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追憶2.銀髪のライ

 精霊は食べることを必要としない。でも木の器から立ち上る湯気に、香りに引き寄せられる。人に見られるのは嫌いなのに、不思議な力が働いているのかもしれない。


“ああっ”


 声には出ないが、思わず口が動いてしまう。


 まだ食べたいのに、食堂の中から聞こえてくる下品な声と嫌らしい笑い声が、ボクの興を削ぐ。そして、少しだけ殺気が漏れてしまう。


 カタンッ


 その時、食堂の中から音が聞こえる。ボクの微かに漏れた殺気に反応した音。これに気付くのは只者じゃない。


「ライ、どこに行くんだ?まだ、残ってるぜ」


「ちょっとな、大事な用事を忘れててな」


「おめーさんも、相変わらずだな。そんなんじゃ、冒険者として生きていけないぜ」


「まだ、死んじゃいねーから大丈夫だぜ」


 席を立ったライを追いかける為に、慌てて屋根の上に戻る。ライは、すでに雑踏に紛れ姿を消そうとしている。


 でも、ボクの自慢の耳は誤魔化せない。


 人混みの中でも音を立てずに歩く技術は高い。しかし、完全に音を立てずに歩く事は不可能。鼓動や脈拍を止めるのは不可能であるのと同様に、完全に音を消すことは出来ない。


 それに音を消して歩く独特の体の動かし方やリズムと微かにする音は、ボクにとっては不自然で特徴のある目印にしかならない。


 ボクは屋根の上を伝って、ライを追いかける。追跡するにはネコの姿は優秀で、体が小さく目立たないだけじゃない。ネコの姿になる事で、さらに聴覚が研ぎ澄まされる。


 精霊にとっては、変化している姿形は能力に大きく影響する。ネコ型であれば、聴覚やアジリティが強化され、人型であれば知性や力が強化される。


 ライは、人混みの中を巧みにすり抜けてゆくが、急に立ち止まりもする。そして、辺りを見回すと、また何も無かったかのように急に歩き始める。


 一瞬だけ気付かれたかとも思ったが、ボクのいる場所はライからは絶対に見えない。立ち止まって音を消しても鼓動や脈拍を止められなければ、ボクから隠れる事は出来ない。


 しばらくすると、ライは大通りから外れるように路地へと入っていく。時折立ち止まり、用心深く辺りを見回す。


 何度か同じ行動を繰り返すと、街の外壁が見えてくる。確かここは冒険者の共同墓地がある場所。身よりもなく死んでしまった冒険者は死霊化する事を防ぐ為に、この墓地へと埋葬される。


 ライは墓地中へ入る前に立ち止まると、1度だけ振り返る。辺りを見渡すのでなく、ただ一点だけを見つめる。その眼は人のものではなく、野生動物のような獰猛な眼で一瞬だけ紅く輝く。


 ニヤリと笑みを浮かべ、微かに口許が動く。


 ボクに気付いている···。どうして?何故? まだ誰にも気付かれたことはないのに。それだけじゃない、ハッキリと聞こえてしまった。


「来いよ、黒猫」


 視覚でなく聴覚を頼りにして、ライを追いかけてきた。ライから見える場所に1度も出てはいない。それなのに、ボクの姿が黒猫だと分かっている。


 考える必要もなく、ライは危険な存在。背を向けた今が逃げる機会だと分かっているのに、ボクの思考も本能も身体には伝わってくれない。体が勝手にライを追いかけて、共同墓地の中に入ってゆく。


 共同墓地の中は、街の外壁がつくる影で薄暗い。そこには沢山の石が並べられ、それが墓石の代わりとなっている。その石には名前すら刻まれておらず、墓として使用済みかどうかをしらせる為の目印として置かれている。


 その墓石の1つに銀髪の男が腰かけている。他に人の気配はないし、忘れられた墓に訪れる者なんていない。


「本当の姿を見せてみろ。あの小娘の精霊」


 ライはボクのことを見抜いているだけじゃなく、サーヤ様の事を知っている。


「早くしろ黒猫。お前も、こうなりたいのか?」


 そう言うと、ライは懐から何かを取り出して、無造作に放り投げてくる。


 目の前に飛んでくるものには見覚えがある。それは知っているブレスレットで、間違いなくサーヤ様の持ち物。地面へ落ちる前に人型へと変化して、ブレスレットを拾う。


「これをどうした。サーヤ様に何をした!」


「やっと姿を見せたか、ネコ娘。あの小娘の精霊らしく、ふざけた姿をしてるな」


「貴様、サーヤ様に何をした!」


「見たら分かるだろ。全てを言わなければ分からんのか?」


「許さないっ。お前は殺す!」


 ボクの使命は、イレギュラーを持ち込む転移者のスキルを奪うこと。それ以外のことで力を行使すれば力は制限されるはず。それなのに、ボクの感情の赴くままに体は動いてくれる。もうボクを縛るものは何も無い。


「首ちょんぱっ!」

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