6.
◇◇◇
オパルール王国はグノーが宣言した通り地の恩恵が徐々になくなり作物がとれなくなった。
レシフォーヌの実家がある子爵領は海があるので打撃は少ないがクロリーク辺境伯領はかなり酷いそうだ。作物が育たない上にモンスターが凶暴化しているみたい。
結界は王都と砦だけなので辺境伯領全体ではないのだそうだ。現在は領民が逃げ出し土地が荒れ果てモンスターが跋扈しているという。
元婚約者のジョケルド様のフィクスバール公爵領も同じく酷い状況だそうだが他の領はそこまでではないらしい。不作は不作だが領民分がギリギリ賄えるようにしているそうだ。
そんな細かく分けられるんだと感心すればグノーは胸を張ってたけど、それ自慢できないやつだと思うとつっこんでおいた。
わたしはと言えば、無事ジョケルド様との婚約を解消して籍も子爵家に戻った。
でも精霊の愛し子という立場は余計な争いを生むかもしれない、ということで貴族籍を抜いてもらった。なので今はただのレシフォーヌだ。
後日届いた手紙には物凄い数の釣書が来ていて、断っても断っても追いつかないそうだ。そのうち他国からも来るんじゃないか?って書いてあった。精霊の愛し子効果凄い。
ただ残念ながらオパルール国内でグノーのお許しが出る人はいないんじゃないかな、と思われる。
結婚事情はそんな感じだけどその代わり親子の縁は残してるからいつでも帰っておいでと本当の家族に再び見送ってもらった。
帰れば温かく迎えてくれることだろう。
そうして今はラスピーヌ様のお父様が治めるナタシオン侯爵領に滞在している。
てっきり国外に行くのかと思ったけど何処でもいいぞ、て言われたからここに立ち寄ってもらった。
知らなかったとはいえわたしが作ったお皿でラスピーヌ様は命を落としてしまったのだ。
無関係とは言えない立場だったのでお墓参りと共に侯爵に謝罪した。
あの時は〝目が合ったら最後、斬り殺されてしまうかも〟という雰囲気だったので、覚悟して立ち向かったのだけど話してみたらとても優しい方だった。
今はラスピーヌ様を想い静かに喪に服されているけど、時が来れば再び立ち上がるだろう。
その時はオパルールの臣下を続けるか出て行くかはわからないけどな、とグノーが言っていた。
ナタシオン家は王家やスカラファ様達がしたことを生涯許さないと誓ったようだ。
ラスピーヌ様のイジメは本当にあったらしく後日実行犯が死より恐ろしいと噂される戒律の厳しい修道院へ送られることとなった。
スカラファ様の友人でレシフォーヌも見たことがあるご令嬢だった。
王子妃候補だったけど自分は早々に振り落とされてしまい、ラスピーヌ様を羨んでいたみたい。
彼女が降りれば振り出しに戻り今度こそ自分が選ばれるのではないかと思ってしまったようだ。
それを煽った中にスカラファ様もいて、王子妃に収まった彼女に逆恨みをした令嬢はスカラファ様にも手を伸ばし毒を盛った。
ちなみにイジメていた相手が婚約者候補だったことも、ラスピーヌ様とスカラファ様が親友どころか家も個人的にも殺伐とした関係だったことも王太子は何もかも知らなかった。
ラスピーヌ様がイジメを王太子に話さなかったのも、スカラファ様達対抗派閥が邪魔していたせいもあったみたい。
また王太子が意見交換で懇意にしている中にその件の令嬢がいて、話しても信用してもらえないという空気を王太子も作っていたようだ。
普通なら婚約者候補になった令嬢を傍に置くことは避けるはずだけど、王太子は男女や身分の垣根をなくすことを掲げ広く意見を聞く、というのをスローガンにしていた。
それを聞いたグノーは『素質もないのによく思いついたな』とゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。
そのため婚約者候補だった令嬢を外すことはせず、むしろ重宝したため令嬢が増長し今回のような事件を引き起こした。
事実を知った周りは厳しい目で王太子を睨み、ここまでのことをしておいて修道院行きは生温い罰だと連日抗議の声が上がっている。
自分が信じていた人に悉く裏切られた王太子はショックで寝込んでしまったみたい。
毒を盛られたスカラファ様はなんとか命は取り留め無事だった。
しかし見舞いに来ない王太子と自分を亡き者にしようとした令嬢が手が届かない修道院に入ってしまい、回復した後はかなり荒れたそうだ。
現在は矛先を変え、修道院に入れたのは王太子の差し金でその令嬢と浮気をしているのではないかとことあるごとに詰め寄っているらしい。
その報告書を見て国王は更に老け込み頭を抱えているそうだ。
そしてナタシオン侯爵ほどでないにしても今回のことで王家に対して不満を持つ貴族が増えたのは明らかになった。
ラスピーヌ様の件があったのにも関わらずスカラファ様に毒が盛られたのは内部の手引きがあったのではないかと噂されている。
国の崩壊を危惧した国王はまだ王妃教育が終わってもいないのにも関わらず王太子とスカラファ様の結婚式を前倒しにして行ったそうだ。
公には不作続きで生活が困難になっている国民のために国庫を一部解放したため、王太子と王太子妃の結婚式は質素にならざるをえなかったと言われている。
その効果もあって王都では王太子夫婦が今大人気なのだそうだ。
見た目が完璧、理想的な夫婦として好意的な噂が飛び交っているが、一方で王太子妃には忘れられない想い人がいて今も隠れて逢瀬を繰り返していると真しやかに噂されていた。
隠れてないけどな!とグノーがつっこんでいたけど、国民の間では連日どちらが本命か討論になっていて、ついには名前と国を変えた王太子妃を巡る三角関係のミュージカルが王都で始まるそうだ。
結末は二パターン用意されていてどちらのファンも楽しめる力作になっているらしい。
まあわたしには関係ないのだけど。
「やっぱりあれかな。水が湧き続ける水差し」
「それもう水差しじゃないだろ」
好きなだけ居てくれていいとナタシオン侯爵から許可を貰ったレシフォーヌは、工房を借りて作品を作ったりグノーと散歩したりしていた。
今日はラスピーヌ様のお墓参りだ。天気がよかったのでグノーと二人でのんびり歩きながら今後の作品の話をしている。
暖かい日差し、柔らかな風、長閑な風景に草木の青々とした匂い。どれもが忘れかけていたものだ。
目まぐるしかった生活が嘘みたいに、穏やかでゆっくりした時間を過ごしている今が一番幸せかもしれない。
「じゃあ水が湧き続ける盆」
「…………それ、ただの噴水じゃないか?」
毒味の皿もいいけど国王が崩御するまでは地の恩恵が受けられない。限定的にグノーがいる場所は潤うようだけど力を極限まで抑えてるらしく変なところで意固地になっている。
そんなことしなくても気が向いたら与えてあげればいいのに、と思うし言ったのだけど『お前を悲しませたんだからその分はきっちり返す!』と言って聞いてくれなかった。
わたしもグノーが嫌な目にあったら嫌だし許せないと思うので気持ちは同じだけど、関係ない領民は助けてもいいと思うんだよね。
ってことで生活が少しでも楽になるような作品を作っている。冷える水甕とか、保温壺(蓋付き)、落としても割れにくい食器等。
大概がグノーの加護ありきだけど、わたしも土魔法と水魔法の付与ができるのでその研究も進めながらの作品作りをしている。あれ?あんまりゆっくりしてないような??
でもまあグノーもいいものが作れたら加護を与えてくれると約束してくれたので、頑張ろう!と思っている。
「あ、そうだ。グノー」
「ん?なんだよ」
ふと見上げたグノーの顔は高くてちょっと首が痛い。話してるとそうでもないけど見るととても大人でなんとなく緊張してしまう。
見慣れてた顔だったのに最近になってなぜか目が合うと泳いでしまって恥ずかしい。
落ち着かない心臓に手を当てていると肩に手が回って引き寄せられた。
「へ?!」
「ふらついてるぞ。そのまま行ったら巣穴に落ちてた」
ドキリとして声を裏返せば自分が行こうとしていた先には兎だかの巣穴があって、落ちたら最悪骨折しそうな深さに冷や汗を流した。
それから以前はなかった大人の男性のような余裕と優しさに頬がぽっと赤くなる。礼は言えたものの顔は見られなかった。
「この地を治めるようになったからそんなに大人になったの?」
「ん?……あー、見た目だけな。中はほとんど変わってないだろ?」
「うん。まったく」
変わってない、と返したら帽子を取られ髪をぐちゃぐちゃにされた。ヒドイ。
「大人げない!」
「そこはお世辞でも大人になってるって言うところだろ!」
「お世辞でもいいの?」
「………………嫌です」
だよね。グノーは。髪を手櫛で整え帽子を被り直すと手を差し出された。道を外れて歩かないように、だそうです。子供扱いみたいで恥ずかしい。
「今の俺は嫌か?」
「ううん。ただちょっと前より緊張するなって……グノーが先に大人になっちゃったから」
格好よくなっちゃったから緊張してる、と素直に伝えるとグノーは何もないところで躓いた。此方を振り返った顔はとても驚いていて、そして顔が赤くなっていた。
「……俺も似たようなもんだ」
「グノーも?」
「早くお前を守れるくらい大きくなって頼りにされたかった」
見つめられる瞳に顔がどんどん熱くなっていく。手を繋いでるはずだけど熱さのせいで境界線がぼやけてる気がした。
「ひとつ、お前と釣り合う年齢まで下げる方法がある」
「そんな方法があるの?」
「ああ。また契約をすればいい」
そうなの?と目を瞪ったけど、でもそれは。
「今の立場はどうするの?兼任ってできるの?」
「さぁな。やってる奴を知らないからわからないがそこまで難しくはないんじゃないか?」
「投げやりだなぁ」
「後任をゆっくり探しながらでも俺ならやれる気がする」
どこから来るのその自信、と笑ってしまったけど契約した方がもっと近くにいられる気がしてそっちがいいなと思ってしまった。
「んじゃもう片方の手も出して。はい繋ぐ。んで、目を閉じて」
「目を閉じるの?」
「これはちゃんとした儀式だから閉じる」
ちゃんとした(笑)と吹き出したら前もやったんだぞって怒られた。全然覚えてない。
どうしてかな、と思いつつ目を閉じるとそよぐ木々の音と重力、それからグノーの体温が伝わってきた。
耳にはグノーの心地好い呪文が囁きのように入ってきてそこで思い出した。
前回はグノーの呪文が子守唄みたいに心地好くて寝てしまったのだ。『何でだよ?!』とグノーにつっこまれたけどレシフォーヌにも何で眠ってしまったのかわからなかった。
多分それだけ彼の声が体に染み渡り安らぎを与えてくれたのだと思う。
今回はというと眠くはならないが変なことを思い浮かべてしまって顔も耳も真っ赤になってしまった。まるで結婚の儀式みたいだ。
「もう開けてもいいぞ」
聞こえていたのに遅れて肩を揺らし、ゆっくり目を開ければ背が少し縮んでわたしと同じくらいの年頃のグノーが目の前に立っていた。男の子は変かな。青年?
契約できたってこと?と聞くとグノーは自信満々にニヤリと笑った。
うーん。紳士というにはちょっと貴族っぽさが減った気がする。
「今失礼なことを考えなかったか?」
「ううん!!」
ブンブン、と首を横に振って否定したけどグノーは訝しげに此方を見て「ギルティ!」と帽子のつばを思いきり下げた。
楽しげに笑ってるし!そういうところが子供なんだけど!
「……あれ?」
帽子を直していたら手首にしゃらりと細くて軽い華奢なブレスレットがついていて目を丸くした。リングには三つの石がついていて透き通るような色に見惚れてしまった。
「グノー、これ」
「前に言っただろ?次はそんなダサい腕輪より絶対いいブレスレットプレゼントしてやるからなって」
グノーが言うには石にはそれぞれ意味があって赤は火の守護、黄色は土の恩恵、青緑は水の浄化。作品作りにはどれも欠かせないものだ。
「俺が見守っていれば問題はないだろうけど、それがあれば失敗も怪我もせずにすむだろ」
「ありがとう…!」
ついでに魔除けもつけていたのだがそれはレシフォーヌに伝えなかった。過保護なのは自覚してたしできるならもっと甘やかしてやりたい。
ブレスレットを掲げて嬉しそうに角度を変えて見ているレシフォーヌを内心ニヤニヤしながら見ていたグノーだった。
「あ、やだ!どうしよう!」
「?!どうした?」
いきなり声をあげたレシフォーヌに驚き身構えると赤い頬を手で押さえながらレシフォーヌは心底困ったと眉を下げた。
「グノーにお返しができない」
当面の生活費はあるけどグノーに喜んでもらえるようなものが思い付かない。
昔は遊んだりお菓子を作ってあげたりしたけど残るものでまともなお返しをしたことはまだなかった。
まともじゃないもの―――グノーは気に入っていたけど失敗作としか言えないグノーを象った焼き物―――は渡したけどあれは自分が未熟過ぎて二度と手を出さないと誓ったのだ。
何がいいだろう。何かあるかな?と悩んでいたら「なんだ、そんなことか」とグノーが笑った。
「レシフォーヌが作ったものが食べたい」
「え、えええ~?わたしろくなもの作れないよ?」
人生のほとんどを粘土いじりに投資したと言っても過言ではないくらいおざなりな料理しかできない。
それでもいいの?と聞くと「お前が作るからいいんだ」と言われて頬がまた熱くなった。
手を繋いで長閑な道を歩く。時折鳥のさえずりが聞こえ心地好い風が吹いてくる。
手元では水面の揺らめきのようにキラキラ光るブレスレットが視界に入り目を細めた。
土を捏ねたり、窯の火を見たり、作品の出来上がりを見るのも好きだけどそれと同じくらいグノーと一緒にいる時間が好きで、大切だ。
こんな時間がもっと続いていけばいいなと思う。
「……好きだなぁ」
「なんか言ったか?」
「ううん!グノーは何食べたい?」
ぼそりと呟いたのはあまりにも直球過ぎてなんだか気恥ずかしくなってしまい思わず誤魔化してしまった。
しかしグノーの耳にはしっかり届いていて、物凄く動揺して聞き返してしまった自分にうちひしがれるのだけど選択を誤り「何でもいい(何でも食べたい)」と答えてしまいレシフォーヌに睨まれてしまった。
空を見上げれば高く青く広がっている。すごく綺麗だ。
「お前の方がずっと綺麗だよ」
「……へ?」
不意打ちに聞かされて目を丸くしてした。
繋いだ手が熱い。どっちの熱さだろう?どっちもかな?
グノーも真っ赤だけどわたしも熱くなってきた。
だってグノーってばいきなり言うんだもの。
しかも言うだけ言って早足で歩いていくし。
手を繋いだまま。
「待って!早いから!」
そう言ったけどわたしの口はふにゃふにゃしてる。いやいやこれはニヤけてる顔だ。だって嬉しいもの。
綺麗だって。スカラファ様の方がずっと綺麗だったのに。
グノーって変だ。でも凄く嬉しかった。
あー、空が綺麗だ。
読んでいただきありがとうございました。