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新装版|クライシス・ホーム  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
【第2章】記憶という過去の骸
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2―8・ネーム




 身体中が痛い。

 けれど背中にはふんわりとした安心を覚える感触。

それは感じた事のない安心感に身体が包まれている気がした。


 ゆっくりと眼を開けると

知らない天井が伺えて、慣れない空気がそっと頰に触れる。



 自分自身は

あの時に死んでしまって違う世界へと来たのだろうと

一瞬だけ思ったが身体中に走る痛みのせいで、

まだ生きているのだと気付いた。


 思考が回り始めた頭で記憶を辿ってみる。



 あの時。

知らない少女に出会った後で自身は倒れて___それから記憶がない。


一体、

此処は何処だろうと思いながら瞳を動かす。

……見た事もない部屋。


 けれど

あの冷たいコンクリート剥き出しの部屋の一室とは

大違いで、此処はちょうどいい暖かな気温と優しい空気に包まれている。



(此所は、どこなの?)




 部屋には誰もいない。

そう思った次の瞬間、突然にして障子が静かに開く。

その瞬間にフィーアは眼を見開いてしまう。



 部屋に入ってきたのは、

あの時、自分自身を見下ろしていた黒髪の少女だった。



驚きを隠せないフィーアとは反対に、 

少女はあの時と変わらぬ無情の表情を浮かべている。

風花は少女が目を覚まして此方を見ている事を知ると、




「……目が覚めたのね」




 あの時と変わらない、冷たい声音で呟く。

けれどもフィリアは、

変わらず恐怖に支配された精神と感情しかないままだ。

心が怯えたまま自然と身体が震えてしまう。



 だが。アルビノの少女が

怯えた眸をしている事を風花はとっくに見透かしていた。


………何故なら自分もかつて、その眼をしていたからだ。



風花は、やや目を伏せながら言った。





「人畜無害なので、何もしない」


「…………………?」



フィーアは、少女の言った事に拍子抜けしてしまう。

そもそも言葉をあまり教わらなかったせいか、

彼女が何を言っているかすら、分からない。



 少女が持ち込んだ

おぼんには、小さい茶碗に盛られた粥と銀のスプーン。

そして湯飲みが二つ。



(…………どうするつもり?)



 こんな穏やかな空間も

何より、人間離れした人形の様な少女も不慣れなものばかりだ。



 その間に風花は距離を置いて正座し、

持ってきたおぼんに置いていた湯飲みをひとつ取ると

礼儀正しくゆったりとお茶を飲む。


 彼女の眸は変わらず、何処か空虚で

彼女は自身が創り上げた世界観に入り込んでいる様に見えた。



 彼女は一切に何も言わない。

何もせずに数時間。暫くの間が過ぎた。

優しい茜色の光りが部屋に入り込んで、淡い色彩の空間に包まれている。


 フィーアは、目を細めた。

そして警戒心を故に、フィーアは黙って睨み付けている。

少女は何もせず、正座したまま動かない。


(どうすれば、いい?)



 探り合う。

風花は動かず、フィーアには不信感が募るのみ。

そんな日常がまた、数日間と続いた。




 ただこの数日間、気付いた事は

黒髪の少女は全てが淡々としているということ。

彼女が何を思い何を考えているのか全く分からなかった。


 代わりに

何もせず、何も言わないまま、少女の傍に居る。

呆然と遥か彼方を見る様な眼差しで何処にも視線は注がれる事はない。



 今日も、

このままでは、日が暮れそうだ。


本当に何も手を出してこない事に、

暴力を受けて育ってきたフィーアには意外だった。

人は暴力を振るう生き物だと思い込んでいたからだ。



 いつしか初めに抱いていた恐怖心は消え去り、

好奇心と興味に変わる。




「本当に、何もしないの……?」




 いつしかの疑問が、言葉として溢れていた。

すると呆然としていた少女は意識を取り戻した様に

此方に視線を戻して、静かに頷く。


 それは絵に描いた様に、

彫刻の様に目鼻立ちの整った顔立ちが綺麗で間近に見える。

思わず見惚れてしまいそうだ。




「そう」

「貴女はどうしてわたしを………」


「………“何故かしら”ね」



他人事の様に呟いてから淡く微笑して、首を傾ける少女。

フィーアは躊躇いつつも、単語を話し始めた。


「貴女は、暴力を振るったりしないの?」

「………しんどい。そもそも興味がないもの」


ただ、無機質的な、

物静かな少女が何かを企んでいるとは思えない。

この数日間で気付いたのは、あの人達とは真逆だという事。


 

 彼女は気怠げに呟くとフィーアは、質問を重ねる。

それがいつしか自分自身の事を話し始めている事に気付き始めた。


 物心着いた時から、

冷たい部屋に入れられて生活していた事。

裏社会の人間達、彼らが酒に酔い、暴力を振るわれていた事。


 自分達は自分の名前すら知らない、人間だと言う事。

ただ物事を告げるだけなのに目の奥は熱くなり、涙が頬を伝う。


 彼女は黙って聞いている。




 そして、

暴力を受けた末に皆が息絶えて、

自身だけだけ逃げた事全て話した。




「そうだったの」

「……はい」



 風花はやはり気付いていた、何か裏があるのだと。

皆を置いて自分だけ逃げてしまったと嘆くフィーアの肩に

風花は手を置いてそんな事はないとでも言うように、

何も言わずに首を横に振り、静かに否定する。



「私だけ逃げてきてしまった……私は罪人よ」


「……視点を変えればいい。

貴女は皆の存在を伝える為に這い上がってきたと。

自分を責めなくて良い。その必要はないわ。


 ただ、辛かった……ね」



 しどろもどろな語尾に、風花は黙った。

歌でもないのに、言葉の音程がガタガタとしていたから。


 他者とのコミニュケーションを避けて生きてきた名残り。

こういう時に相手に寄り添う言葉をかけるのだと、

教わってきたものの、何処かきごちなくなる。





 少女は告げた。皆の事は任せて、と。



泣きじゃくるフィーアにそう頭を撫でながら言う風花。

何も知らず分からずのフィリアに、

風花は色んな事を教え決めた。



 この世界の成り立ち、言葉、知識や知力。

フィーアは頭の回転が素早く全てを飲み込み、

気付けば風花と変わらない、


年相応の少女に成長を遂げた。


 フィーアが這い上がってきた日を誕生日にし。

年齢は推定だが、彼女の長けた知力と

おっとりとした姉の様な雰囲気から


自身より、ひとつ上の17と考えた。


「名前…………どうしたら、よいですか」


 人間界で生きる為の記号とも言える、個人の名前。

フィーアに問われて初めて、

風花は決めてしまった事を今更ながらに気が付いた。


「……………名前は、もう決めてしまってた」


丸いその眸は不思議そうに風花を覗き込み



「____フィーア?」





 響きのトーンで、風花が名乗ってしまったものだったが

よくよく考えて見れば、


(____私の密やかな願望)



 この少女と、“あの少年”はそっくりで、いつしか重ねていた。



 ギリシャ語である語の愛情や友愛を意味するらしい、

『フィリア』が思い付いて、それを言葉にするのは見透かされそうで

それを少し言い換えたものだった。






 そう思うと、少し申し訳なくなった。







 

 少女は自分の事も教えてくれた。

名前は北條風花で、この家は代々受け継がれ続く葬儀屋。

自分自身はその娘なのだと______。



 けれどもフィーアは

北條の名を語る少女の瞳が何処か、哀傷が籠もっている事が気になる。




 フィーアは、

隠れて北條家で暮らす事になった。









 風花は代々の事を、察知していた。

少女が倒れ伏せていた場所、

其処は裏社会の人間の溜まり場だと言う事という確証。



 しかも大半は

重大な犯罪を起こし逃亡し続け、

指名手配されている人間ばかりだった。




 彼ら達は誰にも見つからない様に其処に篭って

裏社会で生き、基本は賭け事や人身売買で生計を立てていたそうだ。




 そんな彼らは

密かに世界中のアルビノの子供達を誘拐して

自分達の手許に置き、自分達だけの秘密にしようとした。

その思惑通り、地下室には誘拐されたアルビノの子供達が何人もいた。


 何年か前に

少年少女の失踪がクローズアップされた事を思い出す。






 フィーアの言葉を元にして 風花は警察に情報提供。

警察は指名手配が居ると知り直ちに、彼ら達は逮捕し

そして…警察は地下室にいたアルビノの子供達の遺体を間近に眼にしてしまった。


 そしてフィーア。

たった一人の生き残りが居る事は、

彼女の精神状態を考慮して(おおやけ)には出さずに秘密に置く事にした。


 その結果、

アルビノの子供達は全員亡くなったと世間は認識している。






それはいずれ『アルビノ監禁暴行事件』として


マスコミは騒ぐ様になるのだが、風花はフィーアにそれを見せない様にした。


彼女の心の傷を広げたくない。寧ろ緩和させる様にと願って。








3年前の風花は、ある事に動き出していた。





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