6ー8・理不尽な縁
ジェシカは、少女達の家に上がる。
作り置きの料理を届けに、そして今日は休日なので
料理を振る舞おうと思っていた。
フィーアは相変わらずだ。
元々、物静かだが口数が減った。
何かあれば、深窓の令嬢の如く頬
両手を組み合わせ、頬杖を付いてぼんやりとしている。
今日もそれは変らない。
風花はキッチンで、人数分のティーカップに紅茶を淹れている。
少し離れたリビングでは
フィーアとジェシカが待ちぼうけの状態だった。
顔色は悪くはない。
ただ作り置きの料理は、
口にする量は減っている事は明確だった。
「___大丈夫?
最近、ぼんやりしているけれど何処か具合悪いの?」
「_____…………」
フィーアは視線を向けるだけ。
ジェシカは優しい声音と共に頬笑みかけている。
この女性の、
見る目が変わってしまったのはいつだろうか。
フィーアは真紅の眸を伏せながら、
ようやく結んだ手を解いて、。膝元に手を揃えて置く
自身のの冷えきった心は、劣情とにも似た軽蔑を生み出す。
「………最近、思う事があるんです」
ぽつり、とフィーアは呟く。
ジェシカは首を傾けて、尋ね返した。
「………何に?」
「………私は物心付いた時から、
冷たい地下室に居ました。私の世界は地下室だけ。
ご飯は誰かが食べた様な痕のあるパンや、
残飯で少ないそれを皆で分けて食べて。
少ないから、食べれない時もあったんです。
布団もないから、冷たいコンクリートで寝てました。
冷たいコンクリートは寒いし、硬いから身体が痛かった。
今、思えば劣悪極まりないけれど、
私にとってそれが全てで私の世界だった」
あの頃、まだ閉じ込められていた時。
少女の言葉から紡がれるのは、壮絶な過去。
フィーアの話を聞いてジェシカは苦しい気分に襲われて、
目線を伏せ落とす。
「____自分自身のこと、何も知らなかったんです。
自分がアルビノって言う事も。
“私”は風花が全部与えてくれた。
名前も。年齢も誕生日も。でも本当に知っているものは
何一つありませんし、何処にもない。
最近、そう思うと
自分自身が無性に知りたくなります。
自分は誰なのか、誰から生まれたのか、
何故、あの場所で過ごし足を失う羽目になったのか。
_____そう思うと切りがなくて」
何処か儚く自暴自棄的。
嘲笑にも似ている気がしてジェシカは、胸が締めつけられた。
風花もだが、フィーア自身も壮絶な過去を持っている。
普段、穏やかな雰囲気からは辿り着かないが、
フィーアは足を失う程に虐待を受け、
世界を知る事も許されず隔絶され続けた。
少し涙目になっているジェシカの横顔を、
盗み目したフィーアはようやく、身を乗り出した。
「____だから今、自分も、現実も信じられない」
「____え?」
ジェシカは、驚く。
酷く酷薄な冷たい表情に、据わった眸。
穏和な彼女かと見間違う程に、目の前の少女は別人のように思えた。
フィーアの顔付きは変わっていた。
穏やかな表情や雰囲気は消え失せ、鋭利な刃物を向けるような
眼差しで此方を見ていた。
それはまるで逆鱗の花の様に感じた。
あの自身の記憶にある穏やかな少女はいない。
「____貴女が、私の実母だなんて」
「……え、何を言ってるの…?」
ジェシカは呆然とする。
フィーアは、何を言っている?
実母?
フィーアの実母? 自身が?
訳が分からず、少女の言葉の意味を飲み込めない、
ジェシカは茫然自失としていたが
____ガシャン
ティーカップが割れて、破片が散乱する。
飲み物の液体が、溢れて地図を作っていた先に振り返ると
驚いた顔で風花が棒立ちしていて、ジェシカとフィーア、
二人を見詰めていた。