5ー9・心傷とともに生ける
お久しぶりです。
もし、神様がいるのなら問いたい。
どうして、この宿命を与えられたのか。
自身が眠っていた布団は、一人用じゃなかったらしい。
二人寝てもスペースは余裕にあり、二人だからか暖かい。
ちらりと横を見ると、下ろされた黒髪が布団の上にわだかまり、流れている。
真っ直ぐな、漆黒の髪。
後ろ姿だけだから、彼女が今、
(何を思い考えているかなんて考えられないけれど)
その受けた恐怖との抉られた様な傷、傷痕だけは解る。
ふと、枕元に
携帯端末がチカチカしているのに気付く。
親しくなり始めてからジェシカから貰った物。
最初こそ使い方すら全く解らなかったが、
風花から
『自分が伝えたい事を連絡をしてくれる機械』と
手取り足取り教えて貰い、今では順応する事が出来ている。
光っているという事は何か連絡がきた、という事。
連絡先は
風花とジェシカしか連絡先はないのだが相手はジェシカだった。
フィーアは
背を向けて身を包めてこそこそ、と携帯端末を操作してみる。
__今の北條家では、風花の身が危ない。
使用人の事の処分も大人達で決めないと行けないから
煩いと思うし、私としてはなるべく風花を近づかせたくないの。
だから暫く、貴女の部屋で寝泊まりさせて欲しい。
けれど貴女は構わない?
___私は構いません。
___ありがとう。
風花の様子はどう?
___落ち着いています。表向きだけかも知れませんが。
___そう。じゃあ、風花を、よろしく頼むわ。
チャットを送信した後に、
まるで見計らった様に風花がぽつりと呟く。
「……あのね、ジェシカが言うの。
寝る時は、暫くは此処に居ろって」
物憂げな目。何処となく疲れていて覇気はない。
そんな風花の言葉に、内心 フィーアは思う。
(そうよね)
北條家そのものが危険だ。
当主の孫娘に、
陰口や吹聴したり、簡単に手を出しては傷付ける使用人が居る。
影武者なのを良いことに、それを利用して貶めるのだろうか。
そう言えばあの当主は、語っていた事がある。
フィーアはそれを聴いて顔面蒼白になった。
『風花は、華鈴の身代わりだ。
その為だけに北條家に身を置いてやっているが、あの子は
薄気味悪く不気味で仕方がない、華鈴の事が無ければ早く追い出したい』
(思い出すだけ、考えるだけ、気分が悪い)
「………フィーア」
「……なに?」
「………本当はね。
なんだか自分の部屋に居たくなくて、此処に来たの」
「………そう」
「いつもは平気なのに、なんだか居心地悪くて」
そうか。
被害を受けたのは、自室だと聞く。
記憶は失っていても体や感情は覚えているのだろう。
それは他人事でも痛い程に解る。フィーアもそうだったからだ。
忘れているのか、
それとも、ふりをしているのか分からないけれど。
「ねえ、風花」
「…………」
「____私、風花の事、好きよ?」
フィーアの気持ちは飽くまで、ライクだが。
風花は固まった。何を突然。
この少女、穏やかそうに見えて何処か読めない。
好きだという言葉は、北條家に来てからずっと聞いた事は無いからか、
何処か新鮮味を感じる。
無垢な温情は、毒だと思っていた筈なのに。
けれども風花は同時に目を伏せた。
(私の腹黒さを知ったら、きっと嫌われる)
強姦されたのは、勿論本当だ。
けれども嫌悪感と恐怖感が滲む心の何処かで、
厳造が目を瞑れない後ろめたさを抱くなら、
北條家にとって何か不利になるのなら、
打算的に盾になる何かを求め、そう考えていた自分自身がいた。
けれども、
此処に来てしまうと感情の誤魔化しは無理らしい。
____本当は。
此処では、嘘を付けない。
「___私ね、本当は心細いの」
フィーアは伏せた眼差しで。そう聞いていたが
その後ろ姿は今にも消えてしまいそうに儚く、そして薄幸だ。
「風花」
「___?」
「私、変な人間なの。
誰もいないのに独り言や歌を歌ってしまう。
けれどもね、癖みたい。
だから此処にいると、
私のどうでもいい話や歌を聞いてしまうと思う。
なので聞き流して、ね?」
淡い月夜の帳。
フィーアの告白に風花は、ぽかんとしていたが
「………いいよ」と呟く。
そして。
「……ねえ、フィーア。お願いがあるの」
「なに?」
ようやく、風花はフィーアと向き合った。
人形の如く、絵に描いた様な綺麗に整った漆黒の少女の顔立ちが伺えた。大人びているのに、フィーアから見た風花は
まだ少しあどけなさが残っている。
「……唄、歌って」
「分かったわ」
何も望まない、細やかな少女の願い。
フィーアは静かに頷くと小さく息を整えて口を開く。
穏やかで優しい声音から紡がれる、綺麗な歌声。
その声音から次第に歌が紡がれる。
夜空の星と同等の様な、綺麗な優しい、ソプラノの声。
慈悲の子守唄だった。
少女の穏やかな声音は、何処か安心する。
起きて意識がある以上、常に神経が休まらず
気を張っている風花にとってこんな安らかに安堵を浮かべられるなんて、いつぶりだろうか。
(………あの頃、みたい)
孤児院にいた頃以来だ。
あの頃は自由だった飽きるまで、兄とお喋りしていたか。
なんだかフィーアは兄の直哉と似ている気がする。
少女の存在は何処か不思議で、心が軽くなった。
耳に心地好い。
目を閉じると、自然と眠りに誘われていく。
いつの間にか、風花は寝ていた。
そんな風花の寝顔を見て、フィーアは思う。
(………忘れて。無くなって)
少女の痛みが、和らいだらいい。
フィーアは、歌を囁き続けた。
お久しぶりです。ご無沙汰しております。
不定期更新ながら、お待たせしてしまう形となり
申し訳御座いません。




