2度目のファーストキス
タイトルがネタバレですね。(笑)
次の日、登校の際に、お互いが給食当番ではないことを確認し、俺は由美乃に待ち合わせ場所を伝えた。
「体育館裏のコークス置き場?」
「そう、コークスは日直が朝に取りに来ることになってるから、昼休みに来る生徒はほとんどいないよ。」
今はもう12月だ。だから俺の誕生日が来たわけだが、要するに、暖房が必要な時期になってきたということだ。当時の暖房は、各教室に一つずつダルマ型のストーブが設置されていて、コークスはその燃料だ。今思うと、安全性という点でどうなのか、と言いたくなるようなものだった。実際に、換気不十分で一酸化炭素中毒になるような事故もあったと聞くし、着火するのにコツがいるので、低学年の教室には、高学年の生徒が火をつけて回ったりとかしていたらしい。
「でも、コークスの近くじゃ、なんか嫌かも。」
「別にコークス置き場でってわけじゃないよ。あそこには体育館の舞台袖への入口があるんだよ。」
そして、体育館の舞台袖への入口には鍵がかかっていたが、これは丸型のダイヤル式南京錠で、俺はその番号を知っていたのだ。実は、もともとの俺が小学6年生の時、卒業式の準備で舞台袖に入る必要があったのだが、その時に番号を担任の先生から教えてもらっていたからだ。
舞台側からの入口は普段は中から鍵がかけられていることも知っていた。つまり、入ったらすぐに内側から鍵をかけてしまえば、密室が出来上がるという寸法だ。
「普段は、雨の日に朝礼や体育の授業をやるくらいだから、晴れてさえいれば、体育館に近づく生徒はそうはいないよ。今日はいい天気だしね。」
このことを健太や他の女の子たちに聞かれては元も子もないから、俺は由美乃の耳元でできるだけ小さな声で呟いていた。
「お前ら、何コソコソ話してるんだよ?」
健太が織達の様子を伺っていたが、話の内容までは聞こえていなかったみたいだ。
* *
給食が終われば好きに遊んでいい、とは言っても、食べずに飛び出す馬鹿がいるから、そこはしっかり担任の目が光っている。他の学校はどうか知らないが、うちの学校は担任の先生も一緒に教室で給食を食べることになっていた。残さず、しっかり食べないと、教室から出してもらえないのだ。
そうだ、給食と言えば、俺には嫌な思い出がある。
「残さず、しっかり食べる」ことをしないと、遊びに出るどころか、食べきらないと、先生が次の授業にまで、残した給食を片付けさせないのだ。俺の場合、キュウリが苦手で、無理にでも食べないと、放課後もそのまま放置され、泣いても喚いても帰らせてくれなかったのだ。
まあ、好き嫌いはダメというのはわかるが、アレルギーとかだったらどうするつもりだったのかと、60才になった俺には、このやり方はいまだに納得できないのだが、まあそれは別の話だ。
今日の給食は、当然、10分で完食。もっとゆっくり味わって食べなさい、と文句を言われたが、もはや先生の話など聞いていられる心境ではなかった。
それでも冷静に、文句をつけられない様に後片付けも無難にこなし、20分が過ぎたのを確認してから俺は教室を出た。
コークス置き場に着いた時には由美乃の姿はまだなかった。もしかすると、同級生に引き止められているのかもしれない。結局、10分ほど待たされたところで、由美乃がやってきた。
「まー兄、ごめん。さっちゃんがなかなか離してくれなくて・・・」
「気にしなくていいよ。来てくれただけで嬉しいし。」
俺はあらかじめ鍵を開けておいた舞台袖の入口に由美乃を先に入れ、扉を閉め内側から鍵を掛けた。舞台側への入口が施錠されているのは確認済みだ。これで由美乃と2人きり、20分程度の時間だが、誰にも邪魔をされる心配はない。
だが、鍵を掛けた後、由美乃の様子が何かおかしくなった。
「由美ちゃん?」
声をかけても反応がない。目が泳いでいて、視界に俺が入っていないかのようだ。思わず俺は、由美乃の方に手を伸ばしたが、その手を避けるように後退った。
「もうやだよ・・・ 文兄・・・ 許してよ・・・」
そうか、由美乃が部屋に立てこもった時に気が付いたのだが、文也はあの部屋に細工をして、外から開かない様にした上で、由美乃に・・・
当然、場所は違うし、一緒にいるのは文也じゃなくって俺なんだから、状況は全く異なるのだが、由美乃からしたら、密室に男と2人きりになっているというだけで、嫌なことを思い出してしまったということなのだろう。俺は、由美乃の心の傷に配慮せず、自分の欲望だけで追い込んでしまったことを激しく後悔した。
「由美ちゃん、何もしないから落ち着いて。」
咄嗟に俺はそう言うと、床に寝転んで大の字になった。すぐに扉を開けて由美乃を外に連れ出せばいいかとも思ったが、ヘタに手を出そうとすれば、余計に思い出させてしまうだけだ。なら、あの時と同じように、俺が寝てしまえば良いのだと思った。俺は寝ころんだまま目を瞑り・・・いや、薄目を開けつつ寝たふりをして由美乃の様子を伺った。
由美乃は、しばらく寝ころんだ俺を不思議そうに見ていたが、俺が文也ではないことを思い出したかのように、ゆっくりと俺の方に近づいてきた。
「まー兄?」
その声を聴いて、由美乃が正気を取り戻したことを悟ったが、俺はそのまま寝たふりを続けてみた。すると、由美乃がさらに近づいて・・・
「まー兄・・・ 好き・・・」
そう、あの雨の日、あの部屋で起こったことが繰り返されようとしていた。あの時は由美乃の方からほっぺたにキスしてきたのだが・・・
「由美ちゃん、俺も由美ちゃんのこと、大好きだよ。」
俺は目を開き、近づいてきた由美乃にはっきりとそう告げた。由美乃は一瞬、驚いたような顔をしたが、そのまま目を閉じて俺の方に顔をさらに近づけてきた。必然的に、そう、あくまでも自然に、由美乃と俺の唇が重なり合った。
「・・・・・・」
一瞬が、まさに永遠にも感じた。俺は、どれだけこの瞬間を待ち望んだかしれない。確かに、1回目のループでは記憶はないものの、俺は由美乃とのファーストキスをしていたはずだし、60才に戻されてから、57才の由美乃にキスした後、何回も身体中にキスもしたが、今回、2回目のループでは、こうしてファーストキスをはっきり体験することができた。変な言い方だが、2回目のファーストキスが、まさに初めての経験なのだ。
「まー兄のエッチ。」
このセリフは、もともとの俺が、由美乃との触りっこでエスカレートした時に言われたセリフと同じだが、あの時は俺を非難するような口調だったが、今回のセリフにはそういう意図がないことはよくわかった。
「もしかして、こういうことをしたくて、ここに私を呼んだの?」
俺は起き上がり、由美乃と正面から向き合った。
「違う・・・と言えば嘘になるね。でも、本当は、由美ちゃんと、これからのことを話し合いたかっただけだよ。」
「これからって?」
「おじさん・・・ 由美ちゃんのお父さんにも言ったけど、俺は、由美ちゃんが結婚できる年になっても俺を好きでいてくれるなら、本当に結婚したいって思ってる。」
「まー兄・・・」
「でも、結婚って、好きなだけでは難しいってことも知ってる。俺は、由美ちゃんをちゃんと養えるようにならなきゃいけない。」
まだ昭和40年代の頃は、女は結婚したら家庭に入る、専業主婦になる、というのが一般的だったから、男にはそれなりの生活力が必要だったのだ。そのためには、いい大学に入り、いい会社に就職する、なんてかなり漠然とした言い方だが、そういう風に考えるのが自然だった。
「だから俺は、高校は国立に行って東大を目指すし、卒業したら一流企業に就職して、由美ちゃんが20才になったら迎えに行くつもりだ。」
1回目でも同じビジョンを由美乃の父に話したが、今回はまだ由美乃にしか話していない。そして「ジョーカー」が雪姉だとすれば、俺のビジョンが雪姉に伝わり、その上で俺がその通り行動しない限り、未来が確定したと判定されることはないと思う。
「でも私・・・ まー兄に守ってもらうばかりで、なにもできない・・・」
「そんなことないよ。由美ちゃんには由美ちゃんにしかできないことがあるのさ。それは別に、今すぐ必要なことじゃないから、焦る必要はないんだよ。」
そこで、予鈴のチャイムが鳴り響いた。昼休みが終わり授業が始まるまであと5分という合図だ。俺達は名残惜しさを感じながらも舞台袖から出て、お互いの教室に戻った。
5時間目・・・ 俺は由美乃とのファーストキスをずっと思い返していて、授業など耳に入ってこなかったことは言うまでもない。
1回目のループでは経験する前に60才に戻されたため記憶に残らなかったファーストキスが実現して舞い上がっています。前回は、中学生になってもできなかったのに、今回は小5にしてファーストキスって・・・ 自分で書いておいて何だけど、なんか許せん。(^^;)




