表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/6

3.

 



 それから二日経ってやっと動けるようになったレシフォーヌは、体を引き摺るように工房へと向かった。

 あの後スカラファ様とは会えず仕舞いで、お皿がちゃんと出来上がっていたか不安だったのだ。


 たいした距離じゃないのに全速力で走ったような倦怠感と吹き出す汗に驚きつつも汗を拭いなんとか工房に辿り着いた。



「な、なんてこと?!」


 オレッキアのお皿は残ってないだろうけど同じ窯には他の作品も入れてあるから焼き具合を確認できるはず。

 そう思い工房の扉を開けたら窯の前がぐちゃぐちゃになっていた。


 まさか泥棒?!と驚き窯の中を見ると全部綺麗になくなっている。それから足下を見れば試し焼きしたものばかり割れていた。その中に違う色があり焦って拾いあげる。

 もしかしてオレッキアのお皿では?と危惧したが別のものだった。それにホッとしてその欠片を確認した。


 うん。同じ粘土を使ったやつだ。焼き色も滑らかさも問題ない。これなら前のと遜色ないお皿になってるはず。そう安心したところで外が騒がしくなった。


 不思議に思い出てみれば王家の紋章をつけた甲冑姿の騎士がわんさか庭に立っている。



「レシフォーヌ・クロリーク!ナタシオン侯爵令嬢を殺害した罪で拘束する!!」



 何事?!と思ったら騎士の一人がそう宣言しレシフォーヌを捕縛した。何が何やらわからないレシフォーヌは騎士達に連行され、王宮にある地下牢へと放り込まれた。




 ◇◇◇




 よくわからないまま連行されたレシフォーヌはよくわからないまま地下牢で一人呆然としていた。


 訳がわからない。ナタシオン侯爵令嬢って誰??思い出そうと何度考えても出てこない。そもそも挨拶したこともないのでは??


 王都でまともな会話が成り立つのはスカラファ様だけだった。学園でもパーティーでも話し相手になってくれるのはスカラファ様だけ。


 同じ子爵位でも王都の子息子嬢は『田舎者と話すことなどない』と言ってわたしを避けるし、他の方々は目も合わそうとしてくれない。


 田舎から来た田舎娘なのはそうなんだけどその田舎の領地にはスカラファ様の生家もあって、わたしはクロリーク家の養女になってるんだけどみんなわかってるのかな?といつも首を傾げていた。


 王都って殺伐としてて上辺だけの友達しか作れなそう。と思ったのもこの頃からだ。なのでわたしも無理をしてまで友達を作ろうとはしなかった。


 スカラファ様だって、


『お義姉様は王都に染まっていない素朴で素敵な方よ。無理をしてまでお友達を作らなくていいわ。わたくしがいればお義姉様は寂しくないでしょう?』


 と仰ってたし。


 でもスカラファ様はそれではよくないと内心思っていて根気強くわたしを学園やパーティーの交流の場に同席させてくれた。


 話す内容は大体何処の仕立て屋で作ったドレスだとか、刺繍や身に付けているアクセサリーの素晴らしさを褒めあったりとか、だれそれが仲がいいとか悪いとか。


 前回参加したお茶会の感想もあったりしてレシフォーヌはまったくついていけてないのだけど『何事も経験だから』とスカラファ様に諭され、名も知らない方々の話に混じりながら、スカラファ様の後ろでわかってるような顔と頷きでこなしていた。


 そのお陰でわたしがクロリーク家の者というのは覚えてもらえたみたいだけどスカラファ様の侍女と思ってる方が大半で未だにまともな知り合いがいない。


 でもその中にもナタシオン様という方はいなかったはず。自己紹介はされてないけど名前を呼び合ってるので大体は覚えているから。



 ナタシオン様ってどんな方なんだろう?……と悩んでいると、騎士がやって来て牢から出された。

 逃げられないように強く腕を捕まれながら無理矢理歩かされた。


 ペース!もっとゆっくりでお願いします!と思ったけどわたしは罪人なのか、引き摺られるように大広間へと連れていかれた。


 扉が開くとそこには美しいシャンデリアと沈んだ空気、正装の貴族達が大勢いたが楽しげな空気はなかった。



 中央まで連れてこられたレシフォーヌは周りの冷たい視線と自分の場違いな格好に萎縮した。

 いくら田舎者でも汚れた平服とボサボサな髪、手鎖が似つかわしくないことくらいはわかる。


 なぜこんなところに連れてこられたんだろう。不安で見回したが義家族も婚約者も見当たらなかった。



 どうしたものかと床を見つめていれば靴の音が響き、顔を上げた。そこには国王陛下とそっくりな顔の青年、ブルコック・オルゲストル王太子殿下が立っていた。


「レシフォーヌ・クロリーク!!貴様は我が婚約者ラスピーヌ・ナタシオン侯爵令嬢が気に食わないからとイジメを繰り返し、ついには毒殺したな?!

 証拠は揃っている!潔く罪を認め罰を受けるがいい!!」


「…………え、ええええ~?!」



 ど、毒殺ぅ?!確かに捕まえられた時に殺害とか言われたけどまったく記憶がないのですが!

 ラスピーヌ・ナタシオン様のフルネームを聞かされてもまったく覚えがありませんが!!イジメだってしてませんよ?!


 どういうことぉ?!と口をあんぐり開ければ、周りが蔑んだ目で睨んだり扇子で口を隠してクスクス嗤ってレシフォーヌという罪人を眺めている。


 わけがわからない。ここはパーティー会場ではなく裁判会場なのだろうか。


「あの、恐れながら……」

「証拠はこれだ!!」


 わたしは昨日まで寝込んでましたと言いたかったのに王太子は気が短いのかレシフォーヌの声を遮り壇上袖から何かを持って来させた。



「そ、それは……!」


 王太子が手袋をして持ち上げたのはふたつに割れた片方の皿だった。皿の外側にはオレッキアが彩っていて自分が作った皿に見える。だけど。


「そうだ!これは貴様が作ったという皿だ。これは毒を検知できるそうだが我が愛しのラスピーヌはこの皿で食べ、皿に塗られていた毒で死んだ!!」


 そう叫ぶと王太子は思いきり皿を床に投げつけ皿を粉々にした。そして割れた皿を靴で踏みつけると血走った目でわたしを指差した。


「毒を検知できるなど嘘をついて王家に取り入ろうとした害虫め!!貴様のような奴は八つ裂きにして試しの崖にいるモンスターの餌にしてくれるわ!!」


 唾を飛ばしながら罵声を浴びせる王太子はそれだけ婚約者を愛していたのだろうけど、レシフォーヌには身に覚えのない話だった。


 何の恨みもないのに殺害しようなんて思うはずがない。というか、わたしはお皿を作っただけで毒を塗った実行犯は別にいると思うのですが。

 そう言い返すと王太子は汚いものを見るかのような目でレシフォーヌを見下した。



「まだシラをきるつもりか!その毒は貴様の工房にあったぞ!この小瓶だ!!この毒と皿の毒の照合は済んでいる!

 そして貴様がどこぞの薄汚い行商と何度も工房内で話しているのを見たと言う者がいる!そいつから買い付けたのだろう?!」


 いやそんな小瓶見たことありませんが。何度もっていうのはグノーのことかな?仕入れの業者さんは工房の入り口までしか来ないし。


 仮に工房で塗ったとして、料理を盛る前に一度拭くなり洗うなりでしょう?それで毒の効果はかなり薄れると思いますが。それにそんな小瓶じゃ量が足りない気がする。


 そんなことを返せば王太子はぶるぶると震えた。しまった。怒らせてしまった。



「王族に口ごたえするか……見れば見るほど噂通り醜悪さが顔に出ているな!貴様のことは調べがついているのだぞ?!


 自分ではなくラスピーヌが王子妃になることに不満を持った貴様は学園でわざと彼女の前で転び『足をかけられた』と嘘をついて批難し、物がなくなればラスピーヌに盗まれ壊されたとスカラファに泣きついていたそうだな?!


 貴様の嘘を見抜いたスカラファのお陰で大事には至らなかったが、いつまでも私との婚約を解消しないラスピーヌに貴様は怒り狂い、影で彼女に暴行をしていたそうじゃないか!

 そのせいでラスピーヌは笑わなくなり、いつも悲しい顔をするようになったんだぞ?!」


 王太子の悲痛な叫びに周りがすすり泣きだした。

 まるでその光景を見てきたかのような悲しみ方だ。



「しかもだ。侯爵令嬢であるラスピーヌは下位の貴様にイジメられている事実を話すのは恥だと思い私に打ち明けなかった!!

 ああっ不憫なラスピーヌ!恥を忍んででも私に話していれば命を落とすことなどなかったのに!


 そして傲慢な貴様は今度は敬うべきか義妹であるスカラファに変装して王宮にまんまと乗り込んでことに及んだ!

 こんな女とスカラファを見間違えるなどあってはならないのに…忌々しいッ貴様を見ているだけで反吐が出る!」


 殺気立つ周りにレシフォーヌは肩を揺らして周りを見た。もうひと押ししたら石でも投げられそうな危険な空気だった。



「心中お察し申し上げます、ブルコック殿下。蛮行を繰り返すお義姉様をどうにか止めようと手を尽くしてきましたが、あと一歩力及ばずこんなことになってしまい申し訳ございませんでした」


 え?と目を瞪ればレシフォーヌを眺めいる人垣の中からとてもきらびやかな格好をしているスカラファ様が現れ淑女の礼を取った。相変わらず美しい所作だ。


 まるで王族のような様相に見惚れてしまったが蛮行とは?と彼女を見るとスカラファ様は此方を一瞥だけして王太子と向き合った。



「ラスピーヌ様は公私共にライバルでありましたが親友でもありました。

 そんな方がもう此の世にいらっしゃらないとはまだ思えず……わたくしもまさか、わたくしの姿に似せた理由が、ラスピーヌ様を亡き者にするためだとは思いもよらず…!


 ああ、わたくしはなんてことを!!わたくしの物やわたくしの姿を奪うだけに飽きたらず、人様の、しかもわたくしの親友の命まで奪うなんて!!」



 わっと顔を手で覆うスカラファ様にレシフォーヌはただ、ただ驚愕して言葉が出なかった。

 え、スカラファ様の親友ってそんなにいるんですか?親友って十人もいるものなんですか?



「お義姉様は、王子妃候補だったわたくしを疎ましいと思っていました……どうして自分ではなくお前が選ばれたのだと何度も暴力を……っ


 今回のこともわたくしが嫉妬のあまりラスピーヌ様を(あや)めたことにすれば万事上手くいく思われたのでしょう。それを見抜けずラスピーヌ様は…!」


 親友がいるのはいいことだし多いのも驚きだけどスカラファ様ならおかしくないのかもしれない。凄い方だから。

 でもなんだろう。スカラファ様がスカラファ様に見えない。あの方は本当にスカラファ様なのだろうか。


 だってわたしが養女としてクロリーク家に入った時にはスカラファ様は候補から外れていたし、わたしが王子妃になんかなれっこない。

 それなのに暴力?スカラファ様を尊敬しているのに?



「辛かっただろうスカラファ。きみにしてきた数々のことも一緒にこの悪女を私が裁いてやろう」


「殿下…っ」


 慰めるように優しく言葉を掛けた王太子はレシフォーヌに向き直るとさっきよりも顔を怒りで歪め睨んできた。


昨日(さくじつ)貴様はスカラファに成り済まし、警備の者達をその貧相な体でたらしこんでまんまと王宮に入り込んだと聞いている。


 そして毒が塗りつけられたこの皿と交換したそうだな。厳重な警備を潜るためにどれだけクロリーク家の金を盗んだ?

 王宮への侵入だけでも大罪だというのに我が婚約者を死にいたらしめたこと、断じて許さないぞ!!」


「違います。その時わたしは自室で寝こんでいました」


「嘘をつくな!聡明なスカラファが嘘をつくわけないだろうが!それにクロリーク家の使用人からも証言が取れているんだぞ!

 貴様は傲慢にも自分の方が王子妃に相応しいとほざいていたそうだな?王妃教育がどれ程厳しいかも知らんくせに子爵令嬢ごときがよくそんな身の程知らずなことが言えたものだ!

 貴様のような下賎な者が最高位である王家に名を連ねられるはずがないのだ!恥を知れ!!」



 うわー。ヒートアップしてるなぁ。どうしよう。王家なんてまったく興味ないですって言ったらもっと怒るかな?


 チラリとスカラファ様を見れば此方を見てもいない。信じられないけどお皿変えたのスカラファ様なのかな?だとしても何で?


 身内に犯罪者が出たらスカラファ様だって困るはずなのに。そう思っていたらスカラファ様が一歩前へ出て更に深く頭を下げた。



「クロリーク辺境伯家代表としてブルコック殿下にお詫び申し上げます。この度は義理とはいえ姉が多大なご迷惑をおかけしました」


「いいんだスカラファ。こんな奴のためにきみが頭を下げることはない。むしろ今すぐにでもこの悪女との繋がりを断ち切るべきだ」


「いえ、ですが」


「害虫に情けなど無用だ。スカラファ。きみはこの悪女に利用されたんだぞ。

 きみの姿を模して、きみを名乗り辱しめ、罪を擦り付けようとしたんだ!本当の姉ならば心優しい妹にこんな卑劣なことなどしないはずだ!」


「そんな、そんなことは……っ」



 あれ、スカラファ様泣いてる?肩を震わせて俯いてるけど、どの涙ですか?わたし犯罪おかしてませんよ?


 まるでわたしに裏切られて憔悴しきっている、みたいな空気を出すスカラファ様にドン引きしていると王太子は壇上を降りスカラファ様の目の前に跪いた。

 その後のことがわかったご令嬢達からは黄色い悲鳴が響く。


 そんな声など聞こえていないようなとても真剣な顔で王太子はスカラファ様を見つめた。



「スカラファ・クロリーク辺境伯令嬢。ラスピーヌ亡き今、王子妃になれる令嬢はきみしかいない。どうか私の妻になってほしい」


「ブルコック殿下、それは……!」


「いいや。今言っておかなくてはスカラファは傷ついたまま私の前から消えてしまうだろう。

 血が繋がっていないとはいえクロリーク家からあんな犯罪者が出てしまったのだからな。


 だがどうか私のために、国のために考えてくれないか?きみほどの美貌も教養も知性も兼ね備えている者は他にいないんだ。

 きみがひとつ頷いてくれればクロリーク家にふりかかった厄災はすべて私がふり払ってやろう」


「……殿下のお言葉、とても嬉しいですわ」



 差し出された王太子の手を感極まり潤んだ瞳で取ったスカラファ様に拍手喝采が巻き起こった。あれ、待って。スカラファ様いいの?いいのぉ??


 だってスカラファ様はジョケルド様のことがお好きなのでは?ええ?と混乱しているうちに二人は壇上に上り、晴れやかな顔でこう宣言した。



「今日はラスピーヌを偲ぶために集まってもらったが、毒殺した犯人のレシフォーヌとやらを捕まえることができ無事解決することができた。

 これでナタシオン家の憂いもなくなることだろう。


 無論王太子である私の元婚約者を亡き者にしたこの女を許すつもりはない。それ相応の鉄槌がくだされるだろう。

 その最初の罰としてクロリーク家からの除籍。貴族籍の抹消とする!平民として裁いてやるから覚悟しておけ!


 そして私は汚名がそそがれたクロリーク辺境伯令嬢スカラファを新しい婚約者……いや妃として迎えようと思う!!」



 ええええええっ?!

 スカラファ様はジョケルド様が好きでお互い思いあってる、真実の愛で結ばれた関係じゃなかったのぉ?!







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ