決着
「今日、皆に集まってもらったのは他でもない。次の茶会の席で、正式に婚約者が決定することになった」
「「!?」」
「…………」
ハリーの発言にアーサーは頷き、ライネルとエミリオの二人は色めき立ったが、最後の一人……宰相の息子であるガルードは、眉一つ動かさず微動だにしなかった。
「あなた方もご存知だと思いますが、我々がエルさんを巡って争っていることで、王城内で彼女のことを『傾国』と揶揄する輩が出てきているようです」
アーサーの言葉に、三人は大きく頷いた。
新たに五人目の婚約者候補としてガルードが参戦したことで、その噂が一気に広まったのだ。
第一王子・第二王子・騎士団長・魔導師団長、そして次期宰相……これから国を担っていく男たちが一人の女性を娶ろうと奮闘している姿を、好意的に見る者もいれば否定的な立場の者もいる。
「一日も早く婚約者を決めて、その噂を払拭したいのです。エルさんには、次のお茶会で結論を出してもらうよう、セオから伝えてもらいました」
「エル嬢は、同意されたのか?」
「セオの話では、『わかりました……』と言っていたそうです」
ライネルの問いかけに、アーサーは淡々と答える。
その様子を見て、エミリオが「ついに……」とつぶやいた。
「ただ、ガルードはまだ一度もエルさんと会ったことがないですよね? 初めて顔を合わせる日に、いきなり婚約者を決めることになりましたけど……」
「私は別に構わない。最初からそう乗り気ではない話だったからな」
ガルードがこんなギリギリになってしまったのは、宰相である父からの要請に、彼がなかなか首を縦に振らなかったからだ。
もともと、幼なじみである彼らの争いを、次期宰相としての立場で、静かに事の成り行きを見守っていたのだ。
「私としては、おまえたちの内の誰かがエル嬢から選んでもらえれば、それでいい」
ガルードも国王陛下や父の考えと同じで、エルが国に残ることを一番に望んでいる。
国の今後を左右するかもしれない重大な場に、自分も当事者として立ち会えることには、大きな責任を感じていた。
「では、各自そのつもりで当日を待て」
ハリーの言葉で、その日は解散となった。
◇
この日、男たちは緊張した面持ちで庭園内にあるガゼボに座っていた。
一人の女性がやって来るのを、今か今かと待ちわびているのだ。
今日ついに、一ヶ月にも及んだ戦いに終止符が打たれる。
ガゼボ内はピンと張り詰めた空気に満たされているが、そのガゼボを遠巻きに取り囲むように衛兵たちが配備されていた。
物々しい雰囲気なのは、万が一の事態に備えてのことだ。
エルが王城に軟禁されてからひと月近くが経過しているが、未だ彼女の正体・約束の相手・任務の依頼主は不明なまま。
そして、今のところ外交問題にも発展していなかった。
ただし、他国が彼女を奪還しようと兵を差し向けてくる可能性は十分残されている。
彼女がおとなしく軟禁されているのは、味方が迎えにくるのをじっと待っているから……かもしれないのだ。
◇
豪華なドレスを身にまとったエルが、侍女頭に付き添われてガゼボに入ってきた。
男たちは立ち上がり、彼女を迎える。
今日のエルは五人から贈られたドレス姿に、ハリーの髪飾り・アーサーの首飾り・ライネルの耳飾り・エミリオの指輪・ガルードの腕輪を身に着けていた。
すぐにお茶会が始まり、六人で一つのテーブルを囲む。
給仕されたケーキやお茶菓子を食べるエルの様子を見て、ガルードが口を開いた。
「エルさんは、食が細いのですか?」
「口に合わなかったのなら、すぐに作り直させよう」
エルがガルードの問いかけに答える前に、ハリーが横から口を挟む。
「いえ……ハリー殿下、それには及びません」
ハリーの申し出にエルは小さく首を振ると、皿の上に乗った分を全て食べ切り、紅茶も一気に飲み干した。
「相変わらず、エルさんの食べっぷりは見ていて気持ちが良いですね」
ライネルが、目を細めてエルを見つめる。
最初に彼女を食事に誘っただけあって、彼もまた食べることが好きなのだ。
綺麗に食べ終えたエルは「残すのは、もったいないですから」と言ったあと、おもむろに首飾りを外した。
続いて耳飾り、髪飾り、指輪に腕輪……この五人からもらった物を、すべてテーブルの上に置いたのだった。
「……あの、先ほどから何をされているのでしょうか?」
エミリオが、怪訝な顔でエルの手元を見ている。彼は、特に指輪が気になるようだ。
その後も、装身具以外にも取り外せるものはすべて外した彼女はようやく口を開く。
「皆様が、私を人生の伴侶にと請うてくださったことは、大変有り難く思います」
「「「「……では、我々の中からついに選んでいただけるのか?」」」」
四人からの問いかけに微笑みだけで返したエルは、言葉を続ける。
「……しかし、私には分不相応の申し出です」
「だから、あなたを『聖女』に認定するのですよ。そうすれば、身分差など……」
「いいえ……アーサー殿下、わたくしに『聖女』の称号は不要でございます」
エルは、男たちを真っすぐに見据える。
綺麗な焦げ茶色の瞳は、何かを決意したように鋭く光っていた。
「だって……わたくしは『女神』ですから」
◇
エルは音もなく立ち上がると、足早にガゼボの外に出る。
五人の男たちも慌てて追ってきた。
「この国の人々を厄災から救う任務は終わりましたので、私は帰らせていただきたく存じます。それでは皆さま、ごきげんよう」
丁寧にカーテシーをし、エルは五人へ最後の挨拶を終えた。
「衛兵、前に出ろ!!」と、血相を変えたハリーが叫ぶ。
「絶対に逃がさないでください!」と、アーサーが命令を下す。
「だから、指輪を外したのか……」と、エミリオが青ざめる。
「『女神』とは、どういうことです?」と、ライネルが問いかける。
「どうしてこんなことに……」と、ガルードが空を仰ぐ。
……が、もうすでに遅かった。
周りを取り囲まれているエルの体が、光のベールに覆われる。
「私のことは、どうか捜さないでください」
衛兵の集団が、一斉にエルへ飛び掛かった。
彼女の腕を掴もうとするが、それはむなしく空を切る。
「やはり、転移魔法が使えたのか!」
エミリオの驚愕の叫びが、辺り一帯に響き渡る。
眩い光が収まった頃、エルの姿は庭園から消えていた。