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改革 その1

「アスタロト様、現在の市場のおおよその相場です」

「ああ、そこに置いておいてくれ」


 書類の山の端にまた数枚重ねられて、部下が執務室を後にする。

 一人きりの部屋の中でアスタロトは大きく息を吐き――




 ガンッッ!!!




 机に突っ伏すかたちで額を打ち付けた。


(国家予算は赤字だらけの国債まみれ、市民にお金が行き届いていないのにインフレは加速しまくりで、国庫のあれやこれやも貴族の手によって食い荒らされて、外交どころか輸出入もほぼなし…?よく残ってんなこの国…いや移住も亡命もしないうちの国民性に難があるのかもしれないが…)


 ちなみに、ドの付く程の不況とインフレが合わさる状態をスタグフレーションと呼ぶ。日本の高度経済成長期のようなインフレと違ってお金が市場に出回らず、その結果企業の利潤が出なくて従業員の給金が減らされ、ならばと消費者は無駄遣いを減らし、また企業の利潤が……といった具合にどんどん景気が悪くなる面倒なタイプの不景気である。


「おまけにこの国の仕組みそのものにも難あり、か…」


 周辺国は、既に間接民主制か直接民主制を取り入れて議会が存在するか、社会主義を掲げて独裁者の下で一つの組織が統治しているか、である。こんな一昔前のテンプレ通りの絶対王政なんて、化石もいいとこだ。貴族のための大学はあっても市民の学校がないのはもはや虐待かもしれない。

 いや、いちおう読み書き四則計算を習う小さな場所はあるにはあるが、所詮それだけのこと。政治がどうたらといったことはほぼほぼ習わない。


 何がひどいかって、この国には野心家がほとんどいない。

 目の前の利益とそれがバレたことによる不利益を天秤にかけた結果、「不利益が面倒だからこのままでいっか、今もそこそこ栄えてるし」で終わることが多い。特に市民を敵に回すことを恐れている。

 一方、そんな奴らも王族には容赦ない。「どうせいっぱい搾り取れるだろうしいいだろ」と国庫を食い荒らし、「どうせなら」で娘を嫁に差し出してくる。彼らにとって派閥争いは一種の博打で、負けたら負けたでそれまでなのだ。なのだが、巻き込まれる(本人)からしたらたまったもんじゃない。無礼講なのかどうなのか、いかんせん先代より前の王族から反撃らしい反撃がなかった為にナメられているのだ。市場や物流に貴族が大きく関わっているのもあるかもしれないが。


「爺!おい爺!」

「はい、陛下」


 一声、声を荒げれば、背後に控えるかたちで老爺が現れた。かつて王太子時代にアスタロトの教育係をしていた者で、今でも最も近い場所で補佐をしている。

 まるでもとからそこにいたように立つ彼は、アスタロトに対して少し眉をひそめた。


「…失礼ながら申し上げますが陛下、ワタクシにもクァベラ・ロバートという名前がですね」

「爺で通じるからいいだろ、影みたいなやつだな。視察に行く。午後は空けておけ」

「はい???」


 (ロバート)がぐるりと部屋を見渡す。今現在、アスタロトの机の上には書類の山。机に乗り切らない分は応対用の低いテーブルや、客人と向かい合って座る用のソファにまである。


「…あの、陛下。陛下の御歳(おんとし)を鑑みて愚考しますと、終わらないのでは…」

「終わらせる」

「いやあの、陛下…」

「”終わる”んじゃない、”終わらせる”んだ。わかったら出ていけ」

「…はい」


 まっすぐにドアへと向かい、ちらっと少し後ろを見て、またドアへと向き直る。


「ああ、そうだ」


 不意にアスタロトの声がして、ロバートの手が止まった。


「おい爺、周辺国の憲法や刑法――いや、ありとあらゆる法律をまとめておくように、誰か他の者に言っておいてくれ」



***



「……これは、また…ひどいな」


 護衛を数名侍らせて、アスタロトはぼやいた。言うつもりはなかったがつい漏れてしまった。

 この国で最も売上が出ている大通りでこれか?本当に?道を一本間違えたとかではなく???


 いかんせん、どの店も閑古鳥が鳴いているようにしか見えない。人通りはあるもののその隙間はスッカスカで、店の陳列棚に見向きもせず素通りしていく者も少なくない。


「ん゛ーーーー……」

「…あの、アスタロト様…?」

「せめて物流や金の流れを作れればと思ったが、現状がこれでは…いや、どうにもならなくともどうにかするのが為政者の役目なんだが…」


 部下の台詞に耳を傾けず、ブツブツと独り言を続けるアスタロト。

 いかんせん、国家予算において税金は命綱。故に、たくさん稼いでたくさん納税してもらわなければどうにもならないのが現実だ。これまでは国債で賄ってきているが、国債とはいわば借金。先代より前から使われているくせしてほとんど返されていないため、どうしても無視できない問題になっている。


 正直泣きたい、とアスタロトは思った。正直泣いていい、本来は齢13の子どもに任せる問題ではないのだから。

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