夜の女王
sideニュクス
「普通にいつもありがとうって言って渡せば良かったじゃないか!!」
とても大きな声だが、おそらく独り言なのだろう。目の前でソーンが蹲っていて……先程までの会話とその行動を繋げてフッと笑いがこぼれた。
別に好きでもなんでも無い男に「勘違いするな!」と言われたら不愉快でしか無かったが、彼は金薔薇という渾名をつけられ様々な女性に好意を寄せられる存在だ。
色々と苦労してるのだろう。
だが、完全に私が居なくなったと思っている彼に…声をかけ損ねたのは事実だ。
どうしようと思うも、約束をしている訳では無いが毎日魔法をかけ続けたわけだし…
しばらく迷った末、まだ蹲って後悔?をしているソーンに「あの……」と声をかけた。
途端、ソーンが飛び跳ねるように立ち上がった。
「えっ!?」
「…驚かせてすみません。あの、私明日からしばらく出張に出ますので魔法をかけることができませんのでご了承ください」
「えっ、ちょ、い、居たのか、え、出張!?」
「はい。三日ほど」
私を探しているのだろう、周囲を忙しなくキョロキョロと探し回るソーンをじっと見つめる。
……うん、噂にたがわぬ…美青年…いや、どちらかと言うと童顔で美少年に近い気がする。
そんな美少年がショックです!といった絶望の表情を見せてから一転して…顔を赤らめた。
その溢れ出る色香によからぬ気持ちを抱く令嬢たちの気持ちが何となくわかった。
「……そうか。君に魔法をかけて貰えないのは困るが、本職が何よりも大事だ。…大事だが……」
モジモジしないで欲しい。いや、私なんかがするよりも似合うけれど……なんかすごく悪いことをしているような気がしてくる。
いたいけな少年にイタズラをしているような…いや、彼は成人を迎えた成人男性だ。
「……も、戻ったら土産の一つでもくれないか」
おおう。ぶわっと色気とかそう言ったものが全身を通り抜けていった気がする。
いや、これは土産と言うよりも……早く帰ってきて欲しいと言う思いが、無駄に分かりやすく溢れている。
驚いて一瞬目を見開くものの…色気にあてられて頬が僅かに熱くなるのを感じた。
「……わかりました。では仕事に戻りますね」
「ああ。気をつけてな」
「はい」
………どうも、懐かれたみたいだ。
このまま消息をくらませようかなとも思ったが……そうすれば泣いてしまう気がする。
一瞬だけだが私に対して見せた、あのわかりやすいショック!って顔が脳裏に浮かんで…その後の色香を放つ顔へと変わり、慌てて首を振ってそれをかき消す。
……なんとも言えない。はあ、とため息をついて仕事に戻った。
土産。土産かあ……
お貴族様に何を買って帰ればいいのかさっぱり分からない。
仕事を済ませて大きくもない街の市場を練り歩く。
ーーーーその時、視界の端に見覚えのある色が映りこんだ。
「…なんだこれは。私をバカにしているのか」
さすがにお貴族様にコレはダメだったか。
でも見た瞬間コレだって思ってしまったんだよなあ。
……黄色いひよこの人形を手に、明らかに怒った表情のソーン。だがそんなに表情も様になる……と、見とれている場合じゃなかった。
「……すみません。ソーンと同じ綺麗な黄金色だったので」
視界に入ったのは綺麗な黄金色に塗られたひよこの木彫り細工だった。
キラキラして可愛くて……不機嫌そうな顔がソーンそっくりだったんだ。
「……俺の髪、綺麗か…?」
「綺麗でしょう?」
先程までひよこと同じ表情をしていたソーンだったが、何が良かったのか今は嬉しそうな顔になっている。ひよこの木彫り細工を見てウキウキしながらそれを懐にしまった。
どうやら、お気に召して貰えたようだ。
良かった、不機嫌な中……また出張に出るとは言いづらかったから助かった。
「…そして戻ってそうそうなのですが実はまた明日から出張になってしまいまして」
「え、またか!?」
「はい」
今回は王都の外れにあるとある貴族のタウンハウスへの潜入捜査だった。
事前調査通り、黒も黒、真っ黒だったので……その貴族の領館の方にも潜入捜査をする必要が出たのだ。
「…今度は何日くらいだ」
「……ひと月かからないくらいでしょうか」
具体的すぎる日程は、行き先がバレる可能性が出てくるので言えない。そのためぼかして言ったのだが……予想以上にショックを受けている。
「…戻ったばかりじゃないか」
「すみません」
なんか、周りの植物もしおれてみえる。機嫌は浮上させたはずだった、それでも分かりやすく凹んでしまって……私が悪いわけではないが慌てる。
「………」
「………」
気まずい沈黙が続き、まるで処罰を受けるかのような気分で彼の反応を見る。
……理性の弱い人間ならば、出張を取りやめる!と言いたくなるほど……ソーンは悲壮感に溢れていた。
「………」
「………」
「……戻ったら、飯食いに行こう」
「…………………わかりました」
あまり深く関わる気は無かったのだけれど
どうも実際には涙を流してる訳では無いが、彼の泣きそうな顔に弱い。
承諾した途端ぱあっと明るい顔になるのも、うん。ずるい。
弟が居たらこんなもんなのかなあ。
「じゃあ、いい店情報探しとくから!今の時期なら……一月後なら氷菓とかかな」
「そうですね」
「わかった、調べとく!あ、そうだ。これいつものお返しにやるよ」
私が見えないからだろう、庭園の生垣の上に置かれたのは……一輪の金色の花びらの薔薇だった。
一瞬、金細工かと慌てるが……どうも本当に花みたいだ。
「お前のおかげで出来た俺の成果の一部だ。俺の髪が好きなら気に入るだろ」
そっと手に持ってみると……見た目と違ってカサりとかわいた音が響いた。
どうも、ドライフラワーのようだが……瑞々しく金色に輝くバラの花。
確かにその自然ではありえない色は彼の髪だったが……異性に一輪の薔薇を渡すのって、どうなんだ?
私は詳しくないけれど、なんか意味があった気がする。
だが、さすが金薔薇の貴公子。
綺麗な薔薇に負けない表情でそっぽを向かれても……どう?嬉しい?気に入った?と尻尾を振る小型犬のような空気が隠しきれていない。
「……ありがとうございます」
受け取れば、すぐに輝かんばかりの嬉しそうな顔をうかべた彼には悪いけれど…私には似合わないなあ。
「良いか、それ毎日持ってろよ。何なら棘も取ってあるし頭にでもつけとけ」
「え゛」
いくら人から見られないとはいえ、それは…脳内お花畑じゃないんだし……と、思ったものの。
期待がたっぷり詰まった目で周囲を見渡すソーン。
「………わかりました」
しばらくの間、無言で拒否を示したが……結局のところ、彼の要望を私が拒み切れるはずもなく。
さすがに頭には付けなかったが、コサージュとして胸元を飾ることとした。
さっさと出張を終わらせないと。
ソーンには困らされてるものの……それも悪くは無いと思いながらテキパキと仕事をこなして数日かけて馬車で移動をし、馬車と御者を宿に置いてターゲットの家に潜入をする。
………私の本当の能力は『認識阻害』だけでは無い。
しっかりと錠がかかり門番がいる門を……普通に通り抜ける。
そして堂々と庭園を通り……立派な玄関の扉に触れる。
当然、扉にも鍵はかかっていたけれど……そんなもの、私の前では何の役にも立たない。
中に入り……階段を登っていく。
一番上の階が領主の部屋や執務室、家族の部屋があるからだ。
途中、夜廻の兵やメイドとすれ違い……やはり鍵のかかった部屋を一つ一つチェックしていく。
部屋にあるもの、隠し部屋から空気穴まで全てをチェックし次の部屋に行く。
残念ながら三部屋のチェックを終えたところで、朝となってしまった。
ーーーー私の能力は夜と相性がいいが…昼間……光とは、相性が悪い。
まだ侵入がバレている訳でもないので……静かに人が来なさそうな部屋へと移動をして、認識阻害をつけたまま休む。
一日、二日、三日と調査を進め
四日、五日と物以外の……噂話などの調査も進める。
「どうやら王都から調査員が来ているようだ」
私の目の前でそんなことを執事に相談している対象を見て、ここらが潮時かと証拠を持って屋敷を出ていく。
誰にも見つからず、問題なく調査を済ませたはず、だった。
だが悪事に手を染めた貴族は……後暗さから、調査員に対して過剰に反応したようだ。
『これだ!王都から来た馬車は!!』
普通に考えれば、安物とはいえ王宮から派遣された馬車が事故にあったら余計疑われるとわかるものだろう。
『やめ、やめてくれ!』
『良いから落とせ!まずは殺すんだ!』
だが、罰されると思い手段を選ばなくなった対象は……御者や馬ごと、私が中に入った馬車を崖底へと落とした。
移動は、当然昼間。
最悪なことに私の力が最も発揮できない時間だった。