6ー6・自責と作り笑い
貴方だけ、じゃない。
子供を振り回すのは、
大人にしか出来ない。大人の特権だ。
生まれた時は、誰だって純粋無垢なものなものでも、
穢れた大人に染められていく、その無限のループというものだ。
納得のいかない理不尽の事でも、
大人の決め事に子供は振り回されるしかない。
子供に選択肢はないのだから。
でも。
(___圭介の言う通り、私は、自己満足なんだろう)
理不尽な冷たい炎を心中に抱えながら、
走りながら、風花は思った。
あれから青年からの連絡はない。
家庭が慌ただしのだろう。
今、連絡を取っては迷惑だ、と思いながら
風花はいつも通りに戻っていた。…………腹を括って。
全て水に流せばいい、あのDNA鑑定の事も、青年の事も。
もう、青年は此処にはこないだろう。
何処かでそんな予感がしていた。
「フィーア」
「_____………」
アルビノの少女に問いかける。
けれど返事はない。
可笑しい。
律儀な彼女はあまり無視はしないのだが。
ふと、視線を向けると
フィーアはぼんやり、
窓に置いてきぼりにした菫の花を見詰めている。
窓際の花が変わってないのはいつからだろう。
刹那的な瞳。
ただそれは、表情と共に憂いを帯びていて、近づきがたい。
儚げな雰囲気は変わらないが、普段と様子が何処か違う。
……………それは、最近気付いた事だ。
穏やかな筈なのに、逆鱗に触れそうだった。
「___最近、変よね」
「………ジェシカ」
資料を持ってきた、ジェシカが小言を告げる。
それに風花は静かに頷いた。
ルームメイトでいつも一緒にいる
彼女の変化を無視する事は出来ない。
否応無しに無意識的に気付いてしまう。
近頃のフィーアの様子は何処か変だ。
けれど
二人共に心当たりがない。
フィーアが変わる要因を、何か作ってしまっただろうか。
ジェシカは食事を共にした日から、
風花は帰郷してからだった気がする。
心優しい穏和な、少女の変化は唐突過ぎた。
(____貴女達のせいなのに)
小言を、冷めた目で、心でフィーアは呟いた。
(___馬鹿な事をした)
冷静に我に返ると、圭介は項垂れた。
人は余裕がなくなると我を失う。あれから心中には後悔しかない。
目に見えて、少女を傷付けたのだ。
自身の身勝手な感情と余裕の無さで。
風花は、
ただでさえ苦労と北條家の重圧感に堪えているのに。
云わば自身もフィーアと同じ立場で、視点を変えれば
風花は恩人なのに。
(フィーアさんが居たら、許されないだろうな)
あのアルビノの少女を思い浮かべる。
風花を妹の様に大切にしている彼女が知ったら、
一回、生きた心地を喪うだろう。
フィーアの変化に、少し戸惑う。
口数が少なくなった上に
何処か目付きが鋭くなったような気がする。
____まるで出会った頃みたいに。
風花があの場所で出逢い、北條家に暫くいた頃。
きっと警戒心からだろう。常にフィーアは
鋭い目付きをしていた。
過去故に人が怖かったのだろう。
人間不信と急な環境の変化。
だが
風花やジェシカ、北條家に慣れ、離れてからは
顔つきも雰囲気も、口調も、穏やかになり柔らかなものとなった。
知性的で、今では風花が尻を敷かれる立場になり、
彼女だけには頭が上がらない姉の様な存在だ。
「……………」
家に帰っても沈黙が続き、会話も無くなった。
彼女が何を考えているのか分からない。
ただ不安なのは確実な事だ。
「____はい」
「____どうしたの、急に」
ジェシカは頬笑みながら、風花に
ラッピングされた包みを渡す。それはあからさまにプレゼントと分かるような。
北條家では誕生日を祝う慣習はなかった、
それに何かの記念日でも無いのに。
突然、どうしたのか。
袋を撫でると、滑らかな触り心地。
予想するに布、それには直ぐに見抜いたが、固まっている。
不審そうな眼差しで袋を見詰めている風花に、
ジェシカは笑いながら
「__ふふ、
中身が気になるでしょ。開けて良いわよ?」
「……………」
言葉に甘えて、風花は中身を開ける。
シンプルな水色生地の寝間着だった。
飾らないレースの様なデザインのTシャツにショートパンツ。
「___風花、普段はインドア派でしょ。
お年頃なんだし、寝間着くらいかわいいのを着なきゃね」
「___うん。有難う、ジェシカ…………」
風花はやや照れていた。
あまり人に貸し借りやプレゼント、というものに
慣れていないからだ。
自身の誕生日ももう忘れている事が多いのに
たまにジェシカはこういう気配りを唐突的にする事がある。
やはり、風花にとってジェシカは大切な人。
自然と微笑みが溢れていた。
だから余計に照れ、引目を感じていた。
「それと、あとね。
風花に一つお願いがあるんだけれど」
「……なに?」
もうひとつ、同じ包みを出してくる。
「フィーアにも渡してあげてね」
「分かった…」
表情を悟られていないか。
母から娘への贈り物プレゼント。
無論、ジェシカは何も知らない、フィーアも同じだ。
お互いがお互い、それに気付いていない。
風花は複雑な心境を抱えながらも、無理矢理、笑顔を作った。