6ー2・曖昧と明確
「………っ」
祖父が、しっかりと目を開けて自分を見ていたからだ。
先走りした感情のまま、思いを吐いてしまったものの
もう後には引き返せない。
しかし本能的なものが
後退りして、背中が凍り気が引けた。
厳しかった祖父。
あんただの、感情が赴くままに溢した言葉は
祖父にとって言語道断なのに。
だが、言葉を吐いた以上
罵倒されるのだろうな、と諦観して
ごめんなさいと言おうとした時、気付いた。
…………祖父のある変化に。
祖父は口を動かして、何かを伝えようとしている。
唇の動きの変化をただ呆然と見詰めながらも、
それを冷静に読み理解する。
___圭介、すまない。
___すまない?
それは、本心で言っているのか。
あれだけ、ぞんざいに扱ってきた孫に向けて。
受け入れられない。嘘か、戯言にしか聴こえない。
恨まれたくないから。根にも持たれたくないから。
最期くらい良い祖父の顔をして
和解した素振りで終わりたいのか。
(何処までも、自分本位だ)
静かに立ち上がると、
圭介は背を向け、仮眠のソファーに身を投げ出した。
___クライシス・ホーム事務所。
薄闇。
淡い亜麻色の間接照明が、儚い存在感を示している。
けれども優しい色彩とは裏腹に、不穏が佇む。
あれから風花は夜番から離れない。
否、寧ろ、夜番と称して泊まり込みで此処にいないと
きっと見付からないものがある。
彼女は酷く張り詰めた目の前の封筒を見詰めている。
けれどもすぐに開封する気にもなれず、項垂れていた。
物事は疑ったら切りがないが、
“これを”見れば全てが決められるだろう。
しかし身を乗り出すつもりで酷く張り詰めた気持ちで、
封筒を開けた。
封筒の中身は、DNA鑑定の結果が同封されている。
内緒でフィーアとジェシカの抜け落ちた毛髪を採取して、
DNA鑑定に出した。
この一週間、
何処か生きた心地がしなかった。
DNA鑑定に出せば確実だ。
現実は目の前の、すぐ其処にある。
自身が疑うフィーアとジェシカの関係性も
そして何よりもフィーアの『自分自身を知りたい』
という願いも果たされる事になるだろう。
ただ
これが決定となれば、二人は…。
中身を取ると、結果に目を通す。
【対象者】
・小川 ジェシカ 都(44)
・フィーア・トランディーユ(19)
血液型:A型
確率:99%以上
“同上の結果により、
小川ジェシカ・、フィーア・トランディーユの
母子関係肯定(成立)とする”
一瞬、慟哭が震え迸る。
(____想像と同じ結果だった)
風花は、絶句して壁に持たれかかる。
これで確定だ。ジェシカとフィーアは本当の母娘だった。
ジェシカの娘は死んだのではなく、生きている。
……それがフィーアだったとは。
世界は広いようで狭く、
何処で誰と縁が繋がっているのか分からないものだ。
それは
生き別れの母娘が証明している。
…………こんなにも近くに居るなんて。
最初に疑ったのは、自身なのに。
けれど示された真実はあまりにも残酷に見え
無意識の内に風花は項垂れ、うずくまる。
____これをどうすればいい。
(___嘘だろうな)
あの日から気が重い。
祖父の口から読み取った言葉が信じられず悶々としている
自分の心とは反対に世界は無情で、
看病で眠れないまま、朝を迎えた。
顔を洗おうと洗面台の前に立つと、鏡に自分が写った。
ボサボサの髪。
酷く窶れて目元には深い隈が出来ている。
自他共に認めるであろうとてつもなく、酷い顔に水をかける。
(___嘘だ。
___あれだけ、人をぞんざいにしてきた癖に)
今更、なんと言っても受け入れられない。
自身は末路を迎えるから、
本当は良心を抱いていたいう自白のパフォーマンス。
そして悪くないという弁解の為だろう。
所詮は嘘吐きで、自己満足の人間の癖に。
どうして、そんな事が言えるのか。
聞きたくなかった。嘘だとしても、そんなこと。
自身を拾って助けてくれたジェシカ。
何も言わずにそっと優しくしてくれるフィーア。
本当は__二人共、風花にとっては大切な人だ。
うずくまり、項垂れていて顔を上げると
時計の時刻はあれから2時間が経過した事を示している。
答えのない自問自答、心の中でそれらを繰り返していたら
無性にも時間は経過していた。
(……そうよ。敢えて知る必要なんてないわ。
今まで通りに過ごせば良いのよ。
今更、事実を覆すなんて止めましょう……)
………傷付けたくはない。
ならば、これは自分の中で葬って仕舞おう。