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６ー９・突き付けられた無情

　ジェシカは動かない。

風花も呆然自失としたまま、立ち止まっている。

見るからに重たく不穏な沈黙が部屋に佇み始めていた。

そんな二人とは反対にフィーアは

白けるように嘲笑う様な微笑を浮かべてから、

否定出来ない切り札を差し出した。

「これ、風花のでしょ？」

　それは、DNA鑑定書の封筒。

「………これよね、貴女は見覚えあるでしょう？」

「………」

　風花の眸(ひとみ)が揺らぐ。

シュレッダーにかけようと置いていたままのものだった。

墓場まで持っていく覚悟で腹を据えていたが、

まさか彼女の手に渡るとは。

（………私の不手際だわ）

　ジェシカは驚くと共にまだ状況を飲み込めない。

封筒にはDNA鑑定センターの名のついたもの。

けれども何故、調べる必要がある。

　そして何故、

目の前にいるアルビノの少女が、自分の娘なのか。

　（フィーアが自分の娘？）

　風花は、自責の念に駈られる。

けれども彼女に全て理解されてしまった今、往生際が悪く

逃げるつもりはない。

（…………責任を取らないと）

　この事の発端を作ったのは、己なのだから。

　ジェシカは状況を飲み込めないまま、

心配そうに双方の少女を交互に見回していた。

しかし表情をひとつも変えないフィーアは、やがて嘲笑う。

「あら、どうしたの？調べた帳本人の貴女が驚くなんて」

「二人共、フィーア、どうかしたの…？」

「どうしたも何も、これを見れば解る事よ。

その目で確かめてみたら？」

　冷静に言ったフィーアに

鑑定書の封筒を差し出され、そのまま中身を見る。

【鑑定結果】

【対象者】

小川　ジェシカ　都（44）

フィーア・トランディーユ（19）

血液型：A型

確率：99%以上

“同上の結果により、

小川　ジェシカ　都、フィーア・トランディーユの

母子関係肯定（成立）とする”

（＿＿＿＿どういう事なの？）

ジェシカは、表情が固まり、絶句したままだ。

同時に脳裏に地雷にも似た衝撃が落ちて、

上手く事が飲み込めない。

　だがDNA鑑定書が示した事は、確信だろう。

　これはどういう事なのか。

目の前にいる彼女が、フィーアが自分の娘？

　唐突にして突き付けられた現実に

ジェシカは上手く事を飲み込めないまま

不穏そうに顔を俯かせた。

　自身の娘は、事故で死んだ筈で＿＿＿。

　けれども、DNA鑑定結果が示した結果ならば、

目の前にいるこの少女が、自分の亡くなってしまったと

思っていた娘なのだろう。

＿＿＿＿＿フィーアが、娘は、生きていた？

（＿＿フィーアが、娘だったの＿……？）

鑑定書を見ながら、口許を押さえるジェシカ。

しかし、フィーアは何処か鋭い眼差しを風花に対して

向けている。

＿＿＿＿まるで風花が敵だと言わんばかりに。

対して風花は、それされて当然なのだと受け入れて、顔を俯かせる。

　穏和な彼女が、初めて見せた表情だった。

「………これを示されたら

事実は覆せないわ。…………そうよね、風花？」

「＿＿＿＿＿＿ごめん、なさい…」

　膝から崩れ落ちて、風花は謝る

しかし、フィーアの相変わらず眼差しは冷たい。

「………どういうことなの。これは…」

　未だにまだ状況を飲み込めていないジェシカが尋ねる。

意を決して風花は唇を噛み締めた後で、口を開いた。

「………鑑定書の通りよ。

ジェシカ、貴女には事故で亡くなった娘さんがいると

言ってた。貴女の言動や事故を調べたら色々と違っていたの。

……貴女の娘さんは、生きてるわ。生きていたの」

「……それが…」

　紛れもなく、

自分達の前に居るフィーアだ。

「＿＿＿＿＿＿そう、だったの……」

　娘が、生きていたのだ。

それが此処にいる、フィーア。

　気付かなかった。気付けなかった事を悔やむ。

生きていた娘が、こんなに近くにいたなんて。

それを無視していたも同然なのだから。

　気付けなかった己を情けなく感じて、彼女に視線を向ける。

　確かに、フィーアの顔立ちを見ればあの子だ。

あの自身の記憶の中で止まったままのあどけない幼い幼女が、

随分と成長して大人な顔をしている。

　紛れもない自分の娘。何故、気付かなかったのだろう。

　確かに彼女は、生きて、此処にいる。

　無性に涙が溢れた。

しかし。傍らで会話を聞いていたフィーアは

相変わらず、険しい顔をしたまま、視線を伏せる。

「＿＿＿＿改めて聞くわ。私の産みの母親は、この人なのね」

「＿＿＿＿そうよ」

　フィーアの問いに、風花は肯定した。

　あれから数分。

割れた硝子を片付け、溢れた飲み物は拭く。

三人分用意していた飲み物の分だけに、

割れた硝子の数も飲み物の液体が描く地図も酷かった。

しかし、

それらを片付ける風花にとって面倒臭いと思える余裕もない。

この不穏が佇むのも無視できない、

自分自身が巻いた種なのだから。

　寧ろ、手を遅らせて、ノロノロと片付けていた。

　ただ何も言えず硝子を片付けていたが、

ちらりとフィーアとジェシカの表情を盗み見た。

母娘の意見があるだろう、部外者の自身は横槍を挟む権利は何処にもない。

　部屋の中には何とも言えない沈黙だけが佇んでいた。

フィーアは相変わらず、険しい表情をしたまま。

ジェシカはようやく事実を飲み込み、彼女の顔色と状況を

伺っていたが、自ら沈黙を破った。

「＿＿＿数十年前の事故で、

亡くなったと思い込んでしまったの。

まさか貴女が娘で、生きていてくれていたなんて。

私はそれに気付けなかったなんて。ごめんなさい」

　項垂れて謝るジェシカ。

しかし、フィーアの眼差しも表情は変わらない。

先程から何故、フィーアの面持ちが厳しいものなのか

それだけが風花には疑問で分からずにいた。

　彼女は怜悧な眼差しと表情を浮かべたまま、

ジェシカをただ見下ろしている。

（＿＿＿嗚呼、なんて因縁なの）

フィーアは、無情化した心の何処かでそう思う。

『世の中、広い様で狭い』なんて言うけれど、

まさか自身の身近で起こるなんて。

「＿＿私は、貴女の娘。

そう知ってからずっと嘘だと思いたかった」

「＿＿＿え？」

「母親のこと、

心底、失望したわ。今でも受け入れたくもないくらい」

　ジェシカは、

フィーアの言葉に呆気に取られ

また、距離を置いて聞いていた風花は、愕然とした。

　フィーアの目に生気がない。

フィーアは受け入れられないのではない。

寧ろ受け入れたくないのだ。

“……自身が

ジェシカの娘という事を”。

＿＿＿＿＿フィーアには明確な理由があるから。