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個人戦


 婚約者候補となった四人は、まず事前協定を結んだ。


 <その一、エルへの高価な贈り物は各自一つだけ>


 数で競い合うことを避け、それぞれが選んだ装身具を一点のみ彼女へ贈る。

 話し合いの末に、ハリーは『髪飾り』、アーサーは『首飾り』、ライネルは『耳飾り』、エミリオは『指輪』となった。

 なお、それ以外のお菓子や花などは対象外である。



 <その二、エルに関する情報は、必ず全員に開示すること>


 これは、ライネルとエミリオからの要望だ。

 ハリーとアーサーが持っている報告書の内容だけでなく、これから各々が知り得た情報も対象となる。



 <その三、抜け駆けは禁止>


 エルと会う回数は、皆が平等となるよう厳密に決められた。



 ◇



 かくして、四人の男たちは行動を開始した。


 それぞれが高価な装身具を贈ると、エルは喜ぶどころかますます困惑しているように見える。しかし、彼らがそれに気づく様子は全くない。


 これまで何もしなくとも女性たちに言い寄られてきた彼らは、所謂(いわゆる)『選ばれる側』の人間だった。

 今回、その立場が一転して『選んでもらう側』に変わったわけだが、圧倒的に経験値が足りていない。

 しかし、その不足分を補う(すべ)を誰も持っていなかったのである。



 ◇



<ハリーの場合>


「エルは、王妃になったら何がしたい?」


「私は王妃にはなりませんし、そもそも身分的にもなれないと思いますが……」


「はっはっは! おまえの身分など、私にかかれば造作もないことだ」


「しかし……」


瑣末(さまつ)なことに、こだわるな。それよりも、私が国王になったあとのことを考えねばならぬな……ふむ」


「…………」


 顎に手をあて思考に没頭しているハリーを、エルはお茶を飲みながら黙って見つめている。

 彼は彼女へ話題は振るが、返事はほとんど聞いておらず、最後はすべて自分の中で完結してしまうので、会話が長く続いたことがない。


 空になったカップにおかわりを注いでいる侍女は、ふと思った。

 あまり会話が成立していないことに、彼は気づいているのか……と。



 ◇



 <アーサーの場合>


「エルさんは、本当にお美しいですね。あなただけだ。私の隣に立つに相応しい女性は……」


「アーサー殿下の妃に相応しい方は、他に大勢いらっしゃるかと」


「ははは! ご冗談を。王立学園在学中から様々なご令嬢を見てきましたが、残念ながら『頭の悪い子』ばかりで……あれでは、王妃教育など到底無理ですよ」


「…………」


 言葉遣いは丁寧だが、アーサーは他者を見下した発言が多い。

 ハリーよりは会話が成立しているが、それだけだ。

 エルから共感を得られるような話は、ほぼ出来ていない。


 たまたま部屋に居合わせたセオは、内心頭を抱えた。

 二人の王子は、果たして彼女に選んでもらえるのだろうか……と。



 ◇



 <ライネルの場合>


「女神アデル様が隣国の地に降臨され、そこが何と! 女神教の聖地となっているのです!!」


 ライネルは今日も、女神アデルの話をしていた。

 王都の教会内にあるアデル像がいかに美しく荘厳な姿をしているのか、以前エルへ熱く語って聞かせたところ、彼女も別の場所で像を見たという話をしてくれた。

 それに気を良くしたライネルは、それから会うたびに女神教の話をしてしまうのだが、エルは嫌な顔をするどころか興味津々で話を聞いてくれる。

 それが、ますます彼を饒舌にしていた。


「女神Aさまが降りられた地……」


「『女神A様』……ですか?」


 エルの何気ないつぶやきを、ライネルは聞き逃さなかった。


「あっ、いえ……隣国に、そのような場所があるのですね」


「エルさんは女神教のことをよくご存知ですが、信者では……」


「私は、信者ではございません」


 微笑みながら、エルは首を横に振った。


「そうですか、それは残念です……あっ! そういえば、女神アデル様は…」


 落胆の表情を見せたライネルだったが、すぐに持ち直す。

 再びにこやかな笑顔に戻ると、また話の続きを始めた。


 二人の間で会話が途切れることはなく、むしろ、弾んでいると言っても過言ではない。

 しかし、部屋の隅で待機している侍女頭は思っていた。

 これまでずっと『女神教』の話しかしていないが、彼はそれで良いのだろうか……と。



 ◇



 <エミリオの場合>


「エルさんは王都に来る前、近郊の村の治療院で治癒士として働いていらっしゃったそうですね?」


「はい、そうです」


 エミリオは今日も、エルの魔法についての話をしていた。

 ただ、ライネルと一つだけ違うところは、彼が王都で流行している珍しいお菓子を持参して、彼女の気を惹くことも抜かりなくやっているところだ。


「そこの職員の話では、ほぼ全ての神聖魔法が行使できるとか……大変素晴らしいです!」


 普段は冷静沈着なエミリオだが、魔法に関することだけは興奮を抑えきれない。

 ズレた眼鏡を直しながらエミリオが尊敬のまなざしを向けると、エルは恥ずかしそうに目を伏せた。


「エミリオ様は褒めてくださいますが、残念ながら、私は亡くなった方を生き返らせることはできないのです。まだまだ未熟者ですので……」


「そんな、ご謙遜を……エルさんが未熟者でしたら、ハハハ…私は赤子になってしまいますよ」


 愉快そうに笑っているエミリオを眺めながら、エルの後ろに控えている壮年の護衛騎士は首をかしげた。

 何よりも、彼女の美しい容姿を一番に褒めるべきではないのだろうか……と。



 全員が前途多難に見えるが、戦いはまだ始まったばかりだ。




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