黄金の薔薇
sideソーン
ニュクスはまだ戻ってこないのかな。そろそろ約束の一月が経とうとした頃。
俺は、高貴な身分のお方に呼び出された。
「やあ、よく来てくれたね。どうぞ、まずは腰かけてゆっくりお茶でも飲んでくれ」
「……失礼致します」
俺を呼び出したのはパーティなどで遠目で見かけたことのある……王太子殿下だった。
……まさか、王女殿下の話だろうか。
俺は今の仕事を気に入っているし、移動する気はさらさらない。
何があっても結果を出して断ろう。そう思っていたけれど……殿下が切り出してきた話は俺にとっては予想外のものだった。
「単刀直入に聞く。君はニュクスの居場所を知っているか?」
……ニュクス?
なぜ彼女の名前が出てくるのか分からない。
なんの意図を持って、殿下が聞いてきているのか意図が読めぬまま……とりあえず正直に答える。
「…出張と伺っていますが……詳細は知りません」
「……彼女のいきそうな場所なども、心当たりはないか?」
「…無い、ですけど」
「……そうか」
険しい表情の殿下から重苦しい沈黙が漂ってくる。
どういうことだ、彼女は仕事でどこかに行ったんじゃなかったのか…?
「……彼女に何かあったんですか?」
「……事故にあって行方不明と言う報告が来てね。彼女が他者に関わることは非常に稀だ。だから君ならばと思ってな……もし彼女が助けを求めてきたら助けてやって欲しい。彼女は王女派を陥れる重要な情報を掴んだようなんだ、早めに保護をしたい。もちろん君が保護をしてくれれば相応の謝礼も出そう。すまなかったな、戻っていい」
行方不明。
ニュクスが、行方不明。
しかも事故にあって。
目を細め俺を見てから、退出を促す殿下。
だが俺はニュクスが事故にあって……安否すら分からない状況ということに激しく動揺をしていた。
行方不明、行方不明。
庭園に出て集中をするために自分と花壇の周りを茨で覆って人が入って来れなくする。
怪我はしてないだろうか、彼女は何処に……そこまで考えて、ハッとして意識を集中する。
彼女は、俺の力をたっぷり与えた新種の薔薇を持っている……と、思う。
より効果の高いポーションを作る材料として品種改良を重ねた薔薇。
薔薇は…茨でもある。
「……金の花の茨は、何処にある」
集中して魔法を使って呟けば……俺の周りの茨の柵がひとつの方向へと移動をしようとしているのがわかった。
そっちに居るのか。
そうと分かれば俺はすぐさまに上司に休暇届を出して、旅支度もそこそこに茨の案内する方向へと実家の馬車で飛び出した。
茨の指し示す方角は、王都の外だった。
これは…彼女が薔薇を所持している可能性が高い。
俺の行動はノープランだったが幸いにもうちの御者が有能だったおかげで宿の手配なども問題なくすみ、数日かけてたどり着いたのは……森の中だった。
「坊ちゃん…すぐに護衛を手配しますんで、1人で行かねえでください」
「……俺一人くらいならば、自衛できる」
「やめてください。坊ちゃんに何かあったら旦那様に顔向けできません」
貴族だったから御者を連れてこれて彼によって旅程は助けられた。
だが、貴族ゆえに一人で森に入ることもできない。
考え無しで馬鹿な自分が悔しくなり……御者の言う通りに近くの町へ護衛を探しに行こうとする。
「……護衛は必要ない」
だがその時、俺と御者しか居ないはずのその場に……突然一人の男が現れた。
咄嗟に御者が俺を庇うように前に出て、俺自身も即座に傍に茨を生やすが……男は片手で何かを見せてきた。
「王太子付きのルイス・アルバレンだ。ソル・ディトリ、貴公はニュクスの居場所を知っているな?」
それは王太子殿下の紋章が入った勲章だった。
彼は間違いなく王太子殿下の部下で……何故、と考えるも一瞬で答えが導かれる。
ニュクスは情報管理課で室長補佐という管理者の一人だ。
情報管理課は様々な情報を精査する一方で……隠密作業などで情報を集めることもあるという。
そんな彼女の情報を……他人の俺に、殿下が話すなんて異常だ。
彼女を探すコマとされたのだろう。
「……なんのことでしょうか」
「隠し立てをしても無駄だ。ここはニュクスが乗っていた馬車が落ちていた崖に近い。貴公は何らかの方法でニュクスの居場所がわかっているのだろう?」
王太子は、アルバレン殿は彼女の敵か味方か。
険しい顔で、勲章を仕舞うと剣を抜き脅すようにこちらを見るアルバレン殿の真意は分からない。
「案内してもらおうか?」
だが、ここまで来て……俺に案内しないという洗選択は残されていなかった。
「……ああ、お前は来なくていい。馬車を守っているように」
「ですが!」
「ここから先は国家機密に関わる事案だ。抵抗するようならば捕縛させてもらうが?」
「大丈夫だ、待っていてくれ」
不安そうな御者をその場に残し、アルバレン殿と森の中へと足を踏み入れる。
ーーー茨を使って彼を捕縛すれば何とかならないか。
そう考えもしたが……アルバレン殿は、王太子殿下の部下なのだ。
下手なことをすれば……俺も、兄も両親も危うくなる。
どうか、どうか、ニュクスの味方であってくれ。
情けなさすぎる自分を不甲斐なく思いたどり着いたのは……小さな洞穴だった。
「この中か?」
「……おそらくは」
背の高くない方の俺でも身をかがめないと入れない洞窟。低く狭いそこは……だがしかし入口から奥まで見渡せるほどの奥行しかない。
茨の気配は間違いなくここにいるのに……ニュクスは居ない。
隠れてる…?
そう思った瞬間、アルバレン殿の姿が消えた。