外交 その4
食事を終えて二人の仲裁をし(外交官が『もうおやめください!アスタロト様が待たれています!』と叫んだのもあるが)、今は王城の奥深くに続く通路を歩いている。
『…こんな王城の中枢に、始祖還りの牢獄が?』
『牢獄と呼べるほど立派なものではありません。結界を施しただけのただの部屋です』
『そんなものに封じ込めて近くにおいて…大丈夫だったのですか?少なくとも日常生活で怯えなくてはいけないような状態なのでは…』
『だからこそアスタロト殿に頼むのです。封じてしまった以上、簡単に結界を動かせるとも、本人が動くとも思えませんので』
『なるほど』
たしかに、自分を閉じ込めたとなると敵視されて当然。素直に「はいわかりました」と従うとは思えない。そして、始祖還りに本気で抵抗されたらまあ、うん。お察しだ。
足音を響かせて進めば、木を彫って装飾を施しただけのシンプルな扉。他の部屋と比べて明らかに質素だ。
『…ここですか』
『はい。…お気をつけてください、既に何人も、何十人も、数え切れないほど喰われています』
『大丈夫、結界がある以上、私も軽率に入りませんよ。合図を出したら結界を解いてください』
正直、ドアを開ける前から嫌な雰囲気が纏わりついてくる。腕に、足に、絡まり付いてくる。
何人も喰われた、とラードは言った。おびただしい悪臭とむごい光景は覚悟しなくてはいけないだろう。
――大きく深呼吸して、ドアを開け放つ。
直後、悪臭。
部屋の角に積まれた頭蓋骨の山。死体が腐る、鼻が曲がるような不快な臭い。そして、それ以上に臭う、”雄”と”雌”の臭い。
死体も生者も皆等しく生まれたままの姿で、部屋の中心で二人が口づけを交わしている。…片方は全身から力が抜けてぐったりしていて、もう片方に頭を掴まれている形だが。
そして、銀糸を伸ばしながら、頭を掴んで無理やりしていた者が顔を上げた。
それを部屋の外から見て、アズは盛大に顔を顰めた。
(……”喰われた”ってそういうことかよ!!!!)
***
三大欲求なるものを知っているだろうか。
食欲、性欲、睡眠欲。生き延びて種を残す生物として、持っていて当然のもの。
そして、始祖還りには、三大欲求を司るとされているものがいる。
食欲は『暴食』が。
睡眠欲は『怠惰』が。
そして、性欲を司るのが――
(色欲、と)
積み木遊びをする彼を見ながら、アスタロトはぐったりと考えた。
結界を解いてからは本当に大変だった。
ずっと開かなかった出口が開いたのを見ると、目の色を変えてあたり構わず襲おうとした為、とりあえず魔法で地面に叩きつけた。反抗的にこちらを睨みつけてきたので魔力を纏って圧をかけて黙らせた。
大きめのシーツを持ってきてもらって、くるりとくるんでシャワールームへ連行。頭を下げてバスタブにお湯を張ってもらい、そこに放り込んだ。
アスタロトの疲労の原因は、大半がこのお風呂である。
体を洗おうと泡をたてていたらその隙に逃げようとする。泡立てたボディタオルを嫌がって爪をたて、破り捨てる(三枚犠牲になった)。なんならアスタロトに対しても、引っ掻く、蹴る、腕を振り回す…大暴れされたせいで、特別に奮発した上物の一張羅が台無しになった。今は王太子のお古を貸してもらっている。平均よりアスタロトは小さくて王太子は大きかったためこうする他なかったのだ。
なお、普通に体や髪を洗おうとしていると気がついた後はご機嫌だった。シャボン玉を作ったりタオルでクラゲをしたり、髪を洗われながら気持ち良さげに唸ったり。
絵面は完全に大型犬を洗うそれだった。
他にも、濡れた体を拭こうとしたら逃走、食事を与えれば手づかみ、ボタンをとめるどころかズボンも自分で履けない常識知らず。
そんな彼につきっきりで、あれやこれやと丁寧に、一つ一つ教えこんでいったのだから、来賓用の部屋のソファで力尽きるのも仕方ない。そう、自分の背中に積み木を乗せる彼を止められないのも仕方ないことなのだ。
「…こんな暴れん坊を、教育…しかも、ある程度自立するまで…?」
死んだ声色でアスタロトはぼやく。
なるほどたしかに、あの支援という対価は妥当だろう。政務で忙しいアスタロトに、これと両立させろと無茶を言うのだから。
…アスタロトは、仕事や家事をしながら子どもを育てるご両親へ、心の底から尊敬の念を抱いた。自分の教育をしてくれた、自身の両親にも。




