです』


 『そういえば、貴国での会話も通訳はいませんでしたね』と言いながら、足早にラードは廊下を先んじる。ラストの人材とアケイディアの人材が互いに頷きあい、主人についていく。

 広い部屋には大きな机が一つと、それをぐるりと囲むように椅子が置かれている。

 ラストの護衛が椅子を引いたので、アスタロトは少し頭を下げてそれに座った。


 向かい側の席にラードが座ると、アスタロト達が入ってきたのとは別の扉が開いた。


『み、ミハイル陛下!?』


 ガタン、と音を立ててアスタロトは椅子から立ち上がる。蹴り飛ばされた椅子が背もたれから倒れ込んだ。


『ああ、アスタロト殿、どうか気楽に』

『いえ、まさかそんな!いらっしゃるとわかっていたなら一言でもご挨拶しましたのに!』


 現れたのは、現国王、ミハイル=ラスト。その後ろからは女王や皇太子が続く。


『交渉相手の王族がいらっしゃるというのに、呑気に座って水を飲むなど、なんという無様を!』

『アスタロト様、先程も言いましたがどうか気楽に。今回はこちらが頭を下げているのであり、下の立場なのです』

『ですが…!』

「陛下、相手の善意を固辞し続けるのも非礼ですよ」

「…それもそうだな」

「あ」


 コソッと背後から部下に囁かれ、アスタロトはようやく息を落ち着けて腰を下ろした。

 ガクン、と体が落ちる。

 重力に従うままに尻餅をつき、倒れた椅子の脚で脇腹を削った。


「〜〜〜ッッ!!!(悶絶)」

「申し訳ございません陛下!あの、言おうとしたのですが…」

「いや、あの…聞かなかった私が悪い」


 相手方を見れば、王族は苦笑し、ラードは心配そうにこちらに手を伸ばしてくれている。机の向かい側なので全然届いていないが。

 部下の手を取って立ち上がり、部下が立て直した椅子に改めて腰を下ろす。


『それで、交渉内容ですが…』

『まず、貴国、言い換えましてアスタロト様には、自分の親族の教育をお願いしたいのです』

『ではアケイディアは、その対価に、長期期間の貴国からの支援を願い出たい。私が内政にいられる時間が短くなると、ただでさえ苦しい自国がより苦しくなってしまう』

『はい。詳しい支援内容はこちらに』


 ラードが指示を出し、相手側の部下が書類を提示する。

 普通に考えると破格の内容だ。たった一人の教育の為だけに、数十億の支援金を支払うなど正気の沙汰ではない。ましてや、民主主義とは対角の位置に存在する、独裁国家へなんて。

 しかし、たった一つの条件が加わることで、世の中は簡単にひっくり返る。


『…始祖還りへの教育ともなれば、まあ妥当な数字ですね』


 それはビジネスでも、外交でも例外ではないのだ。

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