口うるさい魔法使いの口説き文句は伝わらない
秋の涼やかな空気を、胸いっぱいに吸い込む。
朝日を浴びながら、両手を上げて軽く伸びをする。
わたしの名前はシアーシャ。以前は勇者と呼ばれたこともある。今は平凡な村人だ。まぁ、正確にいうと、王都から少々距離のある、山のふもとに一人で住んでいる。
そして ─── 、
「クククッ、ハハハッ、遠い! 遠いわ! きみは何度いったら王都に引っ越してくるんだ! 俺がどこでも好きな場所に好きな家を建ててやるといっているのに! 何度いってもこのど田舎! 田舎を通り越してもはや山! 山奥!」
「山奥というほどじゃないでしょ。ここは山のふもとだよ」
「ふもとの定義について議論の必要があるな! そして王都に住めば問題が解決する! 俺は風魔術でたちまちきみの家を訪れることができるし、フィーリをわざわざ召喚する必要もなくなる!」
そう、いつものように、やかましく喚きながら、クロードがフィーリと共に降りてくる。
フィーリは風竜だ。そしてクロードは、この国の王であり、以前はわたしとともに、この世界を滅ぼそうとする敵と戦った、大魔法使い ─── 訂正、大魔術師である。
フィーリは、開けた牧草地に降り立つと、くわっとあくびを一つして、くるりと丸くなった。
ちなみに、この牧草地は、フィーリのために、クロードが魔術で作ったものだ。ここは山のふもとなので、開墾しなければ、こんななだらかな牧草地などない。そして一般的には、開墾用の魔術なんてものもない。
クロードは、頻繁に、よくわからない独自の魔術を編み出している。もちろん、開墾用の魔術を魔道具に落とし込んで、大量生産化できるなら素晴らしいのだろうけど、本人いわく、恐ろしく緻密な術式と、膨大な魔力を消費するので、クロードと同等の実力者でなければ扱えないらしい。彼にはそういう、謎な方向にすごい魔術がいくつもある。
クロードは魔術の天才であり、国王陛下でもあるので、魔術王の二つ名で呼ばれているけれど、天才と変人は紙一重というか、ワンセットだと思う。
フィーリにお礼をいって、クロードを連れて家の中へ戻る。
キッチンとリビングと寝室が、半ば一繋ぎになっている、こじんまりとした我が家だ。
クロードは、手に持っていたバスケットを、テーブルの上にどすんと置くと、わたしの許可も得ずに、小さな食料庫を開けた。
「おい! また食料庫が空っぽだぞ!」
「ねえ、毎週いってるけど、遠いんだから毎週来なくていいんだよ。日曜日なんだから、クロードもお城でゆっくり休んだら?」
「俺の声がその形の良い耳に入っているか!? 俺は今、食料庫が空っぽだという重大な指摘をしたところなんだが? きみは今日から魔力元素でも食べて生きていくつもりか? いつから精霊になった!?」
「エーテルって食べられるの?」
「無理に決まっているだろうが! いくらきみが精霊の子のように輝いていても実際は人の子だぞ。人には人の食べ物がある。きみの食料庫にもそう刻んでおけ!」
そう怒鳴り散らしてから、クロードは荒っぽい手つきでバスケットを開けた。
そこには色鮮やかで、美味しそうで、さらには大量の肉料理が詰まっていた。右を見ても左を見ても肉だ。美味しそうなハムとソーセージと炙り肉とその他もろもろだ。
「フッ、肉しか持ってこないのかこの男は、という顔をしているな」
「そんなこと思ってないよ。クロードの料理は美味しいもの。なんだって美味しいよ」
「クッ、フハハハハッ、当然だ! この俺が編み出した至高の料理魔術だからな! 俺以外にこの魔術式を描くことなど不可能だとも! この俺の手料理を元にした味付け! さらにはきみの普段の食事も考慮した最高のバランス! どうせ日々粗食なのだろうと詰め込んできた肉だ! 保存も効くから食べきれなかったら昼食にも夕飯にもするといい! しかし、きみのことだから、どうせ甘い物を欲しがるだろうと、こちらの紙袋にはデザートも用意してきたぞ!」
「あっ、マフィンだ。ありがとう。クロードの作るお菓子も美味しいよね」
「まったくきみときたら甘党で困るな。きみの好む味を再現できるのはこの俺くらいなものだろうよ!」
「それはそうでしょう。わたしの味覚はクロードが作ったようなものだもの」
「フッ、……ま、まぁな。そうともいう。いや、まて。その言い方は犯罪者のようではないか? ちがうぞ? 出会った頃は、俺は本当に、何もやましいところなどなかったわけで……」
クロードが、突然、声のトーンを下げてぶつぶついい始める。
いつものことなので、わたしは気にせずお茶を入れて、クロードと相向かいに座った。
バスケットを覗き込んで、どれを貰おうか悩んでいると、クロードが、さっさと一つ取って、わたしの皿に置く。これがお勧めだということらしい。
─── クロードは、本当に、保護者みたいだ。
わたしは、甘辛い肉を挟んだパンに舌鼓を打ちながら、昔のことを思い出していた。
※
聖剣は勇者を選ぶという。
わたしがその剣の主になったのは、わたしが12歳のときだった。
わたしは孤児院育ちだ。両親の顔も知らずに育った。それでも、その日が訪れるまでは、わたしはどこにでもいる平凡な子供に過ぎなかっただろう。
けれど、ある日を境に、人生は一変する。
わたしの暮らす町が、魔物に襲われたのだ。わたしは、血のつながらない弟妹たちを守ろうと、必死で抗って、抗って ─── そして、気づいたときには、わたしの手には、剣があった。
それは寒気がするような輝きを放っていて、まるでわたしの身体を操るように動かして、魔物を全滅させた。
わたしが我に返ったときには、わたしを育ててくれたシスターが、わたしの足元へ跪いていた。
彼女は、熱狂的な眼差しでわたしを見上げていった。
「勇者よ、どうかこの世界をお救いください」
聖剣が、どんな基準で“勇者”を選ぶのかは、誰にもわからない。
しかし、聖剣に間違いはない。教会はそう語る。聖剣は神の導、間違いはありません、と。
だから、12歳の少女は勇者に祭り上げられた。世界を救うシンボルになった。瞬く間に、その名声と手柄のおこぼれを欲しがる人々が、大勢集まって、勇者の仲間になった。
けれど、実際に、まともに戦えるのは“勇者”だけだった。そして悲しいことに、誰もそれを問題視はしなかった。だって“勇者”なのだから。戦うのが当たり前だ。強くて当然だ。そうあるべきなのだと、それ以外の姿は求めていないのだと、誰もがそんな眼でわたしを見ていた。
「 ─── っ、ここには愚者しかいないのか!? こんな子供を一人で戦わせておいて、なにが『救世の勇者』だ! この世の大人たちは揃いも揃って気が触れてしまったのか!? あるいはその性根が腐り落ちているのか! でなければこれほどの恥を晒して正気ではいられまいからな!」
クロードは、初めて会ったときから、やかましかった。
子供のわたしは、呆気に取られて、クロードを見上げていた。黒髪に、深緑色の瞳を持つ、美しい少年。彼は、周囲の大人たちを罵倒しながらやってきたわりに、それほど“大人”には見えなかった。
─── それはそうだろう。クロードは、当時、まだ17歳だった。第一王子であり、魔術の天才であったけれど、ただそれだけだった。完璧ではなく、万能ではなく、確固たる地位を築いてもいなかった。むしろ、クロードは、実の両親である王夫妻と折り合いが悪く、王位を継ぐのは弟の第二王子ではないかと囁かれるほどだった。
それでも、クロードは来た。
何の関係もなく、名前も顔も知らない、ただの12歳の子供のために。
クロードは一人、安全な王宮から去って、わたしのもとへ来た。
ただただ、ぽかんとしていた子供のわたしに、クロードは、ふんぞり返っていった。
「安心しろ! 俺は大魔術師だ! きみの足手まといになることは決してなく、きみを護り助けると約束しよう! 覚えておくといい! 俺は、世界の果てまでもきみと共に戦う者だ!」
……あいにく、当時のわたしには、クロードの言葉がよく呑み込めなかった。
ただ、切れ端だけを捉えて、彼を理解しようとした。
「まじゅつし……、あぁ、魔法使い……」
「ちがう! 魔法は神の領域だぞ、いかに俺が天才であっても不可侵の理は存在するんだ。しかし俺は、世界に二人といない大魔術師だから、何も心配しなくていい!」
「大魔法使い?」
「大魔術師!」
……クロードは、約束を守った。
彼が放つ強力な魔術は、勇者となったわたしを、幾たびも護り、助け、敵を撃ち滅ぼした。同時に、彼は、戦場以外でも、わたしを助けてくれた。わたしを利用しようと近づいてくる自称“勇者の仲間”たちを追い払い、教会の干渉を断固として退けてくれた。
わたしとクロードの二人旅は、誰の邪魔も、協力もない中で、ひっそりと始まった。
魔物が現れるという噂を集めては、出現場所へ駆けつけて、魔物たちと戦って、その地を去る。
何の報酬もないことだったから、わたしたちの旅は貧しく、馬小屋で眠ることもあれば、野宿が続くこともあった。しかし、そんな中でも、クロードはわたしにきちんと食事を取らせようとしてくれた。わたしは、クロードの作る食事が、世界で一番美味しいと思った。
始まりは泥の中を転がるようだった旅も、少しずつ、協力してくれる人たちが現れた。
一緒に戦うと、真心からいってくれた、信頼のおける仲間たち。
タダ働きは商人の信条に反するといって、金銭的な援助をしてくれるようになった商会の人々。
真実、神の御心に沿いたいのだといって、傷ついた人々の救助を請け負ってくれた教会のシスターたち。
勇者と魔術師の二人旅は、やがて世界中の人々の協力を得て、世界を滅ぼそうとする強大な敵との最終局面を迎えることになった。
その頃には、クロードは、王冠を手にしていた。
クロードは、本当は、両親や弟と争いたくなかったのだろう。彼が、弟に王位を譲るつもりだったことを、わたしは知っている。けれど、大魔術師クロードの名が有名になるにつれて、彼らは危機感を抱いたのだ。彼らはクロードを暗殺しようとした。それで、クロードは、両親と弟を投獄して、王位についた。
……彼の両親が、その処遇を受け入れず、自害したというのは、しばらく経ってから聞いた話だ。
わたしにも、クロードにも、後悔はあった。数えきれないほどに。
だからかもしれない。決戦前夜、気炎を上げる将軍や、酒盛りを始めた仲間たちをよそに、わたしとクロードは、二人きりで、静かに寄り添っていた。
やがてクロードが、からかい混じりの口調でいった。
「この戦いが終わったら、きみはどうする? フッ、当ててやろう、甘味に目がないきみのことだから、世界中の甘い物を食べて回りたいといい出すつもりだろう!」
「それは楽しそうだけど……、終わった後のことかあ……。考えたこともなかったよ。どうしよう」
「……なにか、望みはないのか。あぁ、思い浮かばないんだろうな、きみのことだから! では、こう考えてみろ。もしも過去に戻れたら、きみはどうしたい?」
「過去に戻れたら……。それは、勇者になるより前にってこと?」
「そうだ。何も背負わされず、自由であった頃に戻れるとしたら、きみは何を望む?」
わたしはくすりと笑って、答えた。
「そのときは、同じことを願うよ。力が欲しいって。みんなを助けられる力をくださいって」
クロードが、眉間にしわを寄せる。
わたしは、彼を安心させたくて、微笑みながらいった。
「ねえ、クロード。これはわたしの選んだ道だよ。わたしはみんなを守る力が欲しかった。無力なままでいたくなかったの。守るために、戦う力が欲しかった。だから、力をくださいって、神様に必死に祈った。 ─── 聖剣に選ばれて、ここまで戦ってきたことを、後悔はしていない。たとえ何度過去へ戻っても、わたしは同じことを望むよ」
まぁ、また聖剣がわたしを選んでくれるかは、わからないけどね。
そう、冗談めかして付け加えると、クロードは、嘆息混じりに、深い息を吐き出した。
そうして、眼をすがめてわたしを見ると、妙にぶぜんとした口調でいった。
「また選んでくれるかはわからない、だと? 俺にはわかるさ。ああ、わかるとも。俺は大魔術師だからな! わかりきったことだ!」
「……? なにが?」
「聖剣はきみを選ぶ。どうしようもなく頑固者のきみを、何度でも選ぶだろう。きみがきみである限り」
わかりきったことだ、と、クロードは、忌々しそうにいった。
※
それが、三年前の話だ。
およそ八年間にわたる、わたしとクロードの旅は、世界を救って終わった。
クロードは、忙しいの一言で延期にしていた戴冠式を、ようやく執り行い、わたしは勇者として王を祝福し、そして魔術王クロードから多額の報奨金を貰って、この山のふもとに隠居した。
それから三年間、クロードは、よほどのことがない限り、毎週日曜日になると、バスケットいっぱいに食事を詰め込んで、我が家へやってくる。
……たぶん、クロードには、わたしが未だに、庇護すべき子供に見えているのだ。
昔からそうだ。戦場では肩を並べてともに戦っているというのに、プライベートになると、クロードはやたらとわたしを子ども扱いしていた。
今だって、クロードは、わたしの親代わりのつもりでいるにちがいない。
毎回、バスケットいっぱいの食事だけじゃなく、新しい服だとか、流行りの家具だとか、しまいには綺麗な装飾品まで与えてくる。
きらきらと、光を織り込んだかのような光沢を放つワンピースだとか、王家御用達の職人が作ったという優美な椅子だとか、貴婦人の胸元で輝いていそうな宝石類だとか、そういったたぐいのものだ。
山のふもとの村人生活に、適合しなさ過ぎる贈り物だ。クロードの金銭感覚はおかしい。
まぁ、彼が莫大な私財を築くに至ったきっかけは、わたしとの二人旅が貧しすぎたために、どうにか旅費を稼ごうと、新たな魔道具を次々と生み出していったことが発端なのだけど。おかげで今では、一生豪遊しても使いきれないほどの財産があるそうだ。
しかし、だからといって、高価なものを、気軽にぽんぽん持ってこられては困る。
でも、そういったら、クロードは「いらないなら売れ! 売って食料でも買え!」と返してきた。わたしは生活に困っているわけじゃないのに。報奨金は十分に貰ったし、クロードがいつの間にか、わたし名義で王都に土地を買って貸し出していたので、毎月、何もしなくても、賃料としてお金が入ってくる。怖い。「子供に財産分与する親じゃん」と大笑いしたのは、ときどき遊びに来る仲間の一人だ。
……だいたい、クロードはわかってないのだ。
クロードが贈ってくれたものを、売るなんて、わたしにできるはずがないのに。
わたしがそう、胸の内でひっそりと不満を零していると、食事を終えたクロードが、空になったティーカップを持ち上げていった。
「お茶のお代わりをもらえるか?」
「うん。同じ味がいい? ほかの茶葉もあるよ?」
「何でもいい。きみに任せる。きみが淹れたお茶は、世界で一番美味しいからな」
「それは、ええっと、その……、ありがとう。じゃあ、食後だから、後味のスッキリするお茶にするね」
「頼む」
わたしは、お茶を淹れるのは得意だ。
料理の腕ではクロードには遠く及ばないけれど、お茶はそれなりに美味しく淹れられると自負している。お茶を楽しむという時間が、平和を感じられて、好きなのだと思う。お店で茶葉を選ぶのも、いろんな味や香りを楽しむのも好きだ。好きこそものの上手なれ、という言葉通り、今ではわたしは、それなりに上達している。
まあ、クロードが褒めてくれるほどじゃないけどね。
王宮で出されるお茶のほうが、確実に美味しいだろう。でも、クロードが褒めてくれる、その気持ちが嬉しい。
わたしは、浮足立ってしまう心を抑えながら、クロードのティーカップにお茶を注いだ。
クロードは、一口飲んで、ゆるりと口の端に笑みを滲ませる。
「美味しい」
「よかった」
「シアーシャ」
「うん?」
クロードは、ティーカップを置くと、わたしをまっすぐに見つめてきた。
深緑色の瞳が、朝日の中で、ひときわ美しい。
わたしは思わず胸を高鳴らせてしまう。
すると、クロードは、妙にこわばった面持ちで告げた。
「シアーシャ。きみのお茶はとても美味しい。世界一だ。この世のなによりも香しく、優しく、強く、気高く、勇気に満ちている。苦難の茨道であっても、怯むことなく道を切り拓く、その頑固さと誇り高さよ。たとえ三日三晩砂漠をさまよった後に出会うオアシスであっても、これほど心を癒してくれはしないだろう!」
「は、はあ……? ありがとう……?」
「聞いてくれ、シアーシャ。俺は、きみが淹れてくれたお茶を、この先も、一生、飲む権利を得たい」
「……? わたしにお茶をずっと淹れてほしいの?」
「そっ、そうだ! その通りだ! 毎日でも淹れてほしい! その代わり、きみの望むことは、この大魔術師にして魔術王が叶えてみせよう! きみが願うものは、何でも手に入れてみせるとも!」
「何もいらないけど、いいよ」
「ほっ、本当か!?」
「うん。お茶くらい、いくらでも淹れるよ」
大げさだなと笑ったら、クロードの顔が、ぴしりと凍り付いた。
どうしたんだろう。さっきからどうも、クロードの様子がおかしい。王宮でなにかあったんだろうか。
わたしが、彼の顔を覗き込み、眼差しだけで『どうしたの? 大丈夫?』と問いかけると、やがてクロードは、ぶるぶると肩を震わせ始めた。
そして哄笑した。
「クククッ……、ハハハッ、ハーハッハッハッ! この俺に靡かないとは、きみは実に面白……、面白……、全然面白くないわ!!!」
あ、いつものクロードに戻った。
クロードがやかましいと安心する。
わたしはホッと胸をなでおろすと、バスケットの中に残っている肉料理たちを取り出して、食料庫へしまうことにした。
「面白くない! なにも面白くないぞ! 最悪だ! 愚昧な大臣どもが集まって馬鹿げた法案を通そうと画策してきたときよりはるかに最悪! 戦場で馬鹿どもが深追いして罠に嵌ったのを残りわずかな魔力を振り絞って助けてやったのに文句をいわれたときよりも悪!! 俺は、俺はッ、今日こそキメると誓ってきたのに ─── ッ!!! どうしてそう聞き流す能力だけ高いんだ、きみは!!」
「そうだ、クロード。木苺のジャムを作ったんだけど、量が多くて、一人じゃ食べきれないんだよね。少し持っていかない? 結構おいしくできたと思うよ」
「もらおう!!!」
※
紙袋に入れたジャムの瓶を持って、クロードがフィーリにまたがる。
クロードは王様なので、日曜日でも仕事が詰まっているのだ。そう長居はしていられない。
「では、また来週にな」
「クロード、いつもいってるけど、無理して来なくていいんだよ? 忙しいんでしょう? わたしは一人でも大丈夫だから」
クロードは、その深緑色の瞳で、じっとわたしを見つめていった。
「きみは確かに危なっかしい。俺が何度いっても、平気で一人で敵へ突っ込んでいくし、聖剣の力を過信して、自分の身を守ることをおろそかにしがちだ。 ─── しかし、俺がきみのもとへ訪れるのは、きみが無謀な人間だということとは関係がない。ただ、俺がそうしたいから、しているだけだ」
クロードは「それとも?」と、皮肉気に続けた。
「俺が来るのは迷惑か? そうならそうと、正直にいうがいい!」
「まさか。あなたが来てくれるのは、いつだって嬉しいよ。本当に」
「クッ、クククッ、フハハハハッ!! そうだろう、そうだろう!! 俺に会えるのは喜ばしかろう! いつだって俺を頼りにするがいい! 俺は大魔術師クロード様だからな!」
「知ってるよ。あなたは世界一の魔術師で、誰よりも頼りになる、 ─── わたしの魔法使い」
「フハハハハハハッぐッガハッ、まっ、まて、シアーシャ、やはりもう一度、もう一度きちんと話を、俺は今日こそキメるつもりで……ッ!」
クロードがいい終わらない内に、フィーリが、ぶわりと大きな翼を広げた。
風竜は瞬く間に空へと上がり、クロードの声も届かなくなる。
最後に、ちらとわたしを見下ろしたフィーリの大きな瞳は、なんだか面倒くさそうだった。フィーリとしては、早く帰りたかったのかもしれない。引き留めてしまって、申し訳なかった。
わたしは、小さく息を吐いて、我が家へ戻る。
クロードが帰った後は、いつも少し寂しい。
でも、クロードが来てくれるのが嬉しいのは本当だ。
彼にしてみたら、わたしは、人里離れた場所で、一人暮らしをしている子供のようなものだろう。親代わりとして、毎週バスケットを持って、様子を見に来てくれる。
そこに、恋だとか、わたしを一人の女性として見ているだとか、そういう言葉が入る隙はない。わかっているけれど……、わたしはダメだ。
わたしは、とうに、彼のことを、保護者とも、親代わりとも、思えなくなっている。
クロードは大切な仲間で、戦友で、相棒で、そして ─── 特別な人だ。
こんなこと、クロードにいっても、彼を困らせるだけだろうけど。
「……クロードってば、鈍いんだから」
わたしは、二人分のティーカップを見下ろして、小さくそうぼやいた。
ヒロインもたいがい鈍い。