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6ー1・形だけの家族像

唐突的だった。あの日。

絶縁したと思っていた祖母から、連絡が入ったのは。



__あんたには黙っていたけど

祖父さんが危篤状態に入るらしいわ。


ずっと闘病していたけどね、もう先は無いみたい。




 初耳だった。

祖父が病に倒れ、闘病生活を送っていたこと。




『わしらの、老後の穀潰しめ。

お前なんて、老人を苦しめる為に生まれてきたんだろう』




 記憶にある祖父は般若顔。

自身の存在があるが故にと己達の老後を嘆かれた記憶しかない。


 何も分からなかった幼少期はただ怯え、

全てが悟れる年頃になれば

自身は厄介者でしかなかったと知る。



 あれだけ、自分を苦しめた祖父。

実の孫とも思われず、世間体を守る為に

親戚の子供だと育てられてきた。


圭介の目に映るのは亭主関白で

自分の気分次第で動く非道な男にしか見えない。



___母親に捨てられた少年を仕方なく育ててやっている。

そんな感情を常に剥き出しにして。






 今更、何を言う。


 本当は顔を見たくもなかった。





 だが、

人間とは欲深い、その一報が伝わってきた

心の底に置いていた、どす黒い感情が湧いてきたのだ。


自分自身を、自身の存在を悪党雑言に

扱ってきた非道な男の末路を、その今の姿を見てみたいと。


…………そう思ってしまった。








 携帯端末を握りつつ、圭介は尋ねる。



「___フィーアさん、早退しても許されますか?」



 此方には早めに言った方が良いだろう。



 フィーアは最初、首を傾けていたが、

圭介の表情や携帯端末を読み取り理解した。

__何かがあったのだと。


 けれども、内容はその顔色の不穏さ故に尋ねない方がいい。



「良いですよ。

此方の事は気にしないで。早く行ってあげて下さいな」

「突然申し訳御座いません。有難う御座います」




 そう切り上げて、クライシスホームを出る。

自身でも不思議なくらい、心より体が動いていた。





 祖父母の田舎は、都心からかなり離れた田舎だ。

一度、帰宅して荷物をまとめたスーツケースを片手に

電車を乗り、其処から私鉄に乗り換え、

最終的に市が持つ鉄道の地下鉄の最寄り駅だ。






 電車のトラブルもなく、

スムーズに到着したのは夕暮れ時。。

柔らかな茜色が指す、優しい世界観の夕暮れの病室。




『…………』


 



 いつも鬼の形相で

気難しく仏頂面していた表情(かお)しかない。

その表情が元々のものなのか、理由は知らないけれども

祖父はそんな人だ。


 それが圭介の記憶にある祖父だ。


……だった筈だ。




 ベットの上で

頬は痩せこけて、沢山の管を繋がれ、

今にも事切れてしまいそうな衰弱している人が居た。


 記憶にある祖父は、何処にもいなかった。


 人工呼吸の補助によって、

その命は繋がれているだけで、触れるだけで壊れそうだ。



(………悪党雑言してきた、男の末路か?)





 一瞬見ても、あの祖父とは結び着かない。

圭介は視線を伏せながら、祖父の“今”を受け入れた。







 事務所の倉庫。






 夜番と称して、

風花はクライシスホームに居るのだが、今日は少し違った。



 がさがさと、倉庫を(あさ)る。

引き出しに仕舞われた、少し色褪せ始めたバインダーを

見つけ次第、風花はそれを手に取り(ページ)(めく)った。



 職員の経歴書がかかれている。


ジェシカの経歴をくまなく目を通し、

フィーアの経歴も見、年を照らし合わせて己の記憶を辿った。






 フィーアと出会ったのが、3年前の夏。


 ジェシカが、娘と死別したのはおおよそ17年前。



 フィーアは便宜上、風花より年上で19歳だから……。



_____もし死別ではなく、娘が生きていたとしたら?





 大まかに計算した結果だと、

ジェシカが産んだ娘が、

フィーアだという事実もあり得るのかも知れない。


 そう思考が辿り着いた時、絶句した。



(………これは、どういうことなの)










 心は、無情だった。

憎しみが募る訳でも無く、かと言って同情する訳でも無く。

ただ無情だけが心に横たわり祖父を見下ろしている。




 もう長くはないと、余命宣告を受けた。



 投薬治療を打ち切り、

最後にモルヒネを打ち、安らかにと祖母は考えているらしい。

余命宣告を受けた時に泣き崩れた祖母だが、

その涙は祖父を思ってのものじゃない。



 その本音を圭介は、理解していた。



 早く去ってくれ。

大手企業に勤めていたというのが自慢で、これからは

金目のものは自身、独り占め出来る、と腹では嘲笑が止まらないのに。




 その心情が現れているからなのか、

祖母は孫に、夫の世話を押し付けて、姿を現さなくなった。



(___追い詰められた時、人の本性は現れる)





 祖父の意識は朦朧としていて、

目は閉ざされたまま。苦しみと戦い疲れ果てた、

その皺のひとつひとつの表情が事を物語っている。



(俺が来た事、

本当は望ましく思っていないんだろうな)



 そもそも自身が生まれたこと、誰も歓迎なんてしてかった。

祖父母もお荷物を背負わせたとしか思っていないだろうし、

責任を放棄する事は簡単で、両親は逃げ出した。


___ならば、自身はは何の為に生まれてきた?



(誰からも望まれていない)




 そう思うと、心が無性に虚しくなる。

嗚呼。自分は誰からも望まれていなかった。

不意にその思いは言葉となっていた。



「………いっそのこと捨ててくれれば、良かったのに。

孤児のまま生きた方が良かったのかも知れない。



その方があんたも楽だったろう。

俺の存在は老後の穀潰しだったんだろう。


どうして愛情もないのに、

世間体の為に、俺を育てたんだ……!?」




 行き場のない思いが、思わず溢れるだろう。

祖父が聞けば、間違いなく自身は張り倒されるだろう。


けれど思いは止まらなかった。



「…………っ」




 ふと祖父を見て、圭介は唾を飲んだ。



 其処には、

先程まで目を閉じていた祖父が、

しっかりと目を開けて此方を見ていた。



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