1―6・謎と孤独
夜の帳に包まれた世界。
夜空の世界はなんと神秘的なものだろうと見惚れている。
不意に窓枠から見えた星を見て、
フィーアは少しだけ口許を緩ませた。
ふうと一息着く。
ソファーに背を預けながら少しうとうと、としていた時、
脱衣所から現れた風呂上がりの少女が、
濡れた髪をタオルで乾かしながらリビングルームまで来た。
「濡れたままでいると風邪引くわよ?」
「……分かってる」
そう言いながら、床に座ると視線を伏せる風花。
血の繋がりは無くとも自身にとっては可愛い妹の様な存在だ。
しっかりしている様で何処か子供っぽい所もある。
フィーアは微笑ましくそう思い、笑みが少し溢れて両手で頬杖を着く。
「あの人を送ってきたの?」
「……うん」
「良かったわね。従業員が増えて」
何処か含みのある微笑と共に、ちらりと彼女を見た。
黒髪の少女の背中は”いつも通りに物悲しさ°を物語っている。
「………何処が良いの? また面倒な事が増えた」
°
その瞳は物憂げかつ杞憂さを伏せ持っている。
フィーアの微笑に、覇気のない声音で風花は受け流す。
彼女は時々悪戯っぽい。
長く一緒に居るせいか
お互いを理解しているが故の聞き流しや言葉の駆け引きには慣れている。
けれどもたまに、フィーアという少女の性格が読めないのだ。
対して風花は、いつも通りに振る舞って
タオルで水気を拭き取り自然乾燥で乾し
“聞いていないふり”をするつもり”だった。
だが生憎、その時に限って。
「……なにが、とは。
それは風花が一番、分かってるんじゃない?」
「……………………」
一瞬、タオルで髪を乾かしていた手が止まる。
風花が見せた少し目を見開いてから悟った様に伏せた事の真意は
フィーアは理解出来た。
彼女は人よりも、自身の人となりに対して、責任感を持っている。
(彼女は“あの事”を指して言っているのか)
風花は物憂げな眼差しで、首を項垂れさせた。
それは下車する事のない人生。それには責任と運命が伴う。
「私は間違えてはいけない立場にいる。あんまり邪念とは切り離したい」
「……………そうね。でも人間って“望むだけを見て”生きれないのものでしょう」
「…………分かってる。それでも………」
語尾が震えている。
彼女には背負うものがある。
それに対する責任感や使命感は誰にも負けないだろう。
彼女は誰よりも自分の立場を理解している。
だか。
(_________嘘つき)
フィーアは風花の考えを勘付いて、見透かしていた。
本当は、表向き立場と責任がある事を理由に、それらを盾にしている。
盾に隠された仮面は、彼女は見せる事はない。
北條家の現当主から
一目を置かれているのは後継ぎだから、という事情だけではない。
(______私に付いて来て欲しいの)
あの日、風花が発した言葉が脳裏を過る。
風花は自分自身の"本当の立場"と
自身の“心の葛藤”気付いてから実家と距離を置き始めた。
家元の家訓に則り、全てを叩き込まれてきた。
けれどもそれは彼女にとってはどうなのか。
風花は、その“素”を見せる事はない。
だからこそ、
彼女の仮面を知っている人間は不安になる。
その仮面こそが風花の命綱であり、
例えるのなら大事な身体の部品と言っても過言ではないだろう。
それを切り離せないものだから。
(……………いつか、はね)
フィーアには、自然とその末路が見えてくる。
顔見知りになって
時が過ぎてしまうと互いに慣れてしまう。
それは、同時に効き目が切れてしまう、という事だ。
だからこそ、せめて跡を継ぐまでは。
自由という権利が赦されている今だけでもいい。
本当は寂しがり屋な少女が、誰かに心開けるように。
心を開いていられる相手が、ひとりでもいればいい。
(世の中、悪人だけじゃないから)
「私は今も昔も、風花の味方、とだけいう」
「……ありがとう」
「そうだ。髪、乾かしてあげる。こっちに来て?」
分かってる。
分かってるのだ。彼女が一番、自分自身の置かれた立場を。
例え歯痒くてもフィーアは静かに
見守って彼女の行く末を見詰める事しか出来ない。
心配しても、今の自分自身に出来る事は傍に居る事しか出来ない。
こんな穏和な時間を過ごせるのも、あといつぐらいだろうか。
嗚呼。可哀想な少女よ。
風花は自分で自分の首を締めて生きている。