仕事を探そう
次の日の朝、私は爽快な気分で目覚めた。
来る厄災に向け、今日からはりきって準備を進めていかなければならない。
初の転生任務に興奮しつつ現在の月を確認したところで、私は重大な事実に気づいてしまう。
事前に聞いていた王都からの迎えは十ノ月なのだが、なんと、今月はまだ四ノ月だった。
女神Aさまはしばらく村で生活をしていれば王都から迎えが来ると仰っていたが、それが半年後ということを今初めて知った私は頭を抱える。
旅を続けること自体は、手荷物以外に異空間へ収納してある物 (お金も含む)もあり特に問題はない。
ただ、私がそれまでの間、何をすればいいのかという話なのだ。
ひとり部屋で唸りながら考え込んでいたが、何も良い案が浮かんでこない。
ふとサムさんの顔が思い浮かんだ私は、すぐに連絡を取ることにした。何か困ったことがあれば相談してほしいと、昨夜彼が連絡先を教えてくれていたのだ。
そこは村の繁華街にある近隣諸国からの輸入品を取り扱っている商会で、執事さんへ言伝をお願いすればサムさんへ伝わるとのことだった。
急に連絡したにもかかわらず、その日の夕方さっそく会ってもらえることになった。
宿近くの食事処で一緒に夕食を取りながらサムさんへ意見を求めると、私の話を聞いた彼は腕組みをしながらしばらく考え込んでしまう。
「……半年後に王都へ行くまでは、この村に滞在することは決まっている。その間、何をすればいいのかという話なんだよな?」
「そうです。ただボーっと待っているのもなんですし……」
せっかく転生任務で人と触れ合える機会を得たのに、それを活かさず宿に引きこもっているのはもったいない。
「確認なんだが、エルさんはどこかの貴族のご令嬢か大店の娘……というわけではないのか?」
「えっ……違いますよ! どうして、そんなことを?」
「あなたは一つ一つの所作に品があり、とてもただの平民には見えないことが理由の一つ。あとは、あまりにも世間知らずというか……」
言いにくそうに最後は言葉を濁したサムさんを、私はじっと見つめる。
私のことを品があると褒めてくれたサムさんこそ、実は良いところのご子息なのではないだろうか。
彼は物腰が柔らかく、性格は穏やかで非常に人当たりの良い人物。
輝くような金髪に女神Aさまと同じ翡翠色の瞳を持つ彼は、地味な服装にもかかわらず人目を引く。
今こうして食事をしている間にも、周りの女性からチラチラと視線を感じるのだ。
対して、私の見た目は女神Lと同じ落ち着いた黒髪に焦げ茶色の瞳で、これといって特徴のない普通の容姿だから特に目立つことはない。
「本当に一人旅なのか? 陰で護衛が守っているとかはないのか?」
「ありません。私は一人です」
念を押されるように、何度も確認をされた。
サムさんがそこまで言うのであれば、私は平民の村娘には見えないのだろう。
任務終了までは怪しまれないようになるべく周囲に溶け込まないといけないのに、これは困ったことになった。
女神Kさまから話を聞いて用意周到に準備をしたつもりだったが、見た目だけで中身は全く伴っていなかったようだ。
準備が不十分だったと落ち込んだ私を見て、サムさんが慌てたように頭を下げた。
「すまない! 詮索をするつもりはなかったんだ」
「いえ、ご指摘いただきありがとうございました。自分では気付かないことなので、ご意見は大変参考になります」
第三者の客観的な意見は今の私にはとても有り難いと、深々と頭を下げ謝意を伝えると、なぜかサムさんに苦笑されてしまう。
「えっと……さっきの相談の件だが、仕事をするのはどうだろうか? 半年も滞在するなら、費用もそれなりに掛かると思うが」
「仕事……それは良い考えですね! では、明日さっそく仕事を探しに行ってきます!!」
やっぱり、サムさんは頼りになる人だった。
仕事をすれば多種多様な『人』と交流を深めることができるかもしれないと、期待も高まる。
(明日、村中を歩き回って、いろいろな『村人』に仕事があるか聞いてみよう)
「あ~エルさん、念のため確認をするが……どこへ仕事を探しに行くんだ?」
「その辺りを歩いている人に聞こうかと。ダメですか?」
「…………」
サムさんの反応を見ると、どうやらそれはダメなようだ。
「村に仕事斡旋所があるから、明日一緒に行こう」
見るからに頭を抱えているサムさんが、明日わざわざ付き添ってくれるらしい。
これまで何一つ自分で解決できていない私は、彼にとってはとんでもない『お荷物娘』だと思う。
彼に申し訳なさを感じつつ、私は大きくうなづいたのだった。
◇
翌日、私はさっそく朝から村の仕事斡旋所へ話を聞きに行った。
同行してくれたサムさんへ「お仕事は大丈夫なんですか?」と尋ねたところ「問題ない」と言われたが、本当だろうか。
私があまりにも不出来すぎるから、彼に迷惑と心配をかけているようで大変心苦しい。
◇
仕事斡旋所は村役場の建物の中にあり、多くの人が詰めかけている。
この村は景気が大変良いらしく探せばいくらでも仕事はあるそうで、壁には所狭しと求人票がたくさん貼られていた。
まずは求人票を見る前に、受付で登録をしなければならないそうだ。
二人で受付カウンターへ向かうと、職員の男性がペンと紙を差し出してきた。
「あなたの名と年齢、それから特殊技能があればこちらへご記入……失礼ですが、字の読み書きできますか?」
「はい、このために習得してきましたから!」
女神Yさまの助言で人の文字を読み書きできるよう練習をしてきたことが、さっそく役に立つようだ。
自信満々に名を書いた私だったが、すぐにその手が止まってしまった。
「あの……サムさん?」
尋ねたいことがあり私の隣に立っている彼へ声をかけたのだが、「気が付かなくて申し訳ない! 俺は後ろで待っていることにしよう」となぜか後ろへ下がろうとする。
行かないでと彼の腕を強く引っ張った私は、職員に聞こえない小声でこそっと囁いた。
「……サムさんから見て、私は何歳くらいに見えますか?」
「…………はい?」
「サムさんより、年上か年下どちらに見えますか? あっ、サムさんってお幾つでしたっけ?」
私たち女神には年齢がないため、自分が『人』としては何歳くらいに該当するのか皆目見当もつかないのだ。
「二十歳」と答えた彼の年齢を参考に、自分の年齢を決めようと思った。
「エルさんは、どちらかと言えば……年下だろうか」
「ありがとうございます! では、そのように……」
(こんなにしっかりしているサムさんが二十歳なら、私はそれより二つくらい下でいいよね)
遅れを取り戻すべく、私は残りをパパッと書き終える。
『エル、十八歳、神聖魔法 (ほぼ全て行使可能)』
実は、他にも使用できる魔法はあるのだが、仕事には役立たないと思われるので記入は止めておいた。
私が用紙を提出すると、職員とサムさんが同じ顔をして言葉を失っている。
「えっと……エルさんは神聖魔法が使えると書いてあるけど、間違いない?」
「はい」
「しかも、ほぼ全てとあるけど……これも本当?」
「はい、本当です! 私ができないことは、死んだ人を生き返らせることですね……残念ですが」
私は女神なので、当然のことながら神聖魔法が使用できる。
もちろん人より魔力量は多いし使える魔法もほとんどすべてなのだが、女神Aさまのように死んだ人を生き返らせることはできない。
この術は、女神Aさま他数名の女神さましか行使できない大魔法なのだ。
まだまだ修行が足りないとがっくり肩を落とす私の横で、職員とサムさんが「全部、本当のこと?」「わかりません」と目配せだけで無言のやり取りをしていたことに、私は気付かなかった。