表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/77

6ー7・行き場のない心境





 貴女には幸せになって欲しい。




  願うのは、それだけだった。





 お風呂上がり。

ジェシカから貰った寝間着に袖を通す。



 同じくフィーアに渡された包み。

ふわふわとして淡いピンク色のワンピースタイプの寝間着。



 風花のはシンプルそのものだが、 

時々、フレアなデザインがあって柔らかい雰囲気のもの、

フィーアは襟や袖には

ふわふわとした刺繍が含まれたデザインでお姫様のようだ。


 質素で繊細な風花には似合っていて、ふんわりとした

柔らかな雰囲気や顔立ちのフィーアにも似合っている。


 彼女も同じく袖を通していたが、表情の変わらず、

感想もなく『お礼を言っておかないと』とだけだった。


 他者の感情の機微を読み込むのは、

長けていると自負していた風花の芯を揺らがせる程、

フィーアは真顔かつ口数が少なくどう振る舞うべきか、

戸惑ってしまう。


(なにか、逆鱗に触れる事を、私はしてしまったか)


 粗探しの様に、

心当たりを探すけれども見当たらない。

心穏やかな少女が豹変を遂げた理由が、どうも噛み合わず、

頭を捻らせる。



(なんだか性格ごと、変わってしまったみたい)



 目の前にいる彼女と、

風花が知っている彼女はまるで別人だ。


 フィーアは、不思議そうに寝間着を詰まんでいる。

真新しい寝間着。一体、誰からだろうか。





“着てみました。どうですか”




 ジェシカの携帯端末のメッセージと、短文。

其処には自身ががプレゼントした

寝間着を着た、娘達が写っている。


 ぎこちなく微笑む風花に、切なく微笑むフィーア。

自撮りだろうが、ややブレているのが残念に思った。

きっと、撮影者は風花だろう。



(………可愛いわね)




しかし、娘達を見ると

素直に沸き上がる頬笑みと、複雑な心境が湧く。




 今日は、亡き娘の誕生日。

娘の代わりに、と何処かで思っているのかも知れない。

だからこそ娘同然に可愛がってきた、風花とフィーアに贈った。



 もし娘が、

成長していたら、少女達の様になっていたか。

この寝間着が似合う年頃になっていたと思うと複雑として、

涙が零れそうになる。


 彼女の成長する姿を見て行きたかった。

けれどそれは永遠に叶わぬ願いだ。






『媚売りかしら』



 深夜。瑠璃色の世界。

寝床に着いてから、零れた呟きに風花は瞳を見開いた。



(____寝言?)



 物騒な言葉を彼女は嫌う。

それに彼女からは連想も出来ない、酷く冷めた声音だった。

問い返そうとしても、心が竦んで尋ねる事が出来ないのだ。



 尋ねる勇気もないから、寝言だと言い聞かせた。









 フィーアはぼんやりと、複雑な心境を胸に抱く。


この感情を言葉にするならば、なんと言い現すのだろうと、

悩む反面、とても苦しいのだ。


……………“あの事実”はでっち上げではなく、本物だから。





 



「……………」




 寝返りしても、眠れない。

自棄に悩んでしまうのは、寝間着を着ているせいもある



 腕を使って身を起こす。

其処には漆黒の少女がすやすやと眠っている。


 それは、何処か安らかである。

静かにフィーアは風花の寝顔を見下ろし、髪を撫でる。

 その表情は自然と慈悲的な、

女神の様な儚さと暖かさを備えている。



 今日は眠れたみたいだ。

魘される様子もなく、ただ静かに寝息を立てている。

起きる素振りも見せず、疲れからか深い眠りに着いていた。




 眠りに着いている間だけ。


眠りに着いている間だけは、彼女にとっては

北條家の孫娘という立場や責任や重荷を忘れられる。


 短い一時の、無慈悲の安堵。


(貴女にも、ジェシカにも感謝してる、大切なの)



 だから、こんなにも苦悩するのか。

複雑化した心境が渦を巻いて、目の奥が無性に熱くなり

やがて、視界がぼやけてきた。


 だからこそ、

彼女の娘であるというならば、フィーアは己もジェシカも

赦せない。



(___貴女に、残酷な事を……)





 刹那的な少女。


 時に冷酷で、時に優しい。

けれど彼女は名の如く風の様に消え、花の様に散ってしまう。


 カーテンの隙間からは、夜空の月明かりが差し込む。

風花の寝顔を見落としてから、フィーアは項垂れた。










「__もって数日でしょう。覚悟をして下さい」

「…………そうですか」




 もう見込みがない。

医師は難しい表情を浮かべて、そう宣告した。



 途端に泣き出す祖母、

圭介は斜めに、そのまま壁に持たれかかっる。

__刻々と、祖父の死期が近付いている。




 それは、確実だった。



 何でも祖父任せだった祖母は、

この先、どうして良いのか分からないらしく途方に暮れている。

一人では何も出来ない。


 祖母は泣き続け、圭介は項垂れる。

これから慌ただしくなるのだから、

この静寂に溺れているべきなのかも知れない。



 酷薄で残酷だが

祖父に死期が近付いている今でも、圭介には実感が湧かない。


否。寧ろ、



(___もっと、

憎しみが湧くと思っていたのに)


 あれだけぞんざいに扱われて育てて貰った恩はあれど

祖父母を憎んでいないと言えば真っ赤な嘘になる。


 多忙で忘れているふりをしていた。

気付かないふりをしていただけだ。心の片隅では

 ずっと祖父母を恨み、産みの母を恨み、

自分自身の敷かれた人生にも恨み、憎しみしかなかった。


祖父は、特に。



 けれど。

いざ直面すると悲しみが湧く訳でも、

憎しみが湧く訳でもなく。


 もっと激情的になると思っていたものが、

鳩が豆鉄砲を喰らったように、何も感情が湧かない。



 ただ心には無情が横たわるだけで。それが意外だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ