5.
「で、では、もしかして私が使った皿は……」
「それも偽物ということだな」
そういえばそうなるね。本物はここだし。でもそうなるとスカラファ様がお皿を増やしてジョケルド様が交換したってことになる。
粉々にされた皿を確認すれば一緒に窯に入れて焼いていた予備の皿だった。
綺麗になくなっていたから一緒に持って行かれたとは思っていたけど、こういう風に扱われるのはとても悲しかった。
「ジョケルド、貴様どうして?!」
「こいつはお前も婚約者と仲良く儚くなることを望んでいたんだ。だが腐っても王族のお前には毒耐性があってそのお陰で生き延びたというわけだ」
とんでもないことを暴露するグノーに王子は真っ青のまま震えだし、遅効性の毒でも受けたかのようにその場で胃の中のものを吐いた。
もしかしてと慌てたが毒じゃないから大丈夫だとグノーがいうので落ち着くまで待った。
どうやらジョケルド様には順位は低いけど王位継承権があるそうだ。それを使って王太子を毒殺、王家簒奪を目論んでいたみたい。
「ジョケルド様…何と恐ろしいことを!謀反だなんて見損ないましたわ!」
「違うんだスカラっ!きみのためだ!!私と結婚したいときみも言ってくれただろう?!けれどそのためには邪魔者が多すぎる。
レシフォーヌが作った皿を使って誰かが死ねばあの女の名声は失墜しクロリーク家にもいられなくなる!
そうすれば私との婚約がスカラになって正しい姿に戻ると話し合ったじゃないか!
そりゃブルコック殿下の皿を交換したのは私だがスカラが先に殿下と会っていたなんて知らなかったんだ!!」
「そういう話ではありませんわ!ご自分が何をしたのかわかってらっしゃるの?!」
「だってブルコックはスカラを辱めたんだぞ?!そんな奴の幸せな姿なんて見たくないじゃないか!
だから私は全部綺麗に片付けようと……そうなれば幸せな妻になれると言ったじゃないか!!」
さすがのスカラファ様も真っ青になって引いてたけどジョケルド様の叫びに、
「そんなこと言ってませんわ。勝手に捏造しないでください。ああ、恐ろしい!」
と初めて見るような軽蔑した顔でジョケルド様を睨み付け彼を放心させた。
ラスピーヌ様を偲ぶ会がレシフォーヌの断罪になり、グノーの登場で悪事が詳らかになった。
散々な状況に誰もが口をつぐんでいたが聞き慣れた、透き通るような声がレシフォーヌを呼んだ。
「お義姉様、災難でしたわね。大丈夫ですか?」
なぜか此方に寄ってきたスカラファ様にぎょっと肩を揺らすとグノーがレシフォーヌの肩に手を回し視界をスカラファ様からグノーのジャケットに変えられた。
親しげに声をかけられてもどういう顔で返したらいいのかもうわからない。
動揺してグノーのジャケットを掴むと生地が波打つように光った。無地なのにキラキラしてる。糸の一本一本が角度によって煌めいているみたいだ。
「これはグノー様。ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。わたくしはスカラ」
「必要ない。もう知っている。それよりも精霊の愛し子を陥れたお前が何の用だ?」
「何の用だなんて悲しいことを仰らないでください。
先程は殿下の前だったのでああするしかありませんでしたが、血は繋がらなくともわたくし達は家族であり姉妹。お義姉様を思いやるのは当然ではありませんか」
「……………殊勝な心掛けだな」
温度のない声にぶるりとしたけど盗み見たスカラファ様はとても満足そうに微笑んでいた。
スカラファ様。この声のグノーは怒ってます。あまり刺激しないでください。
「此度はグノー様が加護を与えてくださった皿を使ってこのような失態を犯してしまい、申し訳ありませんでした。
良かれと思い殿下にお渡ししたのですが、ジョケルド様がこんなことをしでかすとは思わず、縁戚の者として深くお詫びいたします」
「……お前とそこの眼鏡はレシフォーヌに隠れて逢瀬を繰り返していた恋人同士だと認識していたが?」
「…ご冗談を。グノー様、こう言ってはなんですが下位の者は上位の者に逆らえないのです。
ですから身を守るために心にもないことを言わなくてはならないこともございます。
しかしそのせいでお義姉様を傷つけてしまったのも事実」
そう言われたら全部そんな気がしてきた。まったく騙されてた。迫真過ぎて真に受けてしまってました。
スカラファ様やっぱり凄いな。わたしなんかじゃまったく気がつかなかったよ。
そっかぁ。公爵令息と王太子様ですもんね。逆らえませんよね。
カツン、一歩スカラファ様が近づいた音が聞こえた。
「お義姉様。わたくしはクロリーク家を憂いてジョケルド様の言葉に従ってきましたが、心の中ではずっとお義姉様を心配しておりましたの。
何か危険なことに巻き込まれてはとわたくしなりに奔走しましたが力及ばずごめんなさい。グノー様がいてくださって本当によかったですわ」
「……」
「グノー様。わたくしのお義姉様を守ってくださりありがとうございます」
深々とお辞儀をするスカラファ様にレシフォーヌは感銘して振り返ろうとしたが頭を掴まれグノーのジャケットに顔を押し付けられた。
ちょっとグノーさん?放してほしいんですけど。と彼を叩いてみてもまったくきいてくれそうにない。
「………何が望みだ?」
「望みだなんて、そんな………いえ、聡明なグノー様はすべてお見通しなのですね。正直に申し上げますわ。
先程の話でグノー様はお義姉様との契約を切られたお聞きしました。ということは今は誰とも契約をなさっていない、ということでしょうか」
「……ああ。そうだな」
「!でしたらこの国と、僭越ながらこのわたくしと契約を結んでいただきたく存じます。
わたくしは血は繋がっておりませんがお義姉様の妹です。そしてブルコック殿下から直々にお言葉を賜り、王子妃になることが決まっております。
そのわたくしならグノー様も安心して契約を結べるかと愚考いたします。
もし契約をしていただけるのであれば、わたくしは身も心もあなた様に捧げ生涯尽くすことをお約束いたします」
え、えええ~?!
スカラファ様!身も心もって!違うのはわかってるけど王太子やジョケルド様の前で言っていい言葉じゃない気がします。
精霊と契約ってそんな重大な感じなの?わたしがグノーと契約した時は………そもそも本当に契約なんてしたのかな?精霊だってこともわたし気づかなかったし。
もしかして気づかないうちに無礼なことをグノーにしてきた?わたし処刑されちゃう??
あわわわわ……と一人別の意味で青くなっているレシフォーヌを余所に目を細めたグノーはスカラファ様に向かって口を開いた。
「そんなに加護が欲しいか……浅ましい女だな…まあいいだろう」
真ん中の言葉はレシフォーヌくらいしか聞き取れなかったが、その疑問よりも加護を与えてやろうという言葉にスカラファ様は嬉しそうに顔を綻ばせた。
というよりも勝ち誇っていると言った方が正しいかもしれない。
許可を得たと思ったスカラファ様は満面の笑みをグノーに向けていた。王太子やジョケルド様達がうっとり鼻の下を伸ばすような美しく妖艶な笑みだ。
わたくしを見なさい!そして跪きなさい!と自信を持ってスカラファ様は笑みを深めた。
内心レシフォーヌを見ていて嫌気がさしていたのだ。
庶民が考えつきそうな品のない皿をこれでもかと周りが持ち上げ、気づけば格式高い我が辺境伯家に養女として勝手に住みだしたこと。
我が家の情けで学園に通わせることも、王子妃候補から外れて傷心していたのに自分よりも先に婚約者をあてがってもらい幸せになろうとしているのを見てスカラファ様は我慢ならなかった。
だから自分だけが味方だと思い込ませ、孤立させ、友人達と一緒に笑い者にした。ジョケルド様が自分を好いていたことを利用してレシフォーヌを貶め続けた。
従順だがどこまでも平凡で垢抜けないつまらない女。
髪色も化粧も変えてみたが結局芋は芋のままだった。
だが自分の美しい金色の髪ではないのにドレスひとつでレシフォーヌを自分と間違える紳士令息達に腹が立っていた。
だから皿を入れ換える時にレシフォーヌに擦り付けることを思いついた。業腹だがオツムが足りない田舎娘に丁度いい末路だと思った。失敗してしまったけど。
しかし今はそれよりもこんな見目麗しい上位精霊と主従の契約していたなんて許せないことだと思った。美しいわたくしにこそお似合いじゃない!と本気で思っている。
王太子よりも大人でそこにいるだけで男性の色香を感じる優美なグノーは自分にこそ相応しい。見つめられたらそれだけでこの人しかいないと心を奪われてしまった。
だというのになぜ芋のレシフォーヌなんかが隣にいるの?見せつけるように抱き合っちゃって忌々しい!
絶対許さない。奪ってやる!彼はわたくしのものよ!グノーと契約をすれば今度こそレシフォーヌを始末できると思い上がった。
美しく聡明な自分には麗しく高位な精霊がよく似合う。選ばれるのは自分。それが世界の正しい形だと信じて疑わない。
しおらしい態度を取りながら内面は嵐のような怒りを燃やしていた。
「……何でもすると言ったか?」
「はい。全身全霊であなた様をお支えいたしますわ」
完璧で美しい所作でグノーに礼をとるスカラファ様にレシフォーヌは急に不安になった。
本当に契約をするんだろうか?
どんな契約の儀式をするのだろう?
でもグノーとスカラファ様が契約するのはなんか嫌だな、とよくわからないままモヤモヤしていた。
契約しなくてもこうやってグノーは助けてくれたし、スカラファ様と契約した後も関係に変わりはないと信じられるけどどこか不安で。
また会えなくなったら嫌だな、と思った。
その震えが伝わったのか触れているグノーの手に力がこもった。
「お前の言葉は木の葉よりも軽いし信用に値しない。その年齢でよくもまあそこまで心を汚く穢れさせられたものだ。
お前の穢れた心から出る悪臭は俺を不快にさせる。今だってこの距離で話すことすら切り上げたいくらいお前は気持ち悪いし臭い。レシフォーヌの体調が芳しくなかったのはお前の穢れた心の影響もあったんだろうな。
お前の本性が見えれば誰一人として美しいとも聡明とも言わないだろう。お前は悪鬼そのものだ」
「………え、」
嫌だな、と思ったらどんどん不安が大きくなった。
やっぱり契約しないでほしい、そう伝えようと顔を上げたところで無機質な音とスカラファ様の驚きと焦る声が聞こえた。
「グノー様?!これは一体……どういうおつもりですか?!」
「あー煩い。喚くな。その腕輪はな。何処かの偉大な先人が作ったもので、片方にはこの国……いや王都と砦だけだったか?…を守る結界の魔方陣が組み込まれている。
もう片方には魔力増幅付与の魔方陣だかが組み込まれていたな。どちらがそれかは俺も知らんし興味もないが……もしかしたら王都と砦で二つなのかもしれないな。
お前は美貌も教養も知性も兼ね備えているのだろう?その上この国の妃になるんだ。自分自身の手で国を守れるなんてこんな名誉なことはないだろう?」
どうやらグノーは指を振って外されて放置していた腕輪の片方をスカラファ様に勝手にはめたらしい。
あれは命の危険がある危ない腕輪では?!と慌てたがグノーはスカラファ様を冷めた目で見ていた。
「え、ええ。ですがこれはお義姉様が陛下から賜ったもの。わたくしがいただくわけにはまいりませんわ……」
「何だ?俺からのプレゼントはいらないと言うのか?」
「い、いえ、そういうわけでは!ですがこれはお義姉様のもの。わたくしが奪うわけにはいきませんわ」
「何を言う。お前は散々レシフォーヌから奪われていたと言っていたじゃないか。
えーと、何だ?恋人を奪われ、姿も奪われ、私物も奪われていたのだろう?レシフォーヌはお前のお下がりしか持ってなかったようだが。
腕輪だってお前のものになるはずだったものじゃないか。それを俺が直々に返してやったんだ。
派手好きなお前にピッタリな宝石にまみれた腕輪じゃないか。これで存分にレシフォーヌよりも目立てるぞ」
「……」
「おおそうだ。寂しくないようにお揃いにしてやろうか」
「い、いいいえっわたくしはこれだけで十分ですわ!!」
「そうか?ならもう片方はお前と真実の愛とやらで結ばれた者に与えようか」
「「え、」」
驚いた声はふたつ。ジョケルド様と王太子だ。
前者は腕輪がつけられ、後者は自分ではないことに驚いていた。
「グ、グノー様?これはどういうことですか?なぜジョケルド様に腕輪を?!」
「なぜ?おかしなことを聞くな。お前達が無理難題をレシフォーヌに吹っ掛けてお茶会だかに出られなかった時、お前達は人目を忍んで楽しく抱き合っていたじゃないか。
ああ、この場合はハグだったか?不貞を楽しんでいた者が真実の愛を語るのは滑稽でしかないが……まあ、結ばれないからこそ盛り上がる性癖なのだろうな?
その腕輪には互いを共有しあうように『加護』をつけておいてやった。
どちらかが困れば〝自動的に〟もう片方が魔力を送り、足りない部分をフォローする。勿論〝手動〟でもできるようにしておいた。
真実の愛とやらで結ばれているお前達には無用なものかもしれないが番は一心同体。死で別たれることもない。安心して国を守っていくがいい」
閉口したスカラファ様とジョケルド様を一瞥したグノーは国王に王太子とスカラファ様の結婚を要請した。
今さっき真実の愛だからってキューピッドしたじゃん?!とつっこんだが「貴族の結婚はそういうものだろ」と白々しくグノーが答えた。
「散々レシフォーヌを罵倒し、比べ、果ては本来の婚約者を悼むべきこの場で次の妃はそいつしかいないと宣言したのはそこの王子だ。
真実の愛がなくともお前が認めた女と国を回すくらい何の問題もないだろう?」
「はい。…こ、心得ました」
「ああ、解除の呪文だが腹立たしいことに国王の言葉にしか反応しない。そういう風に作られていた。外すつもりがあるならちゃんと習っておけよ。
その呪文は古代文字で発音も難解だ。レシフォーヌが解除できたのはたまたまに過ぎない。
それに国王を見ればわかるが魔力をごっそり抜かれる。悪戯に使えば最悪命を落とすから気をつけるがいい」
知らなかったのか国王は真っ白な顔で震えていた。心なしか一気に老け込んだ気がする。
すべて聞かれてしまった王太子は頷くしかなかった。隠れて不貞を働くのと不貞を知りながら黙認し続けるのはどちらが辛いだろうか。
どちらにしてもラスピーヌ様を失った重みを感じて過ごすことになるような気がした。
がくりと頭を垂らす王太子からグノーは国王に目を向けた。
「それから国王。お前にも呪いを与えてやろう」
「いえ、もう十分です!!これ以上はもう、」
「お前が生きている間はこの国の地の恩恵を無効とする。精霊の愛し子を危険に晒し、俺からレシフォーヌを奪った罪だ。
自死も処刑も許さん。退位できるのは死ぬ数日前にしてやろう。お前は俺の加護がついたレシフォーヌの皿をいたく気に入っていたからな。
生に執着しているお前にお似合いの加護だ。周りに恨まれながら死ぬまで王を続けるがいい」
皿の良さなどよりも加護ひとつでレシフォーヌから奪い取ったんだ。国王がどれだけ偉かろうが俺が与えた愛し子のものを奪う奴にまともな加護など与えるものか。せいぜい悔やみながら生きろ。
内心そう吐き捨てながらグノーは背を向けた。勿論レシフォーヌも一緒だ。
視界の端に崩れ落ちる国王が見える。彼の側近や重鎮達は手を差しのべず此方を呆然と見ている。ここに来ることはもうないかもしれない。
「レシフォーヌ。どこへ行く?お前が望めば何処へでも行けるぞ。この国の外にだって行ける」
「外?」
国を出ても世界は続いている。ご先祖様が住んでいた国に行ってみるかと誘われた。それもいいかもしれない。
「お、お待ちください!それだけはご容赦を!精霊様がいなければこの国は本当に死んでしまいます!!それでも良いのですか?!」
精霊が国を離れれば無効とされた地の恩恵の他もすべて失われるという。
そうなるとレシフォーヌが生まれ育った土地にも被害が及ぶと。精霊の愛し子が悲しむのではないかと誰かが訴えた。
するとさっきよりも大きな地震が起こり、肩を抱かれていたレシフォーヌもふらついてグノーに縋りついた。
「この地を治める精霊に対して言うじゃないか。国王達みたいなことをしていないから許されるとでも思ったか?
俺は一番静かで清浄な工房にしか姿を現さなかったが、工房以外でもずっとレシフォーヌと共にいた。
お前達の前には姿を見せなかっただけでな」
え、そうだったの?
「ずっと見てきたがこの中の誰もレシフォーヌの本質を見抜いた者はいなかったし、ただの一人も〝国王の命を救ったレシフォーヌ・クロリーク辺境伯令嬢〟を敬う者はいなかった。
精霊の愛し子は居るだけで価値があり、尊く敬うべき存在だ。それを忘れた者達に施す加護などない。俺の愛し子を蔑ろにしてきた報いを受けるがいい」
そこまで言うとグノーはレシフォーヌの視線に気がつきパッと顔を背けた。心なしか耳が赤い。地震も止んだので自分の足で立つとスカラファ様に呼ばれた。
「お義姉様、行かないで……わたくしを見捨てないで!わたくしはお義姉様の妹でしょう?」
涙ながらに訴えてくるけど正直なところスカラファ様を妹と思ったことがなかった。尊敬はしてるけど家族にあるような気軽さも親しみも残念ながら生まれなかった。
辛うじてあったのは雇い主のお嬢様、だろうか。
その隣では無言で、でも必死な形相で訴えてくるジョケルド様がいる。
婚約者の私を見捨てるのか?しないよな?みたいな目で見られてるような気がする……きっと勘違いでしょう。
わたしとの婚約を心の底から嫌がってたし。別れることができて嬉しいはず。
「ジョ……フィクスバール公爵令息様。婚約は解消でお願いしてもいいですか?破棄ですと本当の両親にも迷惑がかかるかもしれないので」
危うく名前で呼びそうになり言い直すとジョケルド様はショックを受けた顔をしていた。
以前ファーストネームで呼ぶと必ず不機嫌になり『茶が不味くなる!出ていけ!』と強制退席させられていたのだけどまたジョケルド様の機嫌を損ねてしまったのだろうか。
「その、婚約を……続け」
「わかりました。今回のことは全面的に愚息に責任があります。レシフォーヌ様にも子爵家にも被害が及ばないように手続きいたしましょう。もし何かあればフィクスバール家が全面的に責任を持ちます」
「ち、父上…っ」
何か言いかけた言葉に被せるようにフィクスバール公爵がいきなり現れ(本人は息を殺していただけ)、責任は此方にあるから何も心配しなくていいと言ってくれた。
嘘はない、とグノーから太鼓判を貰えたので快くお願いした。
視界の端ではジョケルド様が絶望した顔でわたしを見ている。
わたしと婚約が解消してスカラファ様とこれからも共にいられるのだからもっと喜べばいいのに。ちゃんと結婚できないからショックなのだろうか。でも相手は王太子だし。
最後までジョケルド様は謎が多い方だったな。と思った。
「ああそうだ。お前の髪を戻しておかないとな」
パチンとグノーが指を鳴らすとたちまち砂色の髪が赤褐色になった。
久しぶりだなと自分の髪を見るとグノーは嬉しそうに「やっぱりレシフォーヌの髪はこの色じゃないとな」と満足げに撫でた。
「これでレシフォーヌはお前と姉妹でも家族でもなくなった。その隣の眼鏡も嬉しいだろう?これで心置きなく真実の愛とやらが成就するのだからな」
グノーが鼻で笑うとジョケルド様は今度こそうち崩れた。
そして再びスカラファ様と目が合う。縋るような目だけど動揺で落ち着かない顔をしていた。
まるで悪いことがバレて叱られる前の少女みたい。ずっと優しく接してくれたスカラファ様を叱ったりしないのに。
「お世話になりましたスカラファ様。どうかお幸せに。さようなら」
何処に行くのかわからないけどグノーと一緒がいいから。一緒ならきっと楽しいから。
ペコリと頭を下げるとグノーが腕を差し出したので目を瞬かせた。エスコートしてくれるらしい。グノーが、グノーがエスコート!!
後ろでは崩れ落ちすすり泣く声や縋る声がレシフォーヌを呼んだが、当のレシフォーヌには届かず緊張しながらも笑顔でグノーの腕をとり二人は優雅に広間をあとにしたのだった。