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プロローグ 「遠い言葉」

 プロローグ 「遠い言葉」


 ――初めから、命は剣であったはずなのに……。

   過ちだと気付くのが、遅すぎた。

   だから、せめて、わしは……。


 そんな言葉が、聞こえた気がした。

 真っ暗だった意識に、唐突に自我が目覚めた。

 そこから、思考は動き始める。

 瞼は閉じたままで、まだ重くて開けられそうになかった。どこかくぐもった、水中にいるような感覚が全身を包んでいる。ごぽごぽと、水の中に泡が生じる音だけが鼓膜に伝わってくる。

 呼吸はできる。何か口と鼻に取り付けられているらしい。そこだけ液体が触れている感覚がない。

 身体も瞼同様に、重い。体中が鉄でできているのかと思うほどに、筋肉が固まっていて動かせない。

 誰かの声が聞こえた気がした。

 いや、誰かがいる。自分を見ている。何故か、それが判った。

 どこか、動く部位がないかと体中に力を込める。どうにか動いたのは、右手の指先と、瞼だけだった。重く、固まっていたようにすら感じられる瞼を、少しずつ開いていく。だが、瞼を開けられたのはほんの少しだけだった。薄っすらと、開いているのかいないのか判らないぐらいまでしか、瞼を持ち上げることはできなかった。

 半透明の翡翠色に歪んだ視界が広がる。やはり、自分は何か液体の中にいるらしい。

 その、歪んだ視界の向こうに、誰かが立っている。こちらを見上げている。

「……まない、オメガ」

 意識の覚醒に伴って、閉ざされていた聴覚が少しずつその機能を取り戻そうとしていた。

(オメ、ガ……?)

 辛うじて、聞こえた言葉は、自分の名前なのだろうか。

 オメガには、何もない。こうなる以前の記憶も、自分が何者であるのかも。ただ、思考力だけはまともだ。だとすると、オメガの年齢は二十代ぐらいなのだろうか。

「お前さんの、廃棄処分が決まってしまった」

 歪む視界の中、オメガを見上げている人影が悲しげに呟いた。

(廃棄? 処分?)

 表情さえ変えることができないのがもどかしい。もしも表情を表すことができたなら、オメガから相手に感情ぐらいは伝えられたかもしれないのに。

 人影が、歪む視界に触れる。掌を押し付けて、オメガを間近から見上げてくる。

 老人だった。そこまで年老いてはおらず、まだ足腰も大丈夫そうに見える。ただ、外見だけでは老人としか言えない。細かな特徴で人物として把握しようにも、ほんの少ししか開いていない瞼と、翡翠色の液体で歪んだ視界では顔の判別が難しかった。

「だが、お前さんは既に完成している」

 老人の言葉を、ただ聞くしかできなかった。

 自分がどんな運命を辿るのか、今のオメガには知る術もない。自分の身体を動かすことすらできないのだから。

「わしは、お前さんを生かしたまま廃棄する。死なずに、生き延びて欲しい」

 何を言っているのかは、判らない。

 ただ、彼がオメガを救う道を探していることだけは伝わってくる。ぼんやりと、彼は味方なのだろうかと、考えていた。

「もしも、わしの声が聞こえていたら、頼まれてはくれぬか?」

 老人が言った。彼には、オメガの意識の有無が判らないらしい。今までのことも、ほとんど独り言のつもりだったのかもしれない。

「罪深いのはわしの方じゃ。じゃが、わしには力がない……」

 声のトーンが落ちて、聞き取り難くなった。口が動いているのはどうにか判別できたが、何を喋っているのかは聞き取れない。歪んだ視界のもっと下の方にある何かの機械を操作しながら、老人はぼそぼそと呟いている。

「お前さんが、彼女を救ってくれることを、わしは信じたいのじゃよ……」

 彼が顔を上げた時に聞こえてきたのは、どこか諦めの混じった言葉だった。ただ、その言葉の中には願いや希望も含まれていた。

 ゆっくりと、老人が離れて行く。

(待て……!)

 叫びたかったが、声は出せなかった。

 それでも、去っていく老人の背中に、叫びたい思いだけを投げ付ける。ただ、自分の中へ反響するだけだと知りながら。


 ――彼女って、誰だ……?


 そして、また意識は暗転する。

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