子育て その3
「つっっっかれた…」
「お疲れ様でございます、アスタロト様」
ロバートがそう言ってカップを置いたことにも反応せず、アスタロトは唸る。
「…事業の様子は」
「非常に幸運なことに、一日で何か大きく変わるようなことはありませんでした。民も貴族も変わらぬ『成長中の我が国』を享受しているようで」
「……そうか」
「はい。リゲル様は、現在メイドたちに任せて湯浴みをしておいでです」
「…負傷者が出なければいいが…」
「暗殺に備えて日頃鍛錬を積んでいる者たちです、簡単にはいきますまい」
「だといいがな…」
そこまで言って突っ伏すアスタロトに、ロバートは少し苦笑して続ける。
「アスタロト様、陛下が始祖還りであり優秀な存在であることは、この爺もよぉく理解しております。しかし、数というものは侮れぬものですので…」
「爺、お前はリゲルを侮りすぎだ。あいつは…」
直後、爆音。
「…ご覧の通り、始祖還りだ」
「…左様で、ございますか…」
「見てくる」
「はい」
***
「あのなリゲル」
「わるくないもん」
「リゲル」
「ぼくわるくないもん」
「……」
アズは、拗ねたように座り込んでそっぽを向くリゲルの前にかがみ、目線を合わせる。
「リゲル、」
「わるくないもん」
「それじゃわからないよ、リゲル。なんで悪くないの?」
そう言って、アズは、チラリと視線を動かした。
大きく欠けてジャバジャバと湯を溢れさせる浴槽。そこに付着した、尋常でない量の血液。
「…ぼくわるくないもん…」
「何が悪くないの?何があったんだ」
内心の苛立ちを見せないように、極力穏やかな声を意識して見つめる。真正面からじっと見つめられて…リゲルは、ふいっと顔を背けた。
「…リゲル」
そっと、名前を呼ぶ。リゲルがそっと、アズを下から見上げた。
「…おこんない?」
「それは内容次第かな。知らないと怒れないし、慰められないよ」
「……」
モジモジと指先で服の裾を弄って…ゆっくりと、リゲルは語り出した。
「…アズくんがね、いないのがやだったの」
「嫌だったから、こうしたの?」
「ちがう、ちがうよ!それはちがうの、ちがうの…」
「どう違うんだ?」
メイドは現在、重症1名軽傷者が2名、誰も命に別状はないが無視はできない。それが「アズくんと一緒にお風呂に入りたかった」だけだと、やはりあまりにも危険で叱らざるを得ないものだ。
「…髪がね」
「髪?」
「洗ってくれてたんだけどね、びんって引っ張られたの。痛くて、びっくりして、それで…」
「…それで?」
「ぶんってやったら…こうなっちゃった」
「……」
加減しろアホ、というセリフを必死に飲み込む。そもそもその『加減』を含めた教育を任されているのが現段階なのだから、ここでそれを言ったところで意味がない。
「…リゲル。俺たちは、普通の人たちよりも、ずっと力が強いんだよ」
「アズくんのが強いもん…」
「うん、それはそうだ。でも、だからと言ってお前が弱いってことにはならないだろ?俺たちは力が強い。だからこそ、ある程度力を弱くしてみんなに触れないと、みんなが怪我しちゃうんだ。…そうだろ?」
「………うん」
たっぷり時間をかけて、リゲルが一回頷く。
「まずは、これで怪我してしまったメイドたちに謝ろう。たくさんごめんなさいってして、それで、これからもっとその力の使い方を学んでいこう」
「…うん……」
ぐずぐずべしょべしょと泣きながら、リゲルはアズを抱き締めた。その背中をぽんぽんと撫でながら…アズの頭は全く別の方向へと向かっていた。
…怪我をしたメイドたちの治療費や休暇の調整、彼女らに支払う慰謝料と明確な謝罪について、だ。




