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外交 その1

「どうして戻ってきてすぐに報告しない!!」

「いえ、申し訳ございません…お疲れのようでしたので、少々でも休息をと…」

「外交官を待たせて部屋でのんびりしている為政者がどこにいる!!」

「しかし陛下はまだ齢13――」

「何歳だろうが私は為政者だ!!」


 足音高らかに部屋中を歩き回り、手早くマナー本に目を通し、必要と予想される書類をまとめて隣に控える予定の部下に渡す(押しつける)


 この国には、現在、外交官がいない。

 正確には政府お付きの奴がいたはいたのだが、見た目は不潔、言葉遣いも性格も最悪、自国を貶める裏事業に手を回し、自分に利益入れてガハガハ笑うタイプのクソデブだったためアスタロトが切り捨てた。お優しいことに手切れ金を渡して、だ(逆に言えば「これをやるから二度と戻ってくるな」という意味なのだが)。


 かといって、相手の内容によっては複数回会う必要が出てくるためこれから公共事業でてんやわんやになるであろう貴族に任せられるはずもなく。「誰か他国の使者が来たら自分に通すように」とアスタロトは事前に口を酸っぱくして言い聞かせていた。まさか、こんな早い段階で来るとは思ってもいなかったが。本当に。



「相手はラスト国だったな?となると、現在の外交を担当する大臣は…」

「たしか、モ、モス…」

「ラベ・モスキラは一つ前だ。四ヶ月前に選挙が行われて最近変わった」

「そうでしたか?陛下は世間をよくよく見ておいでで…」

「政治をする者なら当然だ。お前も新聞くらいは読め。頭のいい奴は悪い奴と比べてアドバンテージができる…まあ、モテるか否かは本人の素質次第だがな」


 「まあ少なくとも、モスキラの名が出てくるのは評価しよう」と言えば、部下は表情を緩めた。しかしすぐに元通りにした辺り、精神面で評価は高い。


 アスタロトが優秀な人材の雇用と将来の人材育成に重きを置いていることは、かなり有名な話だ。

 手近な側近から窓拭きの掃除係まで、全員の人格や知識などを全て把握し、一新したことは記憶に新しい。その中でも大きな偉業が貴族の大粛清だ。

 正確には殺していないので粛清でもなんでもないのだが、それでも国内に与えた影響は凄まじかった。


 ”王とは国家の為に努める存在であり、決して貴族の傀儡ではない”。

 それを体現したような存在が彼だった。


(数代前の戦争で奪い取った荒野…いや領地の返還要求か?それともそれを理由に人材の引き抜き?(いず)れにせよ、このタイミングで来る外交なんざ嫌な予感しかしない!!)


 出る杭は打たれる。この世の真理である。

 他国も自国も共に成長したいという聖者のような国家なら話は別だが、運の悪いことにこの世界は資本主義の下で動いている。誰かが富めば誰かが貧窮に喘ぐのだ、国家単位で富もうとしているこの国をよく思う方がおかしい。

 ましてやこの国は化石とすら思える絶対王政。世界の中で最も悪役に『しやすい』国家と言っても過言ではない。


 内心ため息をつきながら、アスタロトは扉を開けた。



***



『お待ちさせてしまい申し訳ございません、ラスト国外務大臣、モリー・ラード様』

『いえ、お気になさらず。アスタロト陛下はお忙しいと噂されております。むしろもっと待ってもよかった、この部屋で待機中に勝手に読ませてもらった本が良いところだったのです』

『それは申し訳ない、お望みなら同じものを後日お届けします』


 『どうぞこちらへ』と対談用の部屋へと率先して案内し、進んで自ら下座に座るその様には油断も隙もない。幼気が残る顔と低い身長がなければ勘違いもしないというのに。

 お堅い、そう、堅実でありながら柔軟で、合理主義的でありながら必要ならば賭けも進んで行う怪物。中身と外見のギャップが激しいことこの上ない。


 ラードは内心冷や汗をかいていた。


(純粋無垢、幼さすら感じるその笑顔の下には、どれほどの化け物が潜んでいるのか…これが、これが始祖還りか!!)


『…実は、我が国はある危機に陥っているのです。それにご助力願いたく…』

『助力…?この国にですか?』


 単刀直入に用件を告げれば、アスタロトは眉を動かして問い返す。じっとりと汗の滲む手のひらを隠すように握り込みながら、ラードは肯定の意を返した。


『…不快に思われたら申し訳ないのですが、貴国は――ラストはこの国よりはるかに栄えているはず。我々は改革の途中でてんやわんやなのです、この大陸内でむしろ豊かな方である貴国に我々が貢献できるとは思えません』

『いえ、こちらこそ言葉を選ばずに申し上げるなら、貴国でなければ駄目なのです。もっと言うなら、貴方様でなければ!』

『自分ですか。こんな幼子に何かできるのでしょうか、第三者の他国の官僚がどう思うことやら』

(よく言ったものだ!)


 ラードは内心毒を吐いた。毒使いのアスタロトに負けず劣らずの毒だ。


 「貴国のご助力が必要」と言えば、「自国よりも他国に頼め、自分は改革中で忙しいんだ」と言い。

 「貴方でなければ」と言えば、「自分はひよっこだ、人望も経験も薄いのだ」と断る。

 しかも現時点では断って当たり前、なぜならまだ”国の危機”の本質すら話していないのだ。言葉の端々から察せるならともかく具体的なことがわからない以上、頭ごなしに断っても誰も文句を言えない。


 まさに怪物。先代の外交官だったら、間違いなく交渉自体は楽な仕事だったはずだ。その後がはるかに恐ろしいことになっていただろうが。


(自国の――ラストの印象を悪化させないために、二つ返事で受け入れると思っていた自分が馬鹿だった!!)


 これから交易を行うことまで考えたら、対象国にコネを作っておくに越したことはない。

 しかし、それ以上に彼は賢く、慎重だった。


『それで?その危機とは?具体的な内容が分からなければ、私も判断しかねます』

(「乗る船くらいは自分で決める」ということか…はじめから、泥舟に乗るつもりはないと!)


 歴代のこの国の王室は、言葉を選ばずに言えば、緩かった。

 緩くて、臆病。経済のことはなあなあで済ませるくせに見栄を張るのは一丁前。貿易も他国にごますりをして行っている印象が強かった。

 だからこそ、この仕事に喜んだものだ。少しおだてれば上手くいく、下手に出れば上手くいく、実に簡単な仕事だ、と。なにせ、相手は子どもなのだから。


『――申し訳ない、今、この部屋では話すことができません』

『何故?概要がわからなくては対応のしようがありません』

『…下手すれば国家がひっくり返る程の、ことなのです』

『せめて何をしてほしいのか、何故自分しか駄目なのか、その理由くらいは知りたいですね。国民の大量虐殺や不当な国境侵略などに手を貸したくはありません』


『……教育です』

『はい???』

『我が国の陛下の――王族の、とある方を、教育してほしいのです』


 一瞬、アズの目線がぐるりと回った。


「教育?他国の国家のトップに頼みに来たと?わざわざ?改革中のクソ忙しい自分に??」


 心の中で呟いたつもりだったろうが、小さく漏れ出る。いや、聞かせるつもりで呟いたのかもしれない。彼の母国の言語のため、何と言っているのかまではわからないが。


『…失礼、どこからどこまででしょうか』

『と、おっしゃいますと』

『教育、と一言に言っても、四則演算や歴史、あと言語などの一般常識、身近な道具の使い方、マナー、それとラスト国の王族としての心得など、多岐にわたります。できれば何を教えるという具体的な基準が欲しいのです』

『では、できれば全部を』

『全部!!?正気の沙汰じゃない!!』


 ガタン、と音を立てて、アスタロトが席から立ち上がる。


『お断りします!明らかにお門違いだ!!』

『お、お待ちを!』


 部屋を出ていこうとするアスタロトを、ドアの前に自分の身を押し込むことで、退路を絶たせることでかろうじて止める。


『お願いしますアスタロト様、どうか、我が国(ラスト)に来て事情だけでも!』

『王族としての心得や姿勢・食器の使い方などのマナーのみならまだ力になれるかと思いますが、四則演算に言語に一般常識?貴族どころか平民でも親が教えて然るべきものまで、何故私が教師にならねばいけないのです。私は隠居爺ではありません、ただでさえ普段の統治で忙しいのに!我が国の王族は貴国と違って、直に実権を握っているのです!』


 ラスト国――正式にはラスト共和国――は、一般には議会の(もと)で政治が行われている。王族も残っているが、「君臨すれども統治せず」という思想の下、特別な行事(議会の成立・解散など)以外は政治に関わらない。

 そうでなくとも、王族ならば教育係を雇うことも容易だろうに、わざわざアスタロトの所に来たわけは。


『そうはおっしゃいましても、実は…ーーーー』

「!」


 ピクリ、とアスタロトの動きが止まった。


『今回のことを受け入れてくれるのなら、貴国に…アケイディアに、多くの支援を送らんとすることも、議員の間で多く肯定されております。だからどうか、我が国の未来の為にもどうか…』

「…………」


 アスタロトは目を伏せ、しばらく考え込む。


『…持ち帰って検討します。次は自分が貴国に向かいます故、…そこでなら、もう少し詳しく話してくださいますね?』

『! ありがとうございます、寛大な御心に感謝します』


 ラードは胸を撫で下ろし、笑顔で一礼した。

 その後の食事会は驚くほど和やかに進み、専用の部屋でようやく息をつく。


(それにしてもまさか、雑談のつもりで話した世界情勢から我が国のジョークまで通用するとは…これは、恐ろしい相手が代表になったものだ、この国も。まあ…良い報告ができそうでよかった)


 自国と比べると安いベッドの上で、ラードは安堵から笑顔で目を閉じた。

「…………」


 人払いを済ませた執務室で、アスタロトは無言で座っていた。


「…ククッ」


 自然と口角が釣り上がる。肩を震わせ、声を殺して、静かに彼は笑う。


(こんな時期にやってくるなんて、確実に良くない内容だとは思っていたが、まさか…まさか、まさか!このタイミングでラストに()()()()()()()、同時に援助も受けられるとは!!)

「なんて都合の良い誤算だ」


 嬉しさを隠せない声色で言いながら、アスタロトはうっとりと、ラストとの外交予定を書き込んだカレンダーを見つめるのだった。

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