黄金の薔薇
sideソーン
「昼休憩までです」
「…感謝する」
まただ。耳に馴染む落ち着いた女性の声。
俺はここ数日彼女に助けられている。
ーーーーーこのまま結果が出なければ王女の護衛の魔術部に移動してもらう。
そう上司から最終通告を受けたのは半月前だった。
品種改良の結果を出さねばならないのはわかっていたが……俺は、庭園を見るふりを装って俺を探しに来る令嬢によってここ半年まともに品種改良の仕事が出来なかった。
相手をしても時間を取られ、相手をしなければ泣かれて警備兵が来て時間を取られる。
俺の上っ面に釣られてやってくる令嬢共は、俺にとってまさに害悪であった。
情報管理課のニュクスに助けられたのは、突然のことだった。
その日もいつも通りどこぞの令嬢に絡まれて辟易していると…
「効果は二時間です」
そんな言葉が聞こえた。思ったより近くから聞こえた声にざわっと鳥肌がたち周囲を見回すも、それらしい女性は居ない。
聞き間違えかと…思うも、それまで俺に媚びを売っていた令嬢は目の前にいる俺を探し始めた。
しばらく混乱したが……あの声の持ち主によって認識阻害をかけられたんだと、把握するのは容易かった。
その後も、午前と午後に一回づつ認識阻害をかけてもらい俺の研究は飛躍的に進んだ。
ーーーーー彼女の認識阻害はとてもすごい。
声を出しても、目の前の相手には聞こえないのだから。
一度も会ったことはなく、声しか聞いた事のない関係であったが彼女がどこの誰かという特定は簡単だった。
「なあ、認識阻害とか姿を消す系統の魔法で二つ名を持ってるやつって知ってるか?」
「あー…有名どころっつーとニュクスじゃね?」
同僚に聞けば全員がニュクスという有名な認識阻害の使い手を上げたのだ。
「……ニュクス、か」
「おぉ?お前のエリアって情報管理課の向かいだけどまさか夜の女王様と何かあったのか?」
「…ちょっと助けられてな」
「……そうかそうか、じゃあ可愛い後輩のために先輩が一肌脱いでニュクスについて調べてやろう」
同僚がニマニマ笑ってくるのが悔しいけれど俺が派手に動けば無駄に目立つので素直に同僚に任せた。
だが、翌日同僚が持ってきた情報はとんでもなかった。
『本名 非公開
所属 情報管理課室長補佐
二つ名 ニュクス
性別 女性
年齢 非公開
容姿 非公開
生家 非公開
居住地 非公開
出生地 非公開
魔術階級 Sランク
魔術適正 非公開』
「……なあ、ニュクスちゃんは幻獣かなにかか?実在する人物なのか、これ」
「……実在、してるとは思います」
ニュクスのプロフィールは目を疑うほど非公開まみれだった。
二つ名は、知ってる
魔術師として優れてるのも、知ってる
情報管理課に所属しているのも知っている。
かろうじて新しい情報として入ったのは室長補佐という役職だけだった。
これはもう自分で動くしかあるまい。世話になりまくってるからお礼は必須だと、自分に言い訳をしてから……城下町で有名な菓子屋で菓子を買い……ドキドキしながら彼女に認識阻害をかけてもらう前に情報管理課へ行った。
かけてもらったあとでは彼女の認識阻害が強すぎて情報管理課の全員に認識されない恐れがあったから。
ニュクスってどんな人なんだろうか。優しい人物なのはわかる。
一度も会ったことの無い彼女に会えるだろうか。
期待をしていたことは否めない。むしろ期待していた。菓子を喜んでもらえるだろうか、どんな姿をしているのか、と。
「ニュクスにですか…じゃあそこに置いといてください」
「…彼女は今どこに?」
「さあ、分かりません。彼女はいつも姿を消しているので」
だから彼女の同僚に無人の机を指さされた時は、とてもガッカリした。
そして今いる場所を聞こうにも、同僚にすら姿を見せていないという事実に驚いた。
……それでは彼女と偶然会うことは無理そうだ。
大人しく彼女の机と思わしき場所に菓子を置いて庭園に出る。
すると「お昼までです」と言った声が聞こえ……魔法をかけられたのがわかった。
「あの!机に菓子置いといたから!」
「……はい?」
即座に反応をしなければ彼女は立ち去ってしまう。
そんな思いで咄嗟に声をかけるが……何を言えばいいのか、頭の中でぐるぐると回って上手く言葉が出ない。
「い、いつも世話になっているお礼だ!それだけだからな勘違いはしてくれるな!」
………なんだ、この自意識過剰発言は。
いや、もっと上手い言い方があっただろう、俺…。
お世話になっている彼女に、もっとマシな言い方はあっただろう。
「……そうですか。情報管理課のみんなでいただきますね。ありがとうございます」
嬉しいのか、怪しんでるのかも分からない淡々とした声でお礼を言うとおそらく彼女は立ち去っていった。
「〜〜ああああ、もう!何言ってるんだよ!普通にいつもありがとうって言って渡せば良かったじゃないか!」
彼女の認識阻害が強くてよかった。
出なければ衝動的に叫んだ声によって、衛兵が集まってしまっただろう。
見つからないことをいいことにその場でしゃがみこんで猛省をする。
次こそ、次こそは
きちんとお礼を言って…ニュクスとか変わるんだ。
……俺の中でニュクスの存在はどんどん膨らみ
……彼女と話がしたい。会ってみたいと強く願うのは必然だった。