宣戦布告
またしても3週間ぶりになってしまいました。ごめんなさい。
雪姉に右手の自由を奪われ(?)文字通り引き摺られるように家の門を出ると、そこには明らかにご機嫌ナナメの英治がいた。どうやら英治の視線は俺の右手・・・いや、雪姉の胸元に向けられているようだ。
「てめー、ま、雅哉、雪姉に何させてやがるっ!」
何をさせてると言われても、右手を完全に極められてしまってるんですが・・・ 別に雪姉の胸の感触が気持ちいいから振りほどけない、というわけではないのですよ・・・たぶん。
「英治君、まーくんは叔父さんに頼まれて連れていくだけよ。まーくんってば、アタシから逃げようとするから、思いっきりしがみつくしかないじゃない?」
雪姉が俺の右手をさらに強く抱え込んでくるので、ますます胸の感触が・・・ いや、マジ、今が冬でよかったよ。これが夏場だったら、裸に近い感触になってしまうので、英治の前だとて理性を保つのが難しくなる。
「わざとだろ?」
「どうしたの? 英治君?」
「雅哉・・・ お前、俺の前で、わざと雪姉に抱きつかせて、俺の反応を見てるんだろ?」
英治は何を言ってるんだ? だいたい、わざと抱きつかせるって、たかが小5のガキにそんな芸当ができるわけないだろうが。
「英治、この状況、俺の意思なわけないだろうが!? 俺は家でゆっくりしたいのに、強制的に連れ出されたんだから・・・(ぐちゃ)」
何故か英治はショートケーキを乗せた皿を持っていて、俺の顔面にそれをぶつけてきた。
「バカヤロー!! 雅哉なんかケーキに溺れて死んじまえっ!!」
なんで俺が・・・
「あらあら、英治君行っちゃった・・・ ちょっとからかいすぎたかな・・・ でも最近の英治君って、アタシの邪魔ばかりしてるから、ちょうどいいクスリかもね・・・」
「雪姉・・・ 手を離してくれよ。それとも、顔をケーキまみれにしないと参加できないってルールでもあるのかい?」
「わかったわよ。顔を洗ったら、ちゃんとアタシについてくるのよ?」
「・・・・・」
まあ、お袋が既に俺がいない前提で準備を進めてしまってるから、参加しないと晩飯を食いそびれるだろうし、英治にここまでされては、俺としてもせめて由美乃の顔を見なくては、なんか元が取れない気分だし。雪姉にどんな思惑があるか知らないが、乗ってやろうじゃないかという気になっていた。
* *
「雪ちゃん、遅かったね。何かあったのかい?」
俺達が会場、工場の休憩室に入ると、待ち構えていたのか、的場さんがすかさず声を掛けてきた。
「ちょっと英治君がね・・・」
「うーん、彼を誘えないこともなかったけど、あまり招待の範囲を広げるのもなぁ・・・」
英治が少しでも話を聞いてくれたら、俺と同行してもらうことも考えなくはなかったのだが、今さら後の祭だ。
「それで、俺に何か用でも?」
「いやいや、なんか雅哉君、めちゃくちゃ機嫌悪くないか?」
「雪姉が英治を煽るから、俺が顔面にケーキをぶつけられたんですよ。そんなことされて、上機嫌になる人がいるなら、是非会ってみたいものですよ!?」
「まー兄、大丈夫?」
由美乃が俺に気がついて、こちらにやってきた。パーティーだからなのか、かなり可愛い服に着替えていたので、俺は声を出せずに視線が釘付けになってしまった。
「まー兄?」
由美乃が上目遣いで俺の表情を窺う。あっ、これ、ダメ押しだ。俺は思わず由美乃を抱き締めようと両手を前に出そうとしたが、すかさず、雪姉がまた俺の右手を抱え込んできた。
「こらこら、まーくん、今何しようとしたの?」
「雪姉? 離してくれよ!」
「雪姉ちゃん、邪魔しないでよ・・・」
うん? 2人とも、俺が今何しようとしたかわかってたよね? まあ、こういう場で由美乃に手を出したらいろいろマズいことはわかるから、雪姉が止めに入ったのは正解なのかも知れないが、雪姉が右手を、由美乃が左手をそれぞれ抱え込んできたので、女子2人が俺を取り合っている構図が生まれてしまった。これ、余計に目立つんじゃ?
「いやいや、また君か・・・ いったい何をしに来たのかな、雅哉君?」
由美乃の父親が、文也を連れてこちらにやって来た。なんか、ますます面倒なことに・・・
「おじさん、今日はご招待ありがとうございます。」
一応、最低限の礼は尽くさないとね。
「うーん、招待した覚えはないが・・・ どうせ的場さんが連れてくるよう雪ちゃんに話したってところかな? まあ、別に構わんが・・・」
「雅哉、久しぶり。」
由美乃の件で俺を未だに警戒している父親の対応は、まあこんなもんだろうとは思ったが、文也がまっすぐに俺を見てこう言ってきたのには少し驚いた。今回は文也を告発したのは俺ではないが、文也が妹を取られたくないと思っていたのは間違いないので、俺の左手にしがみついている由美乃を見て、嫌な顔の一つもするのかと思っていたからだ。
「文也、お前最近見なかったけど、野球漬けになってるって本当か?」
我ながら白々しいとは思ったが、由美乃のことに触れたくなかったので、わざと野球の話を振ってみたのだ。思惑通り、そこから野球好きの工員やサークル仲間が話に加わってきたので、隙を見て俺は話の輪の中から抜け出した。
「由美ちゃん、大丈夫かい?」
あの件以来、部屋はもちろん、食事の場所も別々にされていて、文也が由美乃と顔を合わせることはほとんどなくなっていたらしいのだが、それでもたまにこうして兄妹が遭遇すると、由美乃は極端に不安定になってしまうようだ。普段は母親がフォローするのだが、今日は接客で忙しく、由美乃は事実上ひとりで放置されていた。そこに俺がやってきたというわけだ。
由美乃は俺の左手にしがみついたまま少し震えていた。それを見ていた雪姉は俺の右手を離してくれたが、この場で抱き締める度胸はさすがになかったので、俺は右手で由美乃の頭を軽く撫でた。それだけでも落ち着けたようだ。
「まー兄、ありがとう・・・」
的場さんは、この兄妹の間に何があったかまでは話していなかったようだが、雪姉はどうも、ある程度の事情を知っているみたいだった。
「雪姉、まさか、このために俺を呼んだの?」
「だって頼まれたんだもん、仕方ないでしょ?」
雪姉がふくれっ面になっている。
「おばさんが今日はずっとは見ていられないからって、アタシに由美ちゃんを見てやってくれって頼んできたのよ。アタシだって、由美ちゃんが嫌いなわけじゃないから、それは別に構わないんだけど、それならもっと適役な子がいるじゃないって、叔父さんからまーくんを連れてくるよう言われたのよ。」
的場さんはあの都電の写真を撮りに行った時の帰りの車内で、既成事実を作ってしまえと雪姉を唆していたが、今の由美乃の状態を見たら、それどころではないと思ってくれたらしい。
「でも、勘違いしないでよ? 由美ちゃんだって、いつまでも小学生のままじゃないし、由美ちゃんを守れるのはまーくんだけとは限らないんだから。」
「それって、どういうこと?」
「それくらいアタシに言われなくても、今のまーくんならわかるでしょう?」
確かにわかる。これは宣戦布告だ。
「今はまだ何もしないわよ。今は・・・ね。」
その雪姉の言葉を聞いた由美乃が、俺の左手をさらに強く抱え込んできた。
「大丈夫だよ、由美ちゃん。」
俺は右手を由美乃の背中に回した。左手は由美乃に抱えられたままだから、正面から由美乃を抱き抱える形になる。皆に見られるのは承知の上だ。
「由美ちゃんは、俺が守る。」
俺がそう言い切ると、周囲から歓声が上がった。
「ありゃ~・・・ 雪ちゃん、煽りすぎだよ。こうなると、さすがの僕でもフォローできないよ?」
的場さんが何か言ってるが、別に関係ない。だが、ここまでやっても未来が確定したとは見なされなかったみたいだ。あの声の主には、これでもなお俺が雪姉に転ぶ可能性があると思われているのだろう。それならそれでいい。ここからは、もしかすると雪姉に対してはひどい仕打ちをすることになってしまうのかもしれないが、60才に戻されるまで、由美乃との時間をできる限り長く持つことの方が俺にとっては重要なのだから。
雪姉が由美乃の現状に理解を示しつつも、静かに雅哉に「宣戦布告」をしますが、雅哉も負けてはいません。ですが、この時期の数年というのは実に多感な時期ですから、自分でも転ばないとは限らないのではと、疑心暗鬼になっていることは否定できない雅哉です。次回は今回より少し時間が過ぎたところからとなります。




