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5ー11・儚くも愛しかった存在




____もし、願うが叶うならば、“あの子”に会いたい。



 会う代償として、

命を落としてしまう、という運命だとしても


自身は構わない。“あの子”に会えるのなら。





「………そうですか。ありがとうございました」




 携帯端末を置いた後で、近付く靴音に気付き視線を遣ると

ドアが開き、部屋に誰かが入ってきた。

視線を向けると、ジェシカがいた。


 何処なく疲れ果て、瞼が腫れている。



 しかし、今の時刻に事務所に来るとは。





「……おかえりなさい」




 簡素に言う風花。

ジェシカは魂が抜けた様に、ソファーに座る。

風花は立ち上がると、自身が持っていたハンカチを

軽く水で濡らしてジェシカに差し出した。



 彼女が、いつもと様子が違う理由わけを、知っている。




「………どうだった?___ 娘さんとご主人の墓参り」



 そうだ。

今日は彼女にとって辛い日である事を。



 唯一無二の日である今日は、娘の墓参りに行っていた。


 毎年、欠かした事はない。



 ジェシカの目元が腫れているのは、

彼女が娘の事を思い随分と泣き明かしたからだろう。



「………」



 また、ジェシカの瞳から涙が零れた。

風花から貰った冷えたハンカチを目元に当て隠しながら

泣蹲(うずくま)る様は、後悔と悲哀の雰囲気が含まれている。



 未亡人。

娘が一才の時、交通事故で夫と娘を亡くしたという。

娘が生きていれば風花と同じ年頃だろうか。




 ジェシカは、風花を可愛がってくれた。

まるで、娘を失った空白を埋める様に。


 理由が解らなかった頃は

過剰な干渉を疎ましく思った面もあったが本当の理由を理解した瞬間、風花は悟った。



(__この人は、娘にしたくても

してやれなかった事を私にを向けているのか)



 干渉し過ぎと思うが、

彼女の娘を思えば彼女の思いも、理解出来る。

形は違えど、自身も肉親を失った身なのだ。





 最近、風花は、深夜の帰宅が多くなった。

ルームシェアしている部屋には、

風花が居なければ突然フィーアが一人過ごす事になる。


 深夜、目が覚めた時、

不意に紅茶が飲みたくなり、テーブルにティーセットを持ち込み

淡い暖かな光りのランプと

そしてほのかに暖かな紅茶を頂きながら、フィーアは頬杖を付いた。


 風花の帰りを待っているのだが、

案外、人は誰かの帰りを待つ時間が、とても長く感じる。


 

 時間も遅い。

風花は夜型人間だが、大概、睡魔に弱いフィーアは寝てしまう。

けれども今日は、何故か眠れないのだ。



 紅茶の水面には波紋、そして自身の顔が映る。



(…………私の心は、

何時からこんなに警戒心が無くなったのかしら)



 昔は、心に余裕や安堵等、なかったのに。

常に警戒心に張り巡らし、緊張の糸が解けなかったというのに

今はこんなにも心は穏やかだ。



 眠たげな視線を目を向けながら、周りを見回した。

手持ち無沙汰だ。



 僅かな調理器具を置いただけの、整えられたキッチン。

いつの間にか作っていた小さなサンドイッチ。


 それを皿に乗せると

サランラップで包み、風花の為に置いておく。




夜食と言い訳しよう。

少しは姉らしいこと、恩人への恩返しが出来たかも知れない。可愛い妹を思い浮かべ、視線を落とした瞬間。

不意に思った。




(…………私は、だれかしら?)




 不意に、余裕が生まれた心の隙を付く様に

フィーアの脳裏にそんな思いが掠めた。




 フィーアには、自分自身が解らない。

自分自身の名前等の個人情報も、全て風花が貰ったものだ。


最初は記憶喪失を疑ったが

それは否定した。自身が物心付いた時は、

既に冷たい地下室に閉じ込められていたのだ。


 人生の半分は、其処で奴隷の如く過ごした。

____否応なしに。



 ただ

何処かで欲が出てきて、思ってしまう。


___自分自身、それが、知りたいと。



 しかし

そんな事は出来ないだろう。

逆に知ってしまったら良くない結果かも知れない。


 余計な事は考えず探らず、知らないまま

自分自身は、あの恩人である少女に付いて行こう。






「………悪いわね。これ、洗って返すから」

「………そんなの良いわ。それより落ち着いた?」

「………ええ」




 ジェシカの言葉に、風花はあしらった。

状況が状況故に、いつも通りの様には出来ない。


ジェシカはようやく落ち着いたみたいだが、

何処かぼんやりとしていて何処かで調子が狂う。




 呆然としていたジェシカだったが

ある点に目が止まった。



「……あれって、菫よね。花、変えたの?」



 ジェシカの言葉に

風花は窓際に飾ってある花を視線を向けた。

窓際には、ジェシカの言う通り菫が飾られている。



「……ええ、“変わってた”」

「へぇ…風花、貴女が選んだの?」

「いいえ、フィーアと思うのだけれど」



 自身は花に興味がない。

けれど、たまに窓際に飾られている花が変わる。

それはフィーアの仕業か。時折に彼女が花を愛でている光景を何度か目撃した事がある。


___きっと、フィーアが変わらせたのだろう。



「………どうかしたの?」

「いや、亡くなった娘がね。菫の花が好きだったみたいで

菫の花を飾っていれば喜んでいたのを今更、思い出したわ」




 ようやく、ジェシカの表情が(ほころ)ぶ。

そんなジェシカに風花は申し訳ないと思いつつも、

上書きするかの様に質問をぶつけた。



「……娘さんって、どんな子だったの」



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