玉虫色
2週間に1回のペースも守れなくなっていますが、なんとか9月中にもう1本、と思っていました。(最初から不定期、とは言ってましたけどね)
雪姉の猛アタックにどこまで耐えられるか、というところです。
由美乃が席を立ったのを横目で見ながら、雪姉は俺の背後から両手を広げて、俺の目の前に社会科の教科書を広げて見せてきた。まるで、由美乃の後は追わせないというかのように、左右を両手で塞がれた。その体勢だと雪姉の胸が俺の背中に当たる。由美乃の家にある業務用の大きな扇風機があるとは言え、真夏の暑さだ。雪姉の胸が直接当たっているような感触・・・ この状態から逃げ出すのは至難の業だが、ここで由美乃を追いかけないと終わってしまうような気がしたので、俺は必死にあらがおうとした。
「確かに得意じゃないけど、中間じゃ満点だったし、別に教えてもらうことなんかないよ!」
「あら? 期末テストで国語と社会の点数が大幅に落ちたって聞いたわよ? それとも、わざとやったとでも言うの?」
雪姉が俺に密着したまま、横から俺の顔を覗き込んできた。以前、的場さんが雪姉に、俺が未来から来たと思っている、と話していたが、雪姉もそれを確信しているような話し方だ。由美乃はこの場にはいないが、健太達がいる前でこの話を続けるのはマズいし、何よりも由美乃を追いかけないといけない。
「悪いけど、ちょっと離してよ!」
俺は強引に雪姉の腕を振りほどいて由美乃を追いかけた。由美乃の部屋は、母親の仕事部屋でもあるから、鍵をかけられることはない。ドアをノックすると、中から母親の声がした。ちょっと気まずいが、そんなことを気にしている場合じゃない。
ドアを開けると、由美乃が泣きそうな顔をしてこちらを見ていた。
「由美ちゃん、何があったの?」
母親が由美乃に問いかけると、由美乃は俺の胸に飛び込んできて、泣き出した。俺は何も言えず、そのまま由美乃が泣く止むまで、頭を撫で続けた。
「まーくん、女の子を泣かしちゃダメだよ!」
まさにその通りなんだけど、こういう時って、どうするのが正解だったんだろう?
「まあ、何があったかなんて別にどうでもいいわね。由美ちゃん、まーくんはちゃんと追いかけて来てくれたんだから、それが答よ。」
由美乃の母親にはお見通しだったみたいだ。もし、俺が雪姉の色香に負けて追いかけてこなかったら・・・
「もし、まーくんが来なかったら、私がそっちに行ったわよ。」
「へっ?」
「的場さんから、雪ちゃんの気持ちは聞いてたけど、それくらいで落とされちゃうなら、私の見込み違いってことになるからね? そんな子に娘を任せられるわけないでしょ?」
これはアレだ、顔は笑っているが、目は笑っていないってやつだ。むしろ、もっと早く来なさいよ、と怒気すら感じる。
「言ったじゃないですか? 由美ちゃんは俺が守るって!」
俺も目一杯のスマイルを母親に向けた。もちろん、目では「俺を信じろ」と思念を込めたから、母親の方からも目は笑っていないと感じられたのではないかと思う。
だが、俺の中では安堵する気持ちの方が強かったのも事実だ。いくら中身が60才のおっさんでも、身体は普通の男子中学生だ。豊満な雪姉の身体を押し付けられたりすれば、否が応でも反応してしまうのは致し方ない。由美乃の部屋に入ろうとした瞬間の緊張感がそれを元に戻したから良かったが、万一そうでなかったら・・・
「コントロールなんて、できるのかよ・・・」
* *
その日の勉強会は、そのままお開きにした。雪姉に振り回された分、由美乃の宿題を見てやれなかったので、家庭教師をするためだ。もちろん、母親がいるので、由美乃と二人きりになれるわけではない。なんだかんだと文句はつけられたが、健太達が帰ったので、一人だけでその場に残るわけにもいかず、雪姉もその場を離れてくれた。
だが、明日以降、勉強会をどうしたらいいだろうか? 雪姉に対して、今日みたいなことをしたら出入り禁止にする、と言えればいいのだが、勉強会の場所は由美乃の家の工場内の食堂だ。工場関係者の的場さんの姪で、由美乃の面倒を見てくれたこともある雪姉を出入り禁止になど、そもそもできやしないのだ。
なら、場所を変えるか? 当初の参加者は俺と由美乃を入れて5人だったが、工場の食堂以外に5人が入れる適当な場所がない。俺や健太の家だと、せいぜい2~3人がいいところだ。言い出しっぺの俺が言うのも何だが、勉強会そのものを取りやめてしまおうか? その場合、由美乃の家庭教師だけを続けることになり、あまりにあからさま過ぎるが、母親が協力的なので、それでも問題ないのかもしれない。
「由美ちゃん、勉強会、しばらくやめようかと思うんだけど、どうかな?」
「えっ!? どうして?」
「夏休み中でも生徒会活動が思いの他忙しくて、時間が作れないからだよ。」
由美乃に本当の理由を告げるのは憚られた。雪姉のことを理由にしてしまうと、由美乃にとっての雪姉が完全に悪役になってしまう可能性があったからだ。俺のことを抜きにすれば、雪姉は由美乃の姉的存在だから、そういう関係性を失うのは不本意だと思ったのだ。
「嘘でしょ? 雪姉ちゃんと中学校で一緒にいる時間を増やすためじゃないの?」
その言葉を聞いて、俺は自分の考えが浅はかだったことを悟った。由美乃との時間が大切だからこそ、勉強会という口実を作ったのだから、それを止めてしまうということは、由美乃との時間を否定するということになりかねない。俺は自分の言動が矛盾していることに気がついていなかった。
「由美ちゃん、それは違うよ。お母さんが味方になってくれるから、勉強会なんて口実はいらなくなったってことだよ。由美ちゃんの家庭教師はこれまで通り続けるって言うか、その時間だけは譲るつもりはないって話なんだけど?」
「まー兄?」
「うん?」
「なら、どうして毎日来てくれないの?」
・・・わかっている。由美乃は一途に俺を思ってくれていて、夏休み中なら、毎日会えると楽しみにしてくれていたのだ。それがいざ夏休みに入ってみれば、普段と変わらず、毎日どころか、1週間に1~2日程度しか会えない上、雪姉が着いてくるようになったのだ。そして、雪姉のあからさまな誘惑に心を揺らしている俺・・・ 由美乃が俺の言葉を信じられなくなったとしても不思議じゃないのだ。
だが、俺は自分の考えを否定されたことが受け入れられず、つい、声を荒げてしまった。
「俺だって、毎日由美ちゃんに会いたいよっ!」
そう言って、俺はふと思い至った。俺は何故由美乃と口論しているんだろう? 相手はまだ9歳の女の子だぞ? 対する俺の中身は60才を超えた大人だ。感情的になって良い訳はない。俺は何のためにここにいる? 俺は誰のためにどうしたいんだ? それを履き違えてはいけない。
「大声出してゴメンね。今のままじゃダメだってことはちゃんとわかってる。絶対何とかするから、それだけは信じてくれないかな?」
そう言って俺は、由美乃の両手を握って、由美乃の顔を覗き込んだ。由美乃の両目からは涙が溢れている。女の子を泣かしちゃダメだって、さっき母親に言われたばかりなのに・・・
「えーと・・・ なんか悪いんだけど、貴方達、ここに私がいるってこと、完全に忘れてるでしょ?」
「「あっ・・・!」」
「・・・ちょっと席外してあげようか?」
「あっ、はい・・・じゃなくって、なんかすみません。」
「冗談よ?」
「えっ? そうなんですか?」
「ぷっ・・・ ふふふ・・・」
由美乃が堪えきれないという感じで笑い出した。それを見て、俺も声をあげて笑った。由美乃の母親も今度は表情だけでなく目も笑っていた。そうか、何も取り繕うことはなかったんだな。俺が思ってることをストレートにぶつけないと、由美乃は安心できないんだってことにあらためて気づかされたよ。
そして、それは雪姉に対しても同じだ。俺は自分の気持ちを雪姉にはっきりと告げなくてはいけない。決して玉虫色で誤魔化すなんてことはしてはならないのだと悟った。
普通の男子中学生なら、間違いなく落ちている状況ですから、やむを得ないとは思いますが、中身が60才だとすれば情けないとしか言えない話でした。(笑)
次回で結論が・・・出るかな?




