吐露
「名を呼ぶ……」
躊躇いがちに私へ申し入れをしたサムさんの先ほどとは打って変わった重苦しい雰囲気に、心がざわめく。
「変なお願いをしてすみません。あなたの声が…彼女に似ていて……錯覚しそうになるのです」
苦しそうに言葉を絞り出しているのが、気配だけで手に取るようにわかる。
「あの……彼女とは?」
声が似ているというその『彼女』は、私の知っている人なのだろうか。
「私の……忘れられない大事な人です」
「大事な人……」
サムさんにとって大事な人なんだ……と思ったら、急に胸が鷲掴みされたような痛みを感じた。
これまでのとは比較にならないくらいの鈍痛に、その場に蹲りそうなるのを必死で堪える。
「彼女…また来てくれたんだって…また一緒にいられるんだって…一瞬でも思ってしまって…そんな訳ないのに」
真情を吐露するサムさんの声は所々詰まり、彼の泣き顔が目に浮かぶようで胸がさらに苦しくなる。私まで泣きそうになる。
「最後の日に渡そうと…髪飾りを注文していたけど…彼女は俺には手の届かない人だと知って…諦めた。それなのに…未練がましくいつまでも持っていて…願い事までしたりして…」
私は布に包まれた髪飾りを取り出すと、小部屋のランプの灯りに近づけた。
女神の間では暗すぎてわからなかった石の色が、今ならはっきりとわかる。
(金の台に、翡翠色の石……)
この髪飾りはサムさんが相手の女性へ贈るつもりだった物なのに、どうしてそれを私の像が持っていたのだろうか。
よく見ると、翡翠色の他に別の色石もある。その色は…………黒と焦げ茶だった。
色を確認した途端、視界が滲んでよく見えなくなった。
これはサムさんが私へ贈った髪飾りだったから、女神Lの像が持っていたのだ。
そして、私が受け取った時点で、もうすでに任務は完了していた。
「別れ際の彼女の涙が気になって…今でも夢に見るけど…夢の中では理由を聞いても答えてくれないし…やっぱり…俺が泣かせたのかな…」
「……私が泣いたのは、あなたのせいではありませんよ」
私が勝手に泣いたのだから、ここはきっぱりと否定しておかなければならない。
サムさんは自分のせいだと感じているようで、申し訳なく思った。
「そうか……ありがとう。多少は、気が楽になった」
それは良かったと思ったところで、ふと、頂いた髪飾りのお礼を言うのを忘れていたことに気づく。
「髪飾りを贈ってくださって、ありがとうございます。とても素敵な物で嬉しいです」
「気に入ってくれたのなら……良かった」
フフッ……とサムさんは寂しそうに笑った。
「あとで、私に着けてくださいね」
「それは、もちろん。さぞかし、あなたの綺麗な黒髪に似合うのだろうな……」
実際にこの目で確かめたかった……と呟いたあと、サムさんは気まずそうに「ゴホン」と咳をした。
「長々とあなたを引き留めて、大変申し訳なかった。こんな茶番に付き合ってくれてありがとう。でも、もうこれ以上は……」
「私も……あなたと一緒にいたいです」
自分でも驚くほど素直に、するりと気持ちが口をついて出た。
「…………」
「また、あなたとご飯を食べたいですし……また、あなたに相談を聞いてもらいたいです……」
「……えっ?」
「会いたかったです……サムさん」
突然、ガタンと椅子がひっくり返る音がした。
私が驚いてビクッとしている間に扉の開閉音が聞こえ、続いてこちら側の扉が勢いよく開く。
「エルさん……どうしてここに?」
椅子に座っている私を驚愕のまなざしで見つめるサムさんへ笑顔を返す。
彼からまた『エルさん』と呼んでもらえたことに、嬉しさがこみあげてくる。
声が震えている彼へ、私は手に持っていた髪飾りを差し出した。
「これは……」
「贈り主に代わって、この髪飾りを相手の方へ届ける任務中です」
私は涙を拭い、キリっとした表情で答えた。