番外プロローグ
この章は、第三者視点の番外エピソードとなっております。
ここは、リンデン王国と呼ばれる国。
百年以上前から近隣諸国との争いはなく、平和そのものの国だった。
…………厄災が起こるまでは。
◇
数日前、王都内に突如『瘴気の穴』が出現した。
そこから魔物たちが次々と湧き出て、街はパニック状態となる。
すぐに騎士団や魔導師団が派遣され魔物の討伐と瘴気の浄化作業にあたったが、穴の規模が大きく、これ以上拡大させないよう対処するだけで手一杯。
魔物の発生までは抑えきれず、騎士たちが地道に討伐をしていた。
平和な国ではあったが、魔物の脅威は未だあるため日頃の訓練は怠っておらず、騎士たちも精鋭揃いで士気も十分……だったのだが。
いつ終わるとも知れぬ魔物との戦いに、徐々に疲労が蓄積。
ケガ人は日を追うごとに増加していて、その数に治癒士たちが対応できなくなってきた。
それに釣られるように皆の士気は下がり、今は下降の一途を辿っている。
治療ポーションは生産が追いつかず、これ以上の治療も見込めない。
瘴気を浄化する魔導師。魔物を討伐する騎士。ケガ人を治療する治癒士。
どれかが欠けた時点で魔物は王都内に溢れ、いずれ国中に広がり、この国は終焉を迎えるだろう。
◇
「これから、どうなるんだろうな……」
王立騎士団の騎士団長であるライネルは、深いため息を何度も吐いていた。
彼は魔物の餌食になる寸前だった部下を庇い大ケガを負ったのだが、いま寝かされている場所は公園内に設置された簡易テントの中。
本来であれば皆の憩いの場となるはずの公園が、今は野戦病院と化していた。
続々と運ばれてくるケガ人にテントが全く足りず、屋根のない場所にも野ざらしで寝かされている、まさに地獄絵図だ。
ライネルはテント内の個室には運んでもらえたが、死なない程度の治療しか受けていない。
まだ痛みはあり、動けば傷が開いてしまうため、じっと寝ていることしかできない自分を不甲斐なく思っていた。
(女神アデル様、どうか我々をお救いください!)
『女神アデル』とは、隣国で発祥した『女神教』の女神の名だ。
世界各国には、その女神が地上に降臨し人々を救ってきたという伝説が数多く残されており、信者の数も多い。
ライネルも、その一人だ。
目を閉じ熱心に祈りを捧げていたライネルは、ふと人の気配を感じる。
入り口に目を向けると、部屋に入ってきたのは部下でも治癒士でもなく見知らぬ一人の若い女性。黒髪に焦げ茶色の瞳を持つ美女だった。
冒険者のような恰好をしているが、この中には関係者以外は立ち入れないので、おそらく王都近郊の町から追加で派遣されてきた平民の治癒士なのだろう。
彼女は、ライネルに優しく微笑んだ。
「今から治療しますね」
そう言って手をかざす美しい女性をボーっと見つめていた彼は、体の痛みが無くなっていることに気づく。
体に直接触れることもなく、いつの間にか治療は終了していた。
あまりの回復の速さに驚いているうちに、女性は部屋を出て行く。
ライネルは恐る恐る起き上がるが、痛みどころか体の傷まですっかり綺麗になっていた。
(あっ、礼を言っていない……)
人としての礼儀を欠いてしまったと、騎士団の上着を羽織り慌てて女性の後を追いかけたライネルは、信じられない光景を目の当たりにする。
ケガを負いベッドに臥せっていた部下たちが皆一様に起き上がり、戦闘の準備をしていたのだ。
「あっ、ライネル団長! もうお体はよろしいのですか?」
「ああ。君もかなりの重症だったはずだが、大丈夫なのか?」
「はい! すっかり元気になりました。ライネル団長に助けていただいたおかげです。本当にありがとうございました」
これから、休んでいた分を取り返します!と元気よく宣言をして、彼は仕事へと戻っていった。
ライネルは広いテント内を見回して先ほどの女性を捜すが、姿はどこにも見当たらない。
近くにいた別の治癒士に声をかけた。
「君、冒険者の恰好をした黒髪の女性を見なかったか?」
「彼女でしたら、我々を癒したあと外へ出て行かれました」
「は? 君たちを……癒す?」
言われてみれば、顔色が悪く疲労困憊状態だった治癒士たちも、一様に顔色が良くなり元気になっている。
「有り難いです。これでケガ人の治療にあたれます」
嬉しそうに微笑んだ彼はライネルへ頭を下げると、他の治癒士たちのところへ行った。
(騎士だけでなく、治癒士も癒したというのか……)
テントの外に出たライネルは、またまた驚くこととなる。
野ざらしで寝かされていた街の人々も、全員が元気になっていたのだ。
抱き合って喜んでいる彼らを横目に女性の姿を捜すが、やはりいない。
「誰か、黒髪の女性がどこに行ったか知らないか?」
ライネルの問いかけに、人々が一斉にこちらを向いた。
「騎士団長様は、女神様をご存知なのですか?」
「女神様の名は、何と仰るのでしょう?」
「ぜひ、教えてください!」
矢継ぎ早にくる質問に、ライネルは首をかしげた。
「……女神様?」
「はい。彼女は、女神アデル様が我々を救済するために地上へ遣わされた、女神様でございます!」
女神教は、女神アデルを頂点として、その下に二十五名の女神たちがいる。
各地に残されている伝説は、女神アデルが人々を救うためにその女神たちを地上へ派遣したものと信じられているのだ。
ライネルも敬虔な信者の一人なので、もちろん知っている。
「他の治癒士たちが一人ずつ治療するところを、女神様は大きな光の輪をいくつも作りだし、我々を分け隔てなく治してくださいました。あれを『神の御業』と言わずして、何と言うのでしょう!」
興奮のあまり饒舌になっている彼の話に耳を傾けながら、ライネルは彼女が行った治療について考えていた。
(おそらく、広域魔法を展開して一気に治癒したのだろうな……)
これだけの大人数を治癒しようとすれば、一体どのくらいの魔力が必要となるのか想像もできない。
しかし、彼女はそれを一人でやってのけたと言う。
「たしかに、彼女は女神様のようだな……それで、どちらに行かれたのだ?」
「女神様は公園を出て行かれました。瘴気の穴を塞いでくると仰って」
「瘴気の穴を……塞ぐ?」
「危険ですからお止めください!と申し上げたのですが、大丈夫だと笑顔で行かれました」
人々の治療だけでなく瘴気の穴まで塞ぐなんて、さすがに女神のような彼女でも無理だ。
ライネルは馬に乗り、急いで瘴気の穴がある場所へ向かったのだった。




