追憶3.奪う者と結ぶ者
ボクを見つけて、目の前に出させたまでは良かった。しかし、この距離まで近付かせたのは明らかな失敗だね。もうライのアドバンテージはなく、跳躍すれば一気に間を詰めることが出来る。
人混みを抜けるライの体捌きで、だいたいの身体能力は把握出来る。どうやってライがボクの存在に気付いたか分からないけど、それは探知スキルを持っているからだと思う。でも探知スキルでは、攻撃を躱せない。それにボクの方が動きが速いのだから!
音を立てずに跳躍しライに迫る。ライもボクの動きに全く反応も出来ていないし、もしかしたら姿すら見えていないかもしれない。
不気味なスキルで何かを仕掛けてくる前に、首を刎ねてしまえば全てが終わる。顔すら動かせていないライのがら空きの首筋に、右手の手刀を一閃する。
それで全てが終わるはずだったが、ドムッという鈍い感触が伝わってくる。手刀は半分も振り抜かない内に、何かにぶつかり動きを止められてしまう。力任せで押し込んでもライの首筋に届きそうにもない。
さらに攻撃に移ろうかと思ったが、背筋に冷たいものが走る。ボクの耳も尻尾も何らかの危険を察知している。その直感を信じて慌てて墓石の影の中へ潜ると、ボクの居た場所を何かが通った音がする。
「影の中か、ネコ娘?それならば、出れないようにしてやる」
何に襲われたかは分からないが、出口を塞がれてしまえば外に出ることが出来なくなる。
慌てて外へと出た瞬間、ボクの足に何かが掠める。辛うじて直撃は回避したが、その代わりに墓石は粉々に砕け散ってしまう。
直撃すれば、致命傷になる威力がある。距離を取られれば勝ち目はない。再び間を詰めるように攻撃を仕掛けるが、ボクの攻撃は見えない何かに受け止められ、ライに触れることすら出来ない。
そして何度目かの攻撃で、ボクは見えない何かに縛られてしまう。よく見れば透明なムチのようなもので縛りつけられ、それはライの手へと繋がっている。
「ようやく捕まえたぞ、ネコ娘」
「お前こそ何者だ、サーヤ様に何をした!」
「フッ、奪う者のクセに何も教えられていないのか?」
ライが呆れたような顔で、ボクの顔を見てくる。サーヤ様はボクに沢山の事を教えてくれたが、ボクは理解出来なかった。正しくは、理解しようとしなかった。そのボクの感情の動きを見透かしたのか、ライの目は憐れむように変わる。
「お前は何者?奪う者とは何なんだ?」
「俺は結ぶ者。それを聞いて分からなければ、これ以上はない」
「···」
しかし、“結ぶ者”と聞いても何か検討もつかない。
「少しだけ期待したが残念だったな」
ライの左手に魔力が集まる。これだけの魔力なら、少なくても中位以上の魔法。この至近距離で受ければ、助かる可能性は低い。
ライが左手を前に伸ばすと同時に、人型からネコ型へと姿を変える。体が小さくなった分だけムチが緩み束縛から逃れるが、すでに魔法は発動している。
魔法から逃げるのが難しいのならば、前に進むしかない。思いきって前へと進み、ライの影の中へと飛び込む。
影の中なのに眩しいくらいに明るい。そして、何かが降り注ぎ身体中に突き刺さり、焼けるように熱い。影の中に侵入した異物へと容赦なく攻撃をしかけてくる。
ネコ型ではこの環境に耐えられず、人型へと変化して身構え、どこから飛んでくるか分からないものに、なりふり構わずに手を出すしかない。
偶然に何かが手に当たり、パリンッと砕けるような感触がする。この砕ける感触をボクは知っている。それは、異世界のスキル。
そして異世界のスキルを砕くと、影の中が歪み始める。前後左右に上下の感覚もなくなり、立っているかどうかも分からない。そんな状況でも、手足を動かして必死にスキルを破壊し続ける。砕けば砕くほどに歪みは大きくなり、異物のボクは影の外へと放り出される。
視界がクリアに戻り、ライがうつ伏せに倒れている姿が見える。
すぐに襲われることはない状況に安心するが、傷だらけでボロボロになった体からは痛みが鮮明となって伝わってくる。もう人型の姿を維持することが出来ず、強制的にネコ型の姿へと戻る。
倒れているライにトドメを刺す力も残されていない。それに色々なことが起こりすぎて、ボクの理解が追い付かない。
今は戻ろう!
そして、ボクの頭の中にはアージの姿が浮かぶ。しっかり者のアージは、もう片付けてしまっただろうか。