追憶4.影の中で
一面に星空が広がる。赤や青に白、緑に紫と様々な色の星。大きく激しく輝くものもあれば、瞬く光もある。
「キレイ」
思わず、言葉で漏れてしまう。しかし、星々が輝けば輝くほどに、闇はより深く、より濃く感じる。その闇の世界にボクはいる。
アシスの中のどこに居るのだろうか検討もつかない。冷たくもないし、暖かくもない。静かで全く音のない空間。
ボクの声は誰かに届いたのだろうか?今は嫌いだった食堂の喧騒さえ、愛おしく感じる。
まだ経験したことはないが、ライとの戦いでボクの存在は消滅したのかもしれない。精霊に死という概念はなく、存在の消滅は一からのやり直し作業になる。
精霊の核だけの存在から、もう一度魔力を蓄え魔石を構築する。元の姿に戻るには、どれだけの時間が必要になるか分からない。数百年かもしれないし数千年かかるかもしれない。
だけどこの空間に、ボクは人の姿でいる。星が見えるように、ボクの手足だけでなく体も見える。それに動かそうと思えば、手も足も動いてくれる。そっと頭に手をあてれば、自慢のネコ耳も付いている。
だけど立っているのか、寝転んでいるのかも分からない不思議な空間。
「クオン、聞こえますか?」
優しくて温かくて、懐かしい声がする。
「この声は、サーヤ様?」
しかし、声はするが姿は見えない。
「どこにおられるのですか?ライという男に何をされたのですか?」
「心配をかけたわね。だけど私は大丈夫よ」
クオンの目の前に、ブレスレットが浮かび上がってきて、そこからサーヤの声がしている。
「何が起こっているのですか?それに、ここはどこなのですか?」
「安心して。ここは、あなたの影の中ですよ」
「えっ、でも自分の影の中になんて入れるのですか?」
「長くは居られないの。だから私の話を聞いて!」
この影の中にある星々は、転移者の持つイレギュラーなスキル。今までにクオンが壊してきたと思っていたスキルの数々。
それがクオンの影の中で、星のように輝いている。もちろんスキルにも下位・中位・上位と等級があり、それぞれに輝きが違う。
「なぜ、ボクの影の中にスキルが?ボクは、確かに壊したはずなのに!」
「それは、あなたが奪う者だからですよ」
「だけど壊さないと!このままだとアシスが壊れてしまう」
思わず星に向かって手を伸ばすが、遠く離れて届かない。
壊したスキルは消滅したようにみえて、全てがクオンの影の中へと回収されている。ずっと壊す為に存在していると思っていたのに、壊せていなかったことは、クオンに不安や焦燥感となって襲いかかる。
「クオン、大丈夫!落ち着いて聞いて。それぞれに役割があるの。あなたが全てを背負うのではないの。それを忘れないでいて」
「結ぶ者にも、役割があるの?」
「そうね、結ぶ者もその一つでしかないわ。何が正しくて、何が間違っているかは誰にも分からないの」
「···」
「クオンには、少し難しかったわね」
「ボクはどうすればイイの?」
「何も変わらないわよ。今まで通りに、転移者のイレギュラーなスキルを集めるの。そして、暖かい影を見つけなさい」
「サーヤ様は、大丈夫なの?」
「心配しないで。クオンがスキルを集めてくれる限り、私は大丈夫。また会うことが出来るわ」
「本当に?嘘じゃない?」
「ええっ、本当よ。そろそろ時間がなくなるわ。最後にお願いがあるの」
「何、サーヤ様?」
「このブレスレットを、あなたの一番好きな人にあげて欲しいの」
「えっ、でも好きな人なんて···」
「クオン、頼んだわよ」
そこで影の世界に光が射し込む。星々の光は掻き消され、ボクの意識も遠のく。
「どうすんだいっ?そんな黒猫なんか拾ってきて。不吉の象徴じゃねーか。しかも、そんな汚ねぇブレスレットなんざ身に付けて」
「なら、お前が買ってやれよ!」
「ああ、でっかく当てたら何だって買ってやるよ」
「その前に、しこたま溜めてるツケを払ってから言いやがれ!これ以上溜めたら、出入り禁止にするぞ」
「そりゃねーよ、おやっさん」
カタンッ
騒々しいし、うるさい。下品な声と嫌らしい笑い声。自慢のネコ耳だけど、嫌いな音を見つけてくる。だけど、この音は嫌いじゃない。
「あら、黒猫さんは私には幸運を運んでくれるのよ♪」
薄っらと目を開けると、そこにはイイ香りがする気の器と、サーヤ様のブレスレットを付けた手が見える。