栄治と雪姉
ほぼ3週間ぶりになってしまいました。申し訳ありません。
英治のこれまでとは違う行動に戸惑う雅哉ですが・・・
その日以来、由美乃は家に帰ることなく、雪姉の家から通学するようになった。
「由美ちゃんはいいよな・・・ 雪姉とずっと一緒にいられるなんて、代わって欲しいくらいだよ。」
「栄治、お母さんが入院して大変な中、由美ちゃんを預かっているんだぞ? そんな単純な話じゃないだろ?」
「俺は雅哉と違って頭よくないからな。その辺はよく知らないけど、なんかうらやましいなってことだよ。」
「うん、えーじくんの気持ちはわかるよ。雪姉ちゃん、やさしいから好き。」
「お、俺も、す、好きだぞ・・・」
「栄治、言う相手を間違えてるって!」
「ば、バカ雅哉、こんなこと、本人に言えるかってーのっ!!」
雪姉の家で4人の勉強会を始めることになったわけで、最初の2日ぐらいは緊張の色も見えたが、雪姉が席を外すと、こんな漫才みたいな状況が見られるようになってきた。
「栄治君、何が言えないって?」
「雪姉? もしかして今の聞いてた?」
「今のって何? もしかしてテストでいい点でも取ったの?」
「あ、ああ・・・ くそ、なんでこうなるんだよ!?」
栄治の雪姉に対する空回りっぷりは、これまでのループと同じではあったが、今回の栄治は逃げようとしない点が大違いだった。勉強の方も、これまではまったく結果が出ずに雪姉から見放されていたわけだが、今回はちゃんと結果も出ている。「なんでこうなる」とは言いつつも、テストの点が上がったことについては素直に喜んでいるみたいだ。
「まだ5年生だとはだとは言っても、今のままだと、中学校の勉強にはついていけないからね。隣にまーくんっていう優等生がいるんだから、アタシじゃなくって、まーくんにも教えてもらうといいんだよ、本当ならね。」
雪姉は栄治にはもともと辛辣だったが、成績が上がってもそれは変わらないらしい。だが、そうは言いつつも、手ごたえは感じているらしく、言うほど辛辣かというとそうでもないようだ。
「雅哉は由美ちゃんのことが気になってて、俺なんか眼中にないんだとさ。」
「あら、まーくん、そうなの?」
「そうですね。由美ちゃんも良い点が取れたみたいだしね。」
「へへへ・・・ すごいでしょ?」
由美乃が照れ臭そうにしている。その姿に俺は目を奪われて視線を外せない。
「まーくん、由美ちゃんのこと・・・」
「雪姉、あとここの問題なんだけど・・・」
「しょーがないわね、どれ?」
雪姉が、俺の由美乃への気持ちに気が付いたみたいで、何かを言おうとしたが、それを知ってか知らずか栄治が気を逸らしてくれた。
その日は、その後、特に何もなく解散したが、翌日、いつも通りに栄治と登校しようとすると、由美乃が俺たちを待ち構えていた。
「今日はえーじくんと一緒でもいい?」
栄治なら「女と一緒に登校できるか!」と言いそうだったが、この日は違っていた。
「なんだよ、雅哉と一緒に行きたいってことだろ? 別に俺と一緒がいいわけじゃなくって・・・」
「でも、えーじくんと一緒だと言わないと、京ちゃんたちがついてくるよ?」
「ふん、そういうことなら、勝手にすればいいさっ!」
やはり、今回の栄治はなんか一味違う。そして、その栄治にこんなことを言う由美乃も、俺からしたらかなり変だ。まあ、由美乃の場合は、かわいいから別にいいんだけど。
「まー兄、これなら一緒に登校できるね。」
由美乃には俺の気持ちは何度も伝えていた。そしてその答えがこの言葉だとすれば、やはり俺は間違ってはいなかったと思えた。前の2回とはまったく勝手が違うが、今度こそ、記憶も含めて由美乃と一緒に未来を歩けると信じたい。
* *
1週間後、いつものように雪姉の家で4人で勉強会をしていると、由美乃の母親がやってきた。
「貴方達はちょっと外してくれない?」
このところ、俺と英治が雪姉の家に入り浸っていることは叔父の的場さんから聞いていたようだが、さすがにあのことは俺達には話せないだろう。俺はそれを察して席を外そうとしたが、何故か英治が食い下がった。
「おばさん、確かに俺達には関係ない話なんだろうけど、由美ちゃんに何かがあって、雪姉の家に来ていたってことなんだろ? 学校でもうわさになってるけど、文也が原因って本当なのか?」
マズい・・・ 確かに由美乃と登校するようになってから、登校途中でいろいろ聞いてくる女の子達がいたのは知っていたが、由美乃自身はうまくはぐらかしていたから、そんなにうわさになっているとは思わなかった。まして、それを英治が知っていたとは?
「あら、そんなこと、誰が言ってたのかしら?」
母親はあくまで惚けるつもりらしい。
「どんなうわさが流れているか知らないけど、ちょっとした家庭の事情よ。お世話になった雪ちゃんはともかく、その事情を関係ない貴方達に教えるいわれはないわよ。」
まあ、確かにその通りだ。俺は教えて貰う以前に原因を知っているが、それが万が一にも公になったら由美乃がどんな目で見られるかなんて考えたくもない。
だが、英治は引かなかった。
「文也も由美ちゃんも俺・・・僕達の大事な友達です。それでも関係ないって言うんですか?」
驚いた。英治が、ぎこちないながらも敬語を使うのを初めて聞いた。
「俺・・・いや、僕は確かにまだ子供で、雅哉なんかと比べたら馬鹿に見えるでしょうけど、友達を心配しているのは本当です。根も葉もないうわさをされるのは嫌ですし、軽い気持ちでこんなことを言う奴はぶっ飛ばしてやる・・・やりたいです。」
栄治は、俺に対してはすぐ手が出てきて、低学年の頃は掴み合いの喧嘩をしょっちゅうしていた。まあ、大抵は俺が負かされるというか、逃げていたのだが、翌日になると喧嘩のことなどケロッと忘れているので、俺はまともにやりあうだけ損だと思うようになり、適当にいなすようになった。それに、京子が小学校に上がり一緒に登校するようになると、栄治が俺に手を出すたびに、京子が絡んでくるようになってきたので、手を出される頻度も減ってきた。京子は俺を心配してくれているんだろうが、栄治にとっては口煩い京子が、自分の姉達(栄治には年の離れた姉が2人いた)と重なって感じていたのか、京子がいると例の「女なんかと・・・」発言が出て、その場を離れようとするのだ。
もちろん、そんな栄治の様子は、俺達の中だけでなく、俺達の両親にも知られていて、早い話が、由美子の母親からはあまりよく思われてはいなかったということだ。
「あなたの言いたいことはわかったわ。それでも、このことは簡単に人に話していいことじゃないのよ。それが勝手なうわさになっているとしても、少なくとも貴方達がどうこうできることじゃないのよ。」
「それってどういう・・・」
「私達大人が解決しなくちゃいけない話だってことよ。」
栄治は悔しそうな表情で口をつぐんだ。確かに、真相を栄治が知ったところでどうしようもないだろうし、栄治の口から真相が拡散しないとも言い切れないから、これは仕方のないことだろう。
だが、栄治の言葉に偽りはない。手は出るし喧嘩っ早いが、情に厚い奴だということはもともとの俺自身がよく知ってる。
「でも、おばさんがここに来たってことは、もう解決したっていうことですよね? それなら英治も安心だよな?」
由美乃は雪姉に相談したと言っていた。両親には話せず、俺には当然話せず、やむなく小さいころから気にかけてくれていた雪姉のところに行ったんだろう。雪姉が母親にそれを告げて由美乃を預かり、その間に部屋を分けたり、文也を野球教室漬けにしたりとか、前2回のループと同じ対応をしたということなんだろう。
「え・・・ええ、そうよ。まーくん、まさか貴方・・・」
「いや、普通に考えれば、預けていた娘を迎えに来たようにしか見えませんからね? ということは、万事解決したと、そういうことかなぁと。」
「・・・貴方、なんか小学生らしくないわね?」
栄治は釈然としない表情のままだったが、何はともあれ、母親と一緒に帰っていった由美乃を見送れたことは僥倖だと思った。
「俺、もっと大人にならなきゃな・・・」
栄治のそんなセリフを聞いて頷いていた雪姉が印象的だった。
英治はなんとか暴走せずに済み、由美乃の環境は前2回のループと同じように改善されたようです。このまま由美乃ルートを維持できればいいんですが・・・




