脱出
事の始まりは、事態の収束直後からだ。
まず私の前に現れたのは、若い騎士だった。
おそらく広場で治療したケガ人のひとりだと思うが、皆同じ服を着ているので私に区別はつかない。
彼は騎士団の騎士団長を名乗り、私を食事に招待したいと言う。
早く帰りたい私が丁重に断りを入れている最中に、今度は魔導師がやってきた。
彼は、私が穴を塞ぐ直前に声をかけた人物。
宮廷魔導師団の師団長を名乗った彼は私に贈り物をしたいと申し出たが、女神Lに戻る私には不要な物だからお気持ちだけ頂いておくと言い残し、素早くその場を去った。
やり過ごせたと安堵したのも束の間、私の目の前に豪華な仕様の馬車が横付けされるが、こうも続くと嫌な予感しかない。
全力で走って逃げようとしたがすぐに捕まり、半ば強制的に馬車へ乗せられてしまった。
連れてこられた先はやはり王城で、案内された応接室にいたのは二人の王子。
今回の働きに褒美を授けると言われたが、何もいりませんので早く帰してくださいと直球で申し入れをした。
遠回しに伝えても通じないのは、ヴィンセント様で嫌というほど経験している。
二人の王子が「はっはっはっ」と軽快に笑ったので、私も「ホホホ……」と笑っておく。
さすがにこの方たちには伝わっただろうと思っていたら、「部屋に案内してやれ」と無情にも命令が下される。
些細な抵抗を試みたが無駄な足搔きで、私は通称東の塔と呼ばれている離宮に連れてこられたのだった。
◇
近々、女神の私がなんと『聖女』に認定されるらしい。そして、この国の要職に就いている人と婚約・結婚させられるのだという。
その理由がわからず尋ねてみたところ、私をこの国に留め置くためだとはっきりと言われた。
私は「自らの力を遺憾なく発揮し、たった一人で大勢のケガ人を救い、瘴気の穴を塞いだ英雄」 (宰相さま談)だから、他所の国へ行かれては困るのだそうだ。
あっという間に厄災を収束させたことで生じた弊害……つまりは、やりすぎた私の自業自得だった。
婚約者候補は、全部で五人。
先に接触してきた四人に追加で宰相さまのご子息が加わり、今はその五人で私を巡る争いが勃発しているのだとか。
おかげで、私のことを『傾国』と揶揄する人まで出てきた。
この国を救うために転生までして頑張ったのに、『国を傾ける』なんて言われるとは……初の転生任務に張り切っていろいろと準備を重ねてきたのに、その結果がこの状況とは悲しすぎる。
しかし、全ては自分が蒔いた種。
私は自分の行動を省みて、この経験を次の任務に活かさなければいけない。
「今ごろ、サムさんは何をしているんだろう……」
ここに閉じ込められてから、折に触れて思い出すのは彼のことばかりだ。
女神Lに戻る前に会う約束をしたのに、ここにいる限り約束は果たせない。
(この部屋から出ることさえできれば……)
「エル様、お茶会の準備が整ったようですので参りましょう」
「はい」
ようやく、待ちに待った時がきたようだ。侍女頭に促され、私は久しぶりに外へ出る。
着付けられたドレスはゴテゴテした飾りがいっぱいで動きにくいし、頭は気合を入れていないとぐらつきそうなくらい盛られていて、真っすぐに歩くことが非常に困難だ。
私はつまずきそうになるのを必死に堪えながら、お茶会の会場へと向かった。
庭園に出るとガゼボには五人の男性が待っており、私を含めた六人で一つのテーブルを囲む。
給仕されたケーキやお茶菓子を頂くと、さすが宮廷料理人だけあってどれも美味しい……が、いつも何か物足りなさを感じてしまう。
「エルさんは、食が細いのですか?」
今日初めてお会いした宰相さまのご子息が、話題をふってきた。
宰相であるお父様に似て、とても賢そうなお顔をしていらっしゃる。
「口に合わなかったのなら、作り直させよう」
「いえ、第…一王子殿下、それには及びません」
二人の王子殿下は双子のようで、連れていかれた応接室で初めてお会いしたとき私には区別がつかなかった。
困った私が軟禁されている部屋付の侍女頭へ見分け方を尋ねたところ、「瞳の色が異なります」と教えてくださったので、それからは色を確認してから話をするようにしている。
第一王子殿下の申し出に私は小さく首を振ると、皿の上に乗った分を全て食べ切り、紅茶を飲み干した。こんな美味しいものを食べ残すのは、もったいないのである。
「相変わらず、エルさんの食べっぷりは見ていて気持ちが良いですね」
騎士団長さまは、目を細めて私を見つめている。
最初に私を食事に誘っただけあり、彼もまた食べることが好きなようだ。
さて、出された物は綺麗に食べ終えたことだし、そろそろ始めたいと思う。
私はおもむろに首飾りを外す。続いてイヤリング、髪飾り、指輪に腕輪……この五人からいただいた高価な物をすべてテーブルの上に置いた。
「……あの、先ほどから何をされているのでしょうか?」
師団長さまが、怪訝な顔で私の手元を見ている。彼は特に指輪が気になるようだ。
彼は師団長を拝命しているだけあり魔術に関してかなり秀でているため、彼から頂いたこの指輪だけは絶対に身に着けたままにしておくことはできない。
一瞬勘づかれたかと思ったが、まだこれから起こることには気づいてはいないようで一安心。
その後も、身に着けている取り外せるものはすべて外した私はようやく口を開く。
「皆様が、わたくしを人生の伴侶にと請うてくださったことは、大変有り難く思います」
「……では、我々の中からついに選んでいただけるのか?」
全員からの問いかけに笑みだけで返し、私は言葉を続ける。
「……しかし、わたくしには分不相応の申し出です」
「だから、あなたを『聖女』に認定するのですよ。そうすれば、身分差など……」
「いいえ、第…二王子殿下、わたくしに『聖女』の称号は不要でございます」
念のため、どんなときでも瞳の色の確認は怠らない。
間違えるのは大変失礼だし、不敬に当たってしまうから。
「だって……わたくしは『女神』ですから」
私は音もなく立ち上がると、足早にガゼボの外に出る。
五人の男性たちも慌ててあとを追ってきた。
「この国の人々を厄災から救う任務は終わりましたので、わたくしは帰らせていただきたく存じます。それでは皆さま、ごきげんよう」
丁寧にカーテシーをし、私は五人へ最後の挨拶を終える。
もう二度と、彼らと会うことはないだろう。
「衛兵、前に出ろ!!」と、血相を変えた第一王子殿下が叫ぶ。
「絶対に逃がさないでください!」と、第二王子殿下が命令を下す。
「だから、指輪を外したのか……」と、師団長さまが青ざめる。
「『女神』とは、どういうことです?」と、騎士団長さまが問いかける。
「どうしてこんなことに……」と、宰相さまのご子息が空を仰ぐ。
……が、もうすべてが遅い。
周りを取り囲まれている私の体が、光のベールに覆われる。
「わたくしのことは捜さないでください」
衛兵の集団が一斉に飛び掛かかり私の腕を掴もうとするが、それはむなしく空を切った。
「やはり、転移魔法が使えたのか!」
誰の声かはわからないが、最後に驚愕の叫びが聞こえたような気がする。
眩い光が収まった頃、私の姿は庭園から消えていたのだった。