5ー5・憎悪と恨み
誰を恨み、憎めばいいのか。
そもそもどの瞬間からこの感情を抱けば良かったのだろう。
自責と贖罪の念の何処かで、
誰を恨めばよいのか、何が間違いだったのかと足掻いて裏を探った。
自身と直哉を、この北條家に誘ったジェシカか。
兄妹を比べた末に、その片割れを殺した厳造か。
灰となった孤児院か。
否。皆、違う。
全てに、この感情をぶつけたとしても
そもそも、自分自身のせいじゃないか。
現に自分自身が変に出過ぎた真似をしたから
直哉は命を落とした。それは他の誰でもない自分のせいじゃないか。
こんな風に苦しむのも、懺悔の為なのだ。
自業自得なのだと風花は自分自身を嘲笑った。
幼い頃、
この北條家の檻から抜け出したいと一瞬思った時がある。
けれどそう思ってから、次の瞬間には癪に障っていた。
あの当主は、少なからず自分自身の手を血に染めた事を
後悔している様だった。幼い少年を殺めたという
塗り替えられぬ事実を。
だったら、その弱みを利用してやろう。
自分自身は、信濃直哉の双子の妹。
そして、表向きの北條家の跡取り娘。
自分自身の存在がある限り、当主は少年を忘れないだろう。
あの過去も、過去を忘れない筈だ。
(己で、己を利用する)
「……そろそろ帰ります」
いつしか眠りに着いた
孤児院長の様子を見てから、伺うと後にする。
帰らないと不味い。
昔、ふらふらと自由にしていたら、
一度、心配性なジェシカに捜索願を提出された事がある。
その頃、出会ったばかりのフィーアには不良になったのかと怖気づかれた。
外に出ると、空気の冷たさが頬を撫でる。
暖かい事務所に帰ろうと、
戻ってきた道を足を向けた時、風花は気付いた。
____青年と、それに取り付く少女に。
何故、青年が。
それに此処は都心で、遠い静観な町にある西郷家に居る筈の
華鈴が何故、此処に居るのだろうか。
その答えはすぐに気付いた。
青年は、自分の後を追ってきたのだろう。
あの心配性な二人の事だから理由を付ければキリがない。
華鈴が居るのも謎だったが、それもすぐに解る。
(………そういう事ね、……またか)
憂いた感情を覚え、呆れにも似た悟りをまた実感する。
幼き頃から一緒だった故に、
あの孫娘の少女の中身は嫌でも知っている。
本当でも嘘でも厭わない話術で、人を掴む。
媚びた声音、愛らしさを武器に上目遣いで話すのはいつだって変わらない。
その話術になびなかったフィーアは強者だ、と思った事がある。
ジェシカを除いて
誰かが風花に近付き親しくしようとすれば、
それを自然と当たり前かの様に華鈴が奪っていくのも事実。
華鈴が、風花の人間関係を断絶させようとしているのは、
気のせいではなさそうだ。
だからフィーアが華鈴の言葉になびなかったのは不思議だった。
人付き合いが苦手で、孤独を好む風花にとって
それが気楽だったと云えば、否定は出来ないけれども
何処かで誰かが仕組み、阻んでいると思っていた。
自分自身もそこまで馬鹿じゃない。
(………今度は、この人か)
風花は思う。
心の何処かで予想はしていた。
解ってる。解ってるつもりだ。自分は罪人だと。
…………知らず知らずの内に実兄を見殺しにした女。
ここは自然と
居合わせた振りをして、風花は彼らに近付いた。
「……どうしたの。二人仲良く揃って」
青年は疎ましく、困惑した表情をしている。
ただ華鈴は相変わらず風花に対して敵意を剥き出しにして見詰めていた。
そして見せ付ける様に華鈴は圭介の腕に縋り付いている。
けれど澄ました風花の表情と冷めた感情を変わらない。
誰も信じられない。この心は誰にも渡さない。
誰にも愛さないだろうし、誰も愛さない。
ただ、風花の心にあるのは。
___誰を恨めばいい。
“本当の自分自身”は解ってる。
けれど。
自分自身と、誰を、この感情を向ければいい。
答えの出ない自問自答を風花は繰り返す。
 




