由美乃
直接的な表現は避けたつもりですが、タイムリープ前(50年前)の場面で、7才(小学2年生)の女の子にいたずらするシーンが出てきます。苦手な方はご遠慮ください。
もちろん、タイムリープ後の(60才の)雅哉は(いくら身体が10才だとしても)そんなことはしませんが・・・
いくら小学校から中学校に上がって行動範囲が変わったとは言え、それだけで幼馴染み達との接点がなくなった、なんてのは、どう考えても不自然だ。60才の俺が50年前の状況をよくよく思い返してみると、やはり、すべては俺の自業自得だと、あらためて気がついた。
京子の場合は、俺自身にそのつもりはなかったとしても、結果として京子を避けるよう行動していたわけだから無理もない。それに、これまでさんざん京子の俺に対するアプローチを見てきた初美が、まさか俺が自分のことを好きで、胸が苦しくなるから近づかない様にしていた、なんて考えるわけもない。京子のアプローチにウンザリして避けていたと考えられるのが自然だろう。
由美乃の場合はあのことがあったため、文也抜きで由美乃に会うのはあの頃の俺にはハードルが高かった。だから、中学生になったことで文也との接点が減ったことを言い訳にして逃げていた結果、由美乃は男性不信になり、その後の男運のなさに繋がった・・・と考えられないだろうか?
「俺って最低最悪な奴だったな・・・」
だが、こうして10才の頃からやり直せるチャンスが与えられた。どう行動するのが正しいか、誰とやり直すべきなのかは正直よくわからないが、60才の俺なら最善とは言えずとも関係を修復できるように思う。社会人としての40年近い経験は必ずプラスになるはずだ。
* *
まず、由美乃とのことをどうするかが問題だ。60才の俺の記憶だと、たしか夏休み前にあのことがあったはずだが、タイムリープ直後の今から数えると、もう2~3日後ぐらいではないかと思う。俺はどうするべきなんだろうか?、あのままあれを繰り返すのか、それとも、もっと踏み込むべきなのか・・・
考えがまとまらないうちに、どうやらその日が来たようだ。確か、その1日前に前兆とも言えることがあったから・・・
その日、いつものように栄治と文也と3人で三角ベースをやっていた時に、由美乃が乱入してきたのだ。ちなみに、三角ベースとは、要するに野球なのだが、3塁がなく、1塁と2塁とホームだけにして少人数でできるようにしたものだ。俺たちの場合、3人しかいないので、投手と捕手に打者1人という構成になってしまい、当然、ランナーが出ても次の打者がいないから、投手の頭を超えたらホームランというルールにせざるを得なかった。それってベースもいらないじゃん、とは言われたが、まあ、そんなことはどうでもいいのだ。ちなみに、家の前の道路上で遊んでいたため、近所の窓ガラスを割らないように、球は柔らかいゴムボールだったし、バットは使わず拳を握ってそれを振り回していた。
由美乃が一人で乱入してくること自体はそう珍しいことではなかったが、いつもだと球拾いぐらいしかさせない文也が珍しく「打ってみろ」と言ってきた。栄治はそれが面白くなかったのか、家に帰ってしまったので、俺が捕手役になった。由美乃は小さい手で拳を握り、文也の投げたボールを打とうとしたがすべて空振りしていた。その様子が、なんか可愛くって、おもわずにやけてしまったのだが、それを見た文也が不機嫌そうに俺にこう言ったのだ。
「まーくん、由美は俺の妹だからな!」
そして、由美乃を後ろから抱き上げて、あろうことかその股間に手を伸ばし、撫で始めたのだ。
「俺の妹だから触る。」
「なによ、だったら私だって触るわよ!」
今度は由美乃の方が文也の股間を摘まむように触っていた。50年前の俺は、それを見て少なからず衝撃を受けたのだが、今回は知っていた分、妙に冷静になれた。おそらくこれは、文也が始めたことであって、由美乃はわけがわからないまま文也の言うとおりにしているだけなんだと、今になってようやく理解できた。50年前の俺は、それに気づかないどころか、自分がやってしまったことだけを覚えていて、そうなったきっかけということをまるで考えようとはしていなかったのだ。
その2日後、その日は雨が降っていたが、下校したら一緒に遊ぼうと文也達と約束していた俺は、先に帰って文也の部屋で待っていた。文也の家には文也の父が経営している工場が隣接していて、玄関を入ってすぐに社員食堂を兼ねた大きな部屋があり、その奥の階段を上がった先が文也達の部屋になっていた。文也と遊ぶ時には俺が先にこの部屋で待っていることが多かったのだ。
部屋は個室ではなく由美乃と共用していて、二段ベッドがあり、文也は下を使っていたので、俺も下に寝転んで帰りを待っていた。
だが、その日は雨で外では遊べないからと、上の段に由美乃がいたのだが、俺は全然気がつかないまま、いつの間にか寝てしまっていたが、由美乃に起こされた。
「まー兄、まー兄っ!」
確か、あの時、由美乃に初めて「まー兄」と呼ばれたんだな。おそらく、由美乃が文也と俺のことを話す時に、俺のことをそう呼んでいたのが文也には面白くなかったのかもしれない。それで、俺に対して、「由美乃は俺の妹だ」という発言になったのだろうと気がついた。そうだとすれば、俺が由美乃と二人きり、という状況はマズいかもしれない。そう思って、その場を離れようとしたが、由美乃に引き留められて、そのまま2人で遊んで待っていようということになった。そして、ふと2日前のことを思い出してしまった。
「ねえ、由美ちゃん、文也とはいつもあんなことしてたの?」
「あんなことって・・・? ああ、触りっこ?」
「文也って、意外とスケベなのな。」
「うーん、でも、いつもやってるわけじゃないよ。たまにだよ、たまに。」
由美乃はそう言って笑っていた。そこまでは50年前と同じだったが、俺はそこから前とは違うことを口にした。
前の時は、「俺のも触る?」と言ったことから、俺と由美乃の間で「触りっこ」が始まったのだ。だが、調子に乗った俺は、「ちょっと脱いで見せてみてよ」などと言ったり、ぱんつの中に直接手を入れようとしたりして思い切り拒否されたのだ。だが、俺が何度も謝ったことで、「触りっこ」をしたことは文也にはもちろん、誰にも言わずに2人だけの秘密にしようということになったのだ。
「ちょっと怖かったけど、まー兄だからもう平気だよ?」
俺はそう言われて嬉しかったことを覚えている。だが、それ以降、由美乃と2人だけで会うことはなく、そのまま現在に至ったというわけだ。
今回の俺は、「触りっこ」を再現するのではなく、こうなった原因を追求しようと考えた。
「由美ちゃん、本当は嫌なんだろ?」
俺がそう言うと、由美乃の表情が変わった。笑顔が消え、その瞳から涙が溢れ始めた。
「う・・・うん、本当は、嫌・・・ あんなこと、し・・・したくない・・・」
俺は黙って由美乃を抱きしめた。50年前の俺には、由美乃を抱きしめる機会などはなかったし、本当にいいのかという気持ちもなくはなかったが、60才の俺には泣いている女の子をそのまま放置することができなかった。
「由美ちゃん、文也はもしかして、毎日、ああいうことをしてくるんじゃないのか?」
俺とて、文也のことは言えない最低野郎だ。由美乃と「触りっこ」をしたその日の夜から、ほぼ毎日のようにそのことだけを思い出していたのだ。その背景に何があったのかを考えることなく。そして、今の由美乃の涙を見て、由美乃は男運がないのではなく、俺達2人のせいで男性不信になっていたんだと痛感したのだ。
「由美ちゃん、もうそんなことをしなくていいように、俺が何とかするから。絶対何とかするから、俺を信じて待っててくれないか?」
泣きながら、由美乃は頷いた。落ち着くのを待ってから、俺はその場を離れ、文也と由美乃の祖母がいる、「お前たちは絶対入っちゃいけない」と言われていた食堂の2階にある部屋に向かった。
俺は、入るなと言われたのにその部屋に入ったことでひどく怒られたが、文也と由美乃の話を彼らの祖母になんとか聞いてもらい、その日のうちに、母親が現場を押さえ、その後2人は部屋を別々にされたとのことだ。それ以降、俺と栄治は文也と一緒に行動することがなくなったが、由美乃自身は以前と同じように京子たちと行動し、そこに俺が合流することで、由美乃との接点は以前のまま保たれていた。
「まー兄、ありがと。」
京子たちの隙を見て、由美乃がそっと耳打ちしてきた。母親から俺が祖母に話をしたことを聞いたらしい。ただ、事が事だけに、今後は俺とも関わりを持つなと言われたようだが、それだけは頑として聞き入れなかったようだ。
ただ、この一件以来、京子のアプローチを由美乃が妨害するような状況が発生し、そのたびにどちらを立てるべきなのか、なんとも悩ましい事態になってしまったのは・・・仕方ないのかな。
このお話は、作者の実体験に基づく、と活動報告の方に書きましたが、文也が妹を「触った」ことや、雅哉と由美乃の「触りっこ」については、いくらかの誇張が入っていますのであしからず・・・
雅哉と由美乃の関係性を現実のそれよりも強化するために「事件」が必要だったので、こういう話になりました。現実の文也には少し申し訳ない気はしますが・・・