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改革 その2

(とりあえず、問題をざっくり可視化するとこんな感じか?)


 ざっと視察を終わらせて執務室に戻ると、アスタロトは腕を組んで机を睨みつけていた。机の上には一枚の紙、その上には今のこの国の問題点が箇条書きになっている。



・財政:国民の貧困とインフレが激しい。貴族も同様のせいで国庫もボロボロ

・外交:国交や輸出入がないと今後この国はかなり厳しいだろう

・教育:次世代の役人を育てたい。学校は必須

・法律:絶対王政や独裁政権だと必ず将来的に腐敗が起こる。やはり立憲君主制か民主主義に移行するべきか?

・(その他あるが細かいため省略)

  ・

  ・

  ・



「どれからやっかな〜〜〜」


 全部並行してできたらそれが最善なのだが、非常に残念なことに、資本主義のこの世の中では金がなくては何かとうまくいかないことが多い。そしてこの国は現在一番の貧困国。

 つまりはまあ、こんなこと言ってはいるが内心は決まっている。


「……やっぱ、表立ってやるならこのあたりか」


 そう言って、アスタロトは「財政」と「外交」の点に丸をつけた。


***


「おい爺」

「なんでしょうアスタロト様」

「今日の俺の仕事は終わったな?」

「そもそも現状維持の仕事ですら貴方様の御歳でやっているのはおかしなことだと(ワタクシ)は思いますが」

「終わったな?」

「はい」

「よし、言ったな」

「…はい?」


 現在時刻は午後の4時前。アスタロトは勢いよく席を立ち――









 窓から飛び降りた。

※なお、アスタロトの執務室は城のほぼ最上階である









「はっ!?えっ、ちょ、アスタロト様ーーー!!?!?」




「はーははははーーー!!っシャア自由時間だあーー!!」


 ごうごうと風を受け、彼は快活に笑う。その笑顔の健全さといったら、もう何も言えない。

 ――目的は、子どもらしい健全さなど微塵もないが。


 途中の窓枠に手をかけ、窓枠が折れる前に手を離しては別のものにかけ、それを繰り返して減速したら目的の窓で止まってカララと開ける。


「よおゲイロス、例のもの出来てる?」

「アスタロト様……できてますけど、廊下から来てくださいよ。爺さんの悲鳴厨房(ココ)まで聞こえてきてましたよ」

「おっこれか?持ってくな、ありがと」

「聞いちゃいねえ……」


 ゲイロス、というのは、この城の厨房に所属する下っ端料理人の一人である。料理長にしごかれてヒイヒイ言いながら毎日皮むきをする、正真正銘の下っ端である。

 そんな彼がアスタロトから直々に頼まれごとをしているのは、下手に格式の高い料理人に頼むと彼ら(・・)のためにならないからである。「食えるし美味いけど、下手なくらいがちょうどいい」とはアスタロト談。


 廊下から革靴の足音がヅカヅカと近づいてきているので、目的のものだけ取って再び窓から脱出。少し遅れて厨房の扉が開く音がしたが知ったこっちゃない。


「じゃあな爺!真夜中までには帰る!!」

「アスタロト様!!!!(怒)」



***



非常に残念なことに、この国にはスラム街が存在する。どうにもならなくなって破産した者、生まれながらにこの街に住む哀れな子どももいる。建物の修復・修繕も整っていない、過去の遺物のみ残る死んだ街。それがここ、スラムである。

 かつてここはこの国の首都と言っても忖度ないほど栄えていたのだが、国家予算の低迷につれて(王族・貴族に金が吸われて)インフラ整備が遅れ、建物や道路の崩壊が相次いで起こった。結果、マトモな資産を持つ市民はこの街を捨てて引っ越し、身分を隠したい荒くれ者や裏社会のあれこれが流入してきた。見事な世紀末の完成である。


 そんな危険地帯にアスタロトは立ち、大きく息を吸って声を張り上げた。



「……宿題見てほしいやつ、だぁれだーーー!!!」



 一拍、間をおいて、瓦礫の陰からひょこりと見えるシルエット。ひょこ、ひょことどんどんその数は増えて、アスタロトを取り囲んでいく。

 そして、最後の一人が顔をのぞかせた瞬間――



「アズ!!」

「アズだ!」


 皆、一斉に彼に駆け寄った。


「おうおう、お前ら今日も無事に生きてるようで何より」

「悪いな、本来お貴族様の仕事じゃないのに」

「お貴族様だからこそこういうことする必要があんの。自分の仕事分けられる奴育てて何が悪いんだってんだ」

「やっぱ変わり者だよなお前」


 アスタロトの服を掴んで、周囲できゃいきゃいとはしゃぐ子どもらを軽く撫でて、アスタロトは持ってきたバスケットを置いた。


「とりあえず一人一個な。余ったらじゃんけん」

「「わーい!!」」


 砂糖少なめの粉っぽいマフィンを奪い合うように頬張る彼らは、このスラム街の子どもたちだ。アスタロトは自らの身分を「王」ではなく「貴族」と若干偽り、不定期に彼らに教育を施していた。

 悪意ある大人に絡まれることも多々あったが、そういう輩は暴力でねじ伏せた。大の大人がわずか13の少年に叩きのめされる様はさぞかし響いたことだろう。少なくとも、アスタロトがいる間に子どもが被害に遭うことはなくなった。

 不在にしている間は知らないが、少なくとも表情を歪めたり触れられることを嫌がっていたりしないから大丈夫だろう。生まれながらのスラム育ちは、何年分もの生き延びるための経験があるものだ。


 不定期的なのもどうか許してほしい、仕事があるんだ、と過去に言ったら、「また来てくれるの!?」と大はしゃぎされた。それでいいのか。


「…で?」


 アズが言葉を発せば、彼らの動きがピタリと止まる。そして、各々が手を挙げて次々にわあわあと叫び始める。


「254+1093が1347!」

「43+73-(3×9)で89!」

「自分の名前書けたの!見てて!」

「3時の93分後はね!1時間と33分だから、」

「うん、順番に来いチビども」


 紙もペンもない彼らに教育を施す際には、地面に枝を使って書いたり壁を使ったりが主で、紙の宿題を出して「解いておけ」は通用しない。ので、彼らの宿題は基本的に一人一題。わからないところは相談して解いてもらうため、できるだけ別々の問題を出すようにしている。まだ書くことが苦手な一部の子どもには演習を残して、次までに書けるように、と言っておく。

 中にはアスタロトより年上の子どももいるのだが、教育不足を嘆いて一様に「チビども」と呼んでいる。年上の子はまだ落ち着きがあるのが幸いだが。


 宿題をある程度見たら、新しい授業の時間。読み書き演算は絶対で、特に読み書きに重きを置いているのがアスタロトの個人授業の特徴だ。本人からしたら「書類仕事やりたくない」の一言で済む話なのだが、意図せずコミュニケーション能力や読解力を伸ばす結果に繋がっている。

 また、よく脱線するのも彼の授業ではよくあること。「なんで?」「どうして?」を説明しようとしたらまた次の疑問符が飛んできて、それを説明して、という無限ループが発生するのだ。縛られない教育というものは、実に楽しくて長引くものである。





「なんで、わざわざこんなことをするんだ」

「うん?」


 昔、子どもたちのリーダー格の少年に聞かれたことがある。

 実際、王としてのアスタロトも、国のためには教育は二の次、まずは財政や外交――金の回りに重きを置く結論を出している。

 ならば、なぜ。


「――簡単だろ」

「お情けのつもりか?」

「違う」

「じゃあ都合のいい手駒にする気か」

「うん」

「えっ」


 あっさり頷かれて、少年――名前をレオという――は困惑した様子を見せる。


「だって、将来的には俺のところで雇うつもりだから。そうでなくても、このご時世でそれだけの…貴族並の知識を持つ奴なんて重宝されるに決まってる。市場を活発化させて、税金たーーーっぷり納めて、最終的に俺がウハウハになれば文句言うつもりはないよ」

「え、だって、手駒ってこう、操り人形的な…」

「この不景気に言うこと聞くだけの奴なんか誰が欲しがるんだよ。それに、都合が良くても技量がなくちゃ話にならんだろ」

「…………」

「豊かになりたいなら死ぬ気で学べ。そんで行動しろ。自分を売り込め。支配者階級(おれ)に認められりゃあ下手な大人よりいい暮らしを提供できると言い切れる」

「……アズ」


 なぜなら、将来、制度を整えても()()()()()()()()と意味がないから。貴族に任せる?彼らの王族への容赦のなさを考えると、そんなこと恐ろしくてできない。

 だから、都合のいい部下(手駒)が必要なのだ。


「…俺は、お前らが、自分の意思を持って、職業を選んでくれたら…それでいいよ」


 嘘のない、都合のいい言葉を並べる彼の本心に、子どもたちが気づくことはない。全てが事実で、彼の行為はむしろ正義なのだから。


(たぁっぷり知識を蓄えてくれよ…俺の、未来の為にな)

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