祖父の言葉
ほぼ3週間ぶりの投稿になってしまいました。年末進行を考えれば、思ったよりは早かったとは言えますが・・・
結局その日は、雪姉は登校できなかった。的場さんも来たし、お袋の手伝いもあったので時間的には行けないことはなかったのだが、垂れ流し状態の祖父と何回も接触していたため、そのまま登校できる状態ではなかったからだ。風呂なら俺の家で入れないことはなかったが、当時は洗濯機はあっても乾燥機はまだ一般的なものではなかったし、コインランドリーが普及するのはもう2~3年後の話だ。服を洗濯しても乾くまで待っていたら、それこそ明日になってしまう。
無理をせずとも、2学期の終業式も近いこの時期、高校進学をあきらめてしまった雪姉にとっては、学校を休んだとしても何の問題もありはしなかったのだ。
「アタシはね、お昼休みを生徒会のみんなと過ごすのが楽しみで学校に行ってるようなものよ。」
休憩時間中に自分の仕事を片付け、放課後は母親の病院や祖父の世話など、近くで見ている俺なら、その言葉が紛れもなく今の雪姉の本音であることはよくわかる。そうだな、あくまで「生徒会のみんなと」であり、「俺と」ではないのだが。だが、俺はその言葉を聞いて思ってしまった。雪姉が卒業するまでの2か月ちょっとの間、他の誰よりも一番身近にいる俺が、雪姉のその時間を守らなくちゃいけないんだと。
俺は、お袋にどうしたら雪姉が無事に登校できるかを相談してみた。
「年寄りは、夜寝るのは早いけど、その分早く起きるからねぇ・・・ 雪ちゃんの負担を減らすためには、おじいちゃんが起きるころを見計らって、私らが動くしかないんだろうね。」
もともとの60歳の俺がいた時代なら、少なくとも下の世話については大人用のおむつなどが普通に売っているから、この前みたいなことは避けられるだろうが、この時代では一般向けの商品などはなく、病院などで取り扱っていた程度だったらしい。
「うちのおばあちゃんは、おむつをつけようとするとひどく嫌がってたわよ。プライドみたいなものかしら? だったら漏らしてもいいなんてことにはならないはずなのにね・・・」
うちの祖母の場合は、漏らした汚物を自分で捨てようとでも思ったのか、素手でそれを掴み徘徊していたというからもっとタチが悪かったらしい。動かずにじっとしていたら、布団の中がひどい状態になっていた、なんてこともあったようだ。
「そんな状態だったら、やっぱり目を離すわけにはいかないんだけど、いくら何でも、おはようからおやすみまでってわけにもいかないから厄介なのよね。」
ライ〇ンじゃあるまいし・・・って突っ込んでみたかったが、このキャッチコピーって俺が大学生の頃に始まったものらしいから、それこそ10年早かった。まあ、それはどうでもいいけど・・・
「せめて、雪ちゃんが卒業するまでの間は、僕が何とかするよ。こんなになってしまっても、一応、僕の親父だからね。」
的場さんも仕事があるし、簡単ではないだろうが、雪姉一人に苦労させるのはあまりに理不尽だから、ここは的場さんの言うことに素直に従ってもらうよりないだろう。
「雪姉、どうせ高校行かないからって、残りの2ヶ月間休むっていうのは駄目だよ。できれば今からでも高校目指して欲しいくらいだしね。」
これは本音だ。雪姉のなら、おそらく公立高校なら問題ないはずだ。だが、雪姉の決心は固いようだ。
「まーくん、ありがとう。それなら、あと2ヶ月は頑張らせてもらうから、よろしくね、」
そう言って笑った雪姉の顔に、俺はドキッとしてしまった。なんだこの感情・・・
* *
そのまま冬休みに入ったが、雪姉にとってはいつもとそう変わらず、祖父の介護と入院中の母親の見舞いに明け暮れていた。俺は、雪姉が楽しみにしていたという生徒会メンバーとの昼休みを維持すべく、冬休み中、他のメンバーを弁当持参で集合させることにしたのだが、学校以外の適当な場所はないので、いつも通り学校の生徒会室を使うことになった。もちろん冬休み中にもクラブ活動はあり、生徒会メンバーが登校せざるを得ない状況があったから問題はないのだが、学校に来てしまうと根がマジメなこともあってか、いつも通りに仕事をこなそうとしてしまうので、それでは元も子もない。
「3年生なんだから、雪先輩は仕事しなくていいんですよ。」
俺が言っても聞かないから、俺は恵理子に事情を話して雪姉に仕事をさせないようにした。
「それじゃ、アタシのいる意味ってなくない?」
「いいんですよ。会長命令なんですから。」
「まーくんが?」
「弟さん、姉さんを元気づけようと頑張ってるんだから、素直に受け取ってあげればいいんですよ。」
それでも、夏休みの頃からすれば時間管理が徹底されているから、大きな負担ではない。強いて言えば、冬休みになれば、俺との時間が増えると思っていた由美乃の期待を裏切ってしまったことぐらいだ。だが、由美乃も的場さんから雪姉の事情を聞いていたようで、それを責める様なことを言いはしなかった。だが、雪姉の祖父の具合がだんだんと悪化し、それに比例して俺やお袋が関わる時間が増えていくことになり、俺がこれまでの様に由美乃の部屋に入り浸る時間が減っていった。そして、その時は唐突に訪れた。
* *
その日も例によって祖父の粗相の後始末をした後、雪姉は風呂に掃除を兼ねて入り、お袋は夕飯の準備で早々に退散したが、俺は少し疲れていたのか、おとなしく寝ている祖父の横で転寝をしてしまったようだ。
「雅哉君、いつもすまないね。」
その声で我に返り、体を起こして声のした方を見ると、雪姉の祖父が正気を取り戻した表情で俺を見ていたのに気付いた。
「いつも雪ちゃんを助けてくれてありがとう。君がいなかったら、あの娘は正気じゃいられなかったはずだ。迷惑をかけているわしが言うのもなんだが、本当に感謝してるよ。」
「あれ、おじいさん、正気に戻ったんですか?」
「残念だけど、長くは続かないと思うよ。正気のうちに言っておきたいと思ったからね。」
「雪姉を呼んできます!」
祖父は、雪姉を呼ぼうと立ち上がろうとした俺の左手を掴んで、それを制した。
「もう時間がないんだ。わしが感謝していることは君から伝えてくれればいい。」
「時間って・・・?」
「あと、できれば、わしのお願いを聞き入れてはもらえないだろうか?」
「お願いって・・・?」
「もうすぐわしはいなくなる。あの娘の・・・ 雪子のことを君に任せてもいいだろうか?」
いなくなるって、どういうことだ、と言い返したかったが、元々の俺は祖父がもうすぐ亡くなることを知っているので、何も言えなかった。しかも、それを自分でもわかっていながら、孫娘の将来を俺に託したいと言うのだ。この老人の願いを無下に断ることなど俺にはできなかった。
「わかりました。お約束します。」
「ありがとう・・・」
そのまま、祖父は再び眠りについた。俺は、その傍らで再び転寝をしたようで、次に気がついたのは、俺を起こそうとした雪姉の声を聞いた時だった。
「まーくん、こんなところで寝ちゃ風邪ひくわよ!」
「あ、あれっ? 俺、また寝ちゃってた・・・って、雪姉、何してんのさ?」
俺は祖父の寝ているすぐ横に仰向けで、両手を枕代わりに頭の下に入れた格好で寝ていたのだが、雪姉はその俺の下腹部あたりに跨がり、両手で俺の両手を押さえていたのだ。いわゆるマウントポジションってやつだ。
しかも、風呂上がりの雪姉は、大きめのタオルを身体に巻いただけの半裸状態・・・
「雪姉、なんて格好してるのさ! 風邪ひくからちゃんと服着なよ!」
「この部屋はおじいちゃんが寒くないように暖めてあるから大丈夫よ?」
「ゆ、雪姉、俺が大丈夫じゃないよっ! どうして俺の上に乗っかってるのさ?」
「こうするためよ。」
雪姉の顔が近づいてくる。マウントポジションを取られ両手を塞がれているとは言え、所詮は15才の女子の力なら抗うこともできただろうが、雪姉からはいつも以上にいい匂いがするし、顔を赤らめながら不安げに俺を見ているその表情を見たら、とてもそんな気にはなれず、俺は雪姉の唇を受け入れてしまった。その瞬間、由美乃の顔が浮かんだが、俺はそれでも雪姉を突き放せなかった。
雪姉の現状を見て見ぬ振りができずに祖父の介護を手伝っていた雅哉でしたが、雪姉からのアプローチが減っていたこともあって、突発的な雪姉の行動に対処できません。1回目のループでもそうでしたが、女の子の方から積極的に迫られるという経験がないだけに、いくら中身が60才でも抗えないのも無理はない?
2回目のループは失敗ということになるのか否か・・・




