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サムの正体


 

「今日のお昼、レナさんから『エルさんとサムさんは付き合っているんですか?』と聞かれたのですが、『付き合っ……」


「ゴホッ!」


 食後のお茶を飲みながら私の話を聞いていたサムさんが、盛大に()せた。

 彼は上品な方なので噴き出しはしなかったが、結構危なかったのではないだろうかと思いながら私は席を立つと、今も咳きこんでいる彼の背中をさする。


「サムさん、大丈夫ですか?」


「すまない……少し驚いただけだ」


 襟を正したサムさんは、すぐにいつものサムさんに戻った。

 席に戻った私はお茶のおかわりをサムさんのカップへ注ぐと話の続きを始めようとしたが、すぐに口を閉じる。

 彼が体の前で両手を組み、何か言いたげだが口にするのが(はばか)られる……といった様子のときは、得てして私が何かをやらかしたときなのだ。

 彼と知り合ってからまだ三か月ほどだが、それくらいは私でもわかる。


(おそらく、今の話がダメだったんだろうな……)


「エルさんは、その……質問に対し何と答えたんだ?」


「答えてはいません。質問の意味が……厳密に言うと『付き合っている』の意味がわからなかったので、サムさんへ質問をしようと……」


「そうか……それで、この話題を出したのか」


 フフッ…と自嘲気味に微笑んだサムさんは真面目な表情に戻り、私を見据える。


「『付き合っている』とは、『想いの通じ合った男女が、交際をしている』という意味だ」


「ああ、なるほど……」


 恋愛関連の項目に載っていたことを、私はようやく思い出した。

 私の周りは女神さまたちしかいないが、『人』は男女で存在している。

 その大勢の人たちの中から運命の相手を選び、共に生活をしながら愛を育み、遺伝子を子孫へ繋いでいく。

 それが綿々と続いているのだ。

 

 ……と記載内容を思い浮かべたところで、私はサーッと青ざめた。


(つまり、レナさんは、私とサムさんが『交際関係』にあると勘違いをしているんだ!)


「私がサムさんと一緒にいるせいで、周囲に誤解を与えているのですね。またまたご迷惑をかけてしまって、申し訳ありません!」


「謝らないでくれ。俺は迷惑だと思ったことは一度もない……一度もないんだ」


 サムさんは、はっきりと断言した。

 綺麗な翡翠色の双眸そうぼうは真っすぐに私を見つめていて、彼が嘘を吐いていないことを証明している。

 その様子を見ていたら、ホッと安堵したと同時に、なんだか心がポカポカと温かくなった。


「実は、俺もエルさんに話が……」


「…あなたとこんな所でお会いするとは奇遇ですね。それに……」


 サムさんの言葉を遮って、颯爽と店に入ってきたばかりの若い男性が会話に割り込んできた。

 仕立ての良い服を着こなした深緑色の髪と緑色の瞳の彼が視界に入った瞬間、さっと目を背けた私を、女神Aさまどうかお許しください。『人』を苦手だと思ったのは、彼が初めてなのです。


「……エル嬢もご一緒とは、なかなか隅に置けないですな」


 そう言うと彼……ヴィンセントさまは、私の隣に腰を下ろした。





 私の(おもて)はにこやかな笑みを浮かべていると思うが、顔が引きつるのだけは抑えられない。


「ヴィンセント殿も、エルさんをご存知でしたか」


「ええ、冒険者ギルドでお会いしてから、毎日のようにお茶をする仲ですよ」


 村長の子息であるヴィンセントさまとは、彼が視察で立ち寄った冒険者ギルドで知り合った。

 若い女性なのに凄腕の治癒士がいるとの噂を聞きつけて私に会いにきた彼へ、他の人と同じように第一印象は大事!とばかりに愛想よく挨拶をしたのがそもそもの間違いだったようだ。

 それからなぜか気に入られてしまい、お菓子を手土産にほぼ毎日冒険者ギルドにやって来てはお茶に誘われる。


 ヴィンセントさまご自身も村の権力者であり、村娘の私では無下(むげ)に断ることもできず仕方なく付き合うのだが、二人きりでは私が気詰まりなので必ずレナさんにも同席してもらっている。

 これだけは、絶対に譲れない条件なのだ。

 サムさんとなら一緒に夕食を取っていても食事はとても美味しく感じるし、何より楽しい。

 同じ男性なのに、この違いは一体なんだろうか。


「ヴィンセントさまは、今日……」


「エル嬢には『ヴィニー』と呼んでほしいと、僕はお願いしたよね?」


「…………」


そう、二度目のお茶の席で、たしかに言われた。

でも、その場で「できません」ときっぱりお断りをいれたのだ。


「ねえ……『ヴィニー』って呼んで?」


「いえ、村長のご子息であるヴィンセントさまに、()()()()()()()()()()私では恐れ多くて……無理です!」


「照れなくてもいいのに……まあ、そこも可愛いんだけどね」


「…………」


 あまりにもしつこいヴィンセントさまに辟易している私を見て、以前レナさんがこう言った。

「ああいうタイプは遠回しに言っても伝わらないから、はっきり!きっぱりと!言ったほうが良いですよ」と。

 私は今日もそれを実践し『(愛称で呼ぶのは)無理です!』とはっきり断っているのに、彼には一度も伝わったことがない。


(こうなるとわかっていたら、女神(ディー)さまが数々の実体験をもとに書かれた書物『しつこい『人の男性』の対処法』を借りてくるべきだった……)


 せっかく貸してくださると仰ったのに、「こんな私に声をかけてくる方はいないと存じますので、お気持ちだけ有り難く頂戴いたします」とキリッとした顔で断った過去の私を、今からでも全力で止めにいきたい。

 私が過ぎ去りし日を振り返り遠い目をしていると、ヴィンセントさまがポンと手を打った。


「……そうそう、サミュエル殿はこの噂をご存知かな?『サミュエル司祭が、聖職者としての職務を放棄して、若い女性に溺れている』と」


「……えっ? サムさんは、司祭さまだったんですか?」


『女性に溺れる』という言葉の意味はわからないが、『司祭』という言葉に反応してしまった。

 たしかに、サムさんの職業については教えてもらわなかったし、これまで私もあえて聞かなかったのだ。

 あと、サムさんの正式名は『サミュエル』というらしく、『サム』は愛称だったようだ。


「……今まで黙っていて申し訳ない。俺……私は、巡礼の旅の途中でこの村に立ち寄った『女神教』の司祭で……今はこの村の教会で世話になっているんだ」


 苦しそうに言葉を吐き出したあとサムさんは黙り込み、ヴィンセントさまも何も言わない。

 ただ、沈黙の時間だけが過ぎていく。

 私は『女神教』という言葉を初めて耳にしたが、なんとなく心当たりはあった。

 信仰している女神の名をぜひとも確認したいが、重苦しい空気が漂う中では口にするのが躊躇われる。


 突然、その沈黙を破るように男性が店に駆け込んできて、私たちのほうを向くなり叫んだ。


「ヴィンセントさま! 至急、お屋敷へお戻りください!!」


 男性は、ヴィンセントさまの従者のようだ。

 彼の只事ではない雰囲気に、店内に緊張がはしる。


「騒々しいが、一体何事だ?」


「国王陛下の書状を持った使者の方がお待ちです。お急ぎを!」





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