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6ー10・母娘





『___DNA鑑定書?』





 あの日、偶然拾った封筒の中身。

落としたと同時に衝撃で書類が飛び出していた。

不意に取り上げた封筒に書かれていたDNA鑑定センター。





 最初は

風花が調べた代物なのだろう、くらいしか思わなかった。


けれど次に浮かんだ疑問は、風花が何故?

DNA鑑定を申し込まないといけないのだろうか。



 彼女は北條家と他人だ。

決まっている筈の事で調べても親族はいない。

彼女が何故、こんな事をするのだろうと疑問にすら思った。



 けれども、その疑問はすぐに解けた。

衝撃で飛び出してしまった書類に自身の名前が見ていた。

罪悪感からの好奇心は時に、人を突き落とす事を。




 封筒の中身の書類は、

紛れもない自分の素性だった。




 最初の感情は、驚きと動揺だった。



 けれど。




 いつしか、

彼女の娘である事が、罪悪感に変わっていた。




 ジェシカとの母娘鑑定率は一致していて、

彼女の身元を辿れば、彼女の娘であろう、少女の、


 自身の本当の名前、

生年月日、生まれ故郷が、

其処には連なって載せられていたのだ。



 そこまでは良かった。

フィーアの願いであった、自分自身を知る事が出来たのだから。



だが。

徐々に沸々とと湧き上がる軽蔑。


 ジェシカが助ける為とはいえ、

風花を北條家に連れてきたのは

純粋無垢な少女を、地獄の業火に突き落とす、にも同等だと

思う。


 今まで心の何処かで、ジェシカは

『恩人を不幸にした無情な女』と冷めた(ひとみ)で見詰めていた。


 だからこそ

親子の欄を見た際に、フィーアは奈落に落とされた。




(…………………どうして、)




 ジェシカが母親であり、彼女の娘である事を。

腹の底から露になったのは憎悪、軽蔑、その浅はかさ……。

認めたくなかった。己の母親は罪人に等しいのだから。






 フィーアの言葉に

風花は目を丸くし、ジェシカは呆然とする。




「_____それはどういう意味………」


「___ご自身で解っている筈じゃないですか?


 元はと言えば、貴女は、風花を苦しめた元凶。

彼女の人生を変え、風花は家の為に犠牲を強いられて

危険な目にも沢山、遇ってきた。



 貴女は、不幸にした。


考えたら分かる筈です。



私は、その女あなたの娘でしょう……?」



まるで何かを脅すように、

憂いを帯びながらも何処か睨み付けている(ひとみ)

何か 魔物が憑依したかのようだった。其処に少女の面影はない。



 腹の据わった声音と、表情でフィーアは告げる。




 フィーアにとって自身の事はどうでも良かった。

今更、母親が誰か判明しようが、現れて目の前に居ようが



絶望するしかない、

劣悪で修羅場の環境で過ごした彼女にとって

ぬるま湯程度の事で驚く事も、感動する事もないだろうから。


 今更大きく心を揺るがす事はない。



 だが。

相手が風花となれば、話は別物だ。




 風花は自身にとって、恩人でしかない少女。


 たとえ、それが好奇心でも構わない。

あの日、瀕死の状態だった自身に手を差し伸べてくれ、

フィーアという“自分自身”を、人格を与えてくれた。


 その事は感謝しても仕切れない。



 だからこそ

自分自身の素性に揺らいだ事よりも、

ジェシカが風花にして来た仕打ちに対して、振り返った時

申し訳なさと怒りを覚えた。


 自分自身の事よりも何よりも、

彼女が風花を傷つけてきた事に苛立ちが募る。

それが身近にいた人 なら尚更のこと。




 ジェシカは、風花をどん底へと突き落とした女。


 風花は北條家の養女になったばかりに、

双子の兄を殺され天涯孤独となり、北條家の操り人形を強要、

強姦被害にまで遭ったのだ。


 元を辿れば、目の前に居る女が居るせいだ。

彼女があの日、判断を下さなかったら、また別の人生があって

少女は自身の心を犠牲に差し出す事もなかっただろうに。


 未然に防げたものを、

わざわざ 地獄の海に突き落としたのだ。



 その女の娘である事が、末恐ろしい。

穢れている、とすら思ってしまった。


 フィーアの心にあるのは底のない憎悪、罪悪感。




 ジェシカが誤った選択をしなければ風花は。





「貴女が、風花を不幸にした。私はそれが許せない。

これは“生ける殺人にも等しい”わ」


「………………」



 フィーアの言葉に、ジェシカは絶句して俯く。

呆気に取られているのか、どう受け取っているのか

ジェシカの顔色が見えないばかりに、

風花もどうする事も出来ない。


 それよりも

フィーアの此処まで冷酷で、酷薄な表情や瞳、言動を見たのは

初めてだったから自身も身動きが取れない、というのが

正しいべきか。



(母娘に亀裂を走らせた)



 風花は、贖罪に駆られた。



 ジェシカは、押し黙ったまま。

 


 そうだ。

風花の人生を変えてしまったのは他でもない自分自身だった。

 今まで何も言われなかっただけで、

あの日、責められるべきの事を、過ちをしてしまった。




「___そう。当然の事よ。フィーアの言うことは」




 風花を巻き込んだのは。紛れもない自分自身だ。

彼女を不幸にさせたのも、

彼女が壊れる根源を作ってしまったのも。

本当なら責められるべき事を、赦されない罪を重ねている。




 フィーアは、眼光鋭く睨みつけたまま





「__貴女が、私の母親というのなら………」




 妹の様に可愛がっていた、恩人である少女。

その少女が人生の境遇に対して苦しむ元凶となった者が、

自分の母親だったなんて。信じたくはなかった。


 けれど現実は、覆せない。



 自分自身を知りたいという欲は消え去り

今では後悔さえ覚える。寧ろ、風花に合わせる顔がない。


風花に申し訳ないのだ。

今、フィーアの気持ちはそれに占領されていた。



「貴女が母親という事が、私の恥だわ。穢れてるとすら思う。

そして風花に申し訳ない」


「…………そうね」


 ジェシカは俯いた。

彼女は、DNA鑑定書を固く握り締めている。


その表情は前髪で隠れて見えないけれど、

目許から零れ落ちた一粒の雨音は、紙に滲んだ。






「__帰って下さい。



 顔も見たくない、


 もう現れないで!!」




 穏和だった少女から、

発せられる怜悧な言葉のひとつひとつは

ジェシカに突き刺さり、風花を驚愕させた。



 怜悧な眼差しのフィーアに、

ふらふらとした足取りでジェシカは立ち上がり玄関に向かう。

風花は呆然と立ち竦み、フィーアを見たが、

彼女は車椅子を動かし背を向けている。


「風花、

あの人は、追いかける必要もない人よ」



 冷酷な言葉が、溢れた。



 







 一階の角部屋。

やけに涼しげだった。寒いと感じる程に。

外に出ると、暗雲の灰色の空に切迫感を感じてしまう。



 先程まで晴空だったのに、

いつの間にか空模様も変わっていたらしい。

雨が降り出しても、可笑しくはないだろうと思いながら。



 ドアを閉め、外に出た途端だった。



 緊張と驚愕、

そしてあの言葉の数々の疲弊からだろう。

部屋を出た後にジェシカは糸が途切れたマリオネットの様に、

ふらつきよろめきかけた。



「……………」





 風花は、その体を支える。






 衝撃的な事実だろう。

まさか、自身のの娘が生きていたと判明しただけでも

驚く事なのに、娘から拒絶の言葉を受けるとは。


 ジェシカは額を押さえつつ、風花へ視線を向けた。




「____どういう事なの…………これは」


「………ごめんなさい、勝手に」





 DNA鑑定書が示した事は明確な事実だ。

フィーアは、死別したと思い込んでいた娘だった。

彼女が生きていて、こんな身近に居た事を見抜く事も気付く事も出来なかった。


「__貴女の言葉が気にかかって調べたの。


 最初は私も半信半疑だった。」



 (これは要らないお節介だった)



 独りよがりの欲求で双方を傷付け、

悲しませる事しか出来ていないではないか。

他人に干渉しないと決めて居たのに魔が差してしまったのは何故だろう。








 確かに生きていた。

それとも知らず、自分が息をして過ごしていた間

フィーアは世界とは遮断され


劣悪な冷たい環境で

風花に助け出されるまで過ごし、過酷な人生を送っていたのか。



 そうだと知らずに、自身は。





 自責の念に駆られながらも

涙を堪えジェシカは奥歯を噛み締めつつ、呟く。



「___じゃあ、あの子が…………芽衣なのね………」




 涙を抑えながら、脳裏に霞めるのは幼い娘の姿。

思い返せば、仕草や素振り、フィーアは娘とそっくりだ。



 生きていたのに。

自身は何も知らず、気付かずに。

過酷な人生を歩ませてしまった事、娘に申し訳ない。





『貴女は、風花を傷付けた元凶』




 そう拒絶されても仕方ない。

フィーアにとって、風花が全てだったのだから。



 風花を思い慕っている、少女にとって

ジェシカがした仕打ちは虐待にも似たものだ。

 助けたと言い訳しても、

彼女が断言したよう言葉そのままの様だったのだ。



 許せない事で、自分は許されない人間だ。



「___風花、貴女には謝っても謝り切れない。

「____…………」

「帰るわね。仲良くするのよ」



 ジェシカは立ち上がって、そう呟くとそのまま歩き出す。


 ジェシカも突然、

娘が生きていた事を知って動揺と事実を飲み込めていない。



 その上、

娘から目の前で

怜悧な態度だったのでショックもあるだろう。

ひとりにさせて良いのかと迷うが、

それとも頭を冷やす時間も必要か。



(___フィーアは、

貴女の事を元凶と言ったけれど、

今回は他の誰でもない私が元凶だった)




 (ごめんなさい)




 風花は、そう心で呟いて


 迷う手は、空を彷徨った。




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