やり直す意味
戻ってきたはいいが、何をしろと言うのか?
雅哉の自問自答が続きます。
どうして50年前に戻ったのだろう?
きっかけは、お袋から聞いた由美乃の話であることには間違いない。やり直して由美乃を救えとでも言うのだろうか? だが、3回目の離婚をして、男運がないとは確かに言えるのだが、別にどん底まで落ちたとまでは言えないのではないか? 2回目の相手が由美乃の娘に手を出したとは言うが、その娘も今はそれなりに幸せらしいから、俺がどうこう言える立場でもない。なら何故?
戻る前に、お袋が気になることを言ってたのを思い出した。
「アンタがもらってやればよかったんだよ。由美ちゃん、アンタのこと好きだったんじゃないのかい?」
確かに、俺と由美乃の間にはある秘密があったが、いくらお袋でも、それを由美乃から聞き出せたとは思えない。お袋が何を根拠にそう言ったのかは定かではないが、由美乃が俺を好きだったからこそ、ああいうことがあったということなら、これまでの由美乃の男運のなさは、俺が原因だとしてもおかしくはないのだ。
俺自身も、そのことを何かにつけて思い返してはいたのだが、俺が中学生になって以降は、文也との接点がなくなったことで、由美乃とも会わなくなっていたので、いつの間にか、忘れてしまっていたのだ。
「やはり、由美乃のことをどうにかしろ、ということなのかな?」
だが、俺自身は中学生に上がる頃には、初美を強く意識するようになっていた。実は、初美には大学時代に通学途中で再会し、その後、何回かデートらしきこともしたが、結局フラれてしまったのだ。だから俺としては、やり直すなら初美、という気持ちが強い。
そして、お袋は知っていたはずだ。俺のことをはっきりと好きだと言ってたのは、京子だけだったということを。
* *
50年前は、男女平等と謳われてはいたものの、まだまだ男尊女卑という風潮が残っていて、男が家事や育児をするなんてことはかなり珍しかったようだ。俺の家族も例外ではなく、親父は典型的な亭主関白だった。俺には兄が1人だけいて4人家族だったが、家事の一切はお袋1人でやっていた。それでも父が「子供は親の手伝いをするものだ」ということで、お袋の手伝いをよくさせられた。一方、栄治には姉が2人、文也には由美乃がいたせいで、2人にはそういう機会はあまりなかったらしい。栄治が女子達と行動しようとしなかったのは、そういうことも理由の一つだったのかもしれない。
小学校には3人で登校していたものの、栄治とは4年生の時からクラスが別になってしまい、文也はもともと学年が違うため、下校は1人になることが多かった。たまに、京子達が待ち伏せしていたこともあったが、後でクラスの連中にからかわれるので、こっそりと裏から帰ることもあった。そういう時は帰ってから京子達が家に押しかけてくるので、そのまま女子のグループに混じって遊ぶことになってしまうのだ。男1人に女子が4人。ちょっとしたハーレム気分とは言えるのだが、小5の俺にそんな余裕はなかった。
「まーくんはお父さんね。私がお母さんで、由美ちゃんは子供ね。」
「私は?」
「はっちゃんはお隣の奥さんで、その子供がさっちゃんかな?」
いつもそうとは限らないが、だいたい、いわゆる、おままごと、というやつに強制参加させられていた。
京子は、女姉妹のいない俺にとっては、妹みたいな存在だった。近所の中では特に、京子の祖母とお袋が親しかったこともあってか、物心がついた頃から、俺の傍にはいつも京子がいた。子供ながら、大人になったら結婚するのかな、なんて考えてたりもしていたが、京子も同じ気持ちだったのか、おままごとをするときは、必ず京子と夫婦にさせられていたのだ。
「京ちゃん、たまには代わってよ。」
時折、初美が俺と夫婦役をやりたがったが、
「まーくんは私のだよ。ねえ?」
「まあ、たまにはいいんじゃないかな?」
「えーっ? そういうのを浮気って言うんだよ? 浮気したら慰謝料払わないといけないし、子供にも会えなくなるって言ってたよ?」
今時の子供ならそんなことを知っていても不思議じゃないが、なんせ50年前だ。その時分の小学3年生の女の子が、そういうことを言うのはどうなんだろう? そもそも誰がそんなこと教えたんだ?
「京ちゃん、だいたいまーくんと結婚してるわけじゃないじゃない? 16才にならないと結婚できないんだよ?」
「ええと・・・ そうだっ、コンヤクよ、コンヤク!」
「コンニャク?」
由美乃がボケる。
「コンニャク、おいしいよね。」
「そう言えば、そろそろおでん屋さん来る頃じゃない?」
由美乃は京子がそういう話を持ち出すと、決まって話を逸らしてきた。ちなみに「おでん屋さん」というのは、屋台を引いてうちの町内や周辺を回っているおじさんのことだ。屋台のおでん屋は今でもお寺の縁日なんかでは見かけることはあるが、その当時は子供相手に巡回している屋台もあったりしたのだ。もちろん酒は置いていない。
「おでん屋さんか・・・ 懐かしいな?」
「まーくん、昨日も来てたじゃない? 懐かしいって?」
「いや、なんでもない・・・ って京ちゃん、俺たちいつ婚約したんだよ?」
ついうっかり、60才の自分を出してしまったので、話を逸らそうとして、結局元に戻してしまった。
「えーっ! まーくん、私のこと嫌いなの?」
「いや、そういうわけじゃないけど、俺まだ10才だし、早くない?」
「いいのよ? だって私、まーくんのこと大好きなんだからっ!」
「こらっ、抱きつくなって!」
京子はそんな調子でいつもアプローチしてくるのだが、由美乃はそれをじっと見ているだけで、何も言わない。初美とさつきは、またか、という感じで、あきれ顔だ。実際に初美からは「京ちゃん、またなの?」と言われたりもしていたくらいだ。
* *
何度考えてみても、50年前に巻き戻ったのは、俺の唯一のモテ期だったとも言える時期だったからとしか思えない。京子は言うにおよばず、由美乃も間違いなく俺を意識していたと思うし、この頃の初美も、おままごとでの「代わって」発言から、ある程度は意識していたのだと思える。わからないのは、さつきぐらいだ。
だが、10才の俺がどんなにうまく立ち回れたとしても、この中の誰かと結婚まで行くかと言われれば、疑問符がつく。京子とならあるいは・・・とも思うが、おそらく俺がそこまでは思い切れない。巻き戻る前の俺も、今の俺も、初美に気持ちが傾いているからだ。だが、「60才独身」の俺が結局初美とはうまくいかなかったことを考えると、今回も同じかもしれないと思える。なら、これから俺が中学生になって行動範囲が変わり、彼女たちと徐々に疎遠になっていった前回をそのまま繰り返すのではなく、そうならないための努力が必要なのかもしれない。そのために戻ってきた、と考えることにした。
「なら、まずは京子かな?」
実は、京子は小学生のうちはアプローチが過激ではあったが、俺が中学生になったあたりから、だんだんおとなしくなっていったのだ。確か、俺が中3に上がった時に同じ中学に入学してきたが、何故か一緒に登校しようなどとは言われなかった。もっとも、相変わらず俺は栄治とつるんでいたから、なんだかんだ言ったところでムダだと思っていたのかもしれないが。
栄治とは中1の時だけは同じクラスだったが、中2からクラスが分かれたため、中3の頃は俺1人で下校していたから、その時に初美と一緒に帰る京子を見かけたりはしたが、初美を意識し始めていた俺は、初美の顔を見ると胸がドキドキして苦しくなるので、わざと遠ざかったりしていた。それが京子からすると「嫌われた」と感じたみたいだ。
・・・もちろん、この時の俺はそんな京子の気持ちを知るよしもない。これは後からお袋に聞いたのだ。
「アンタがあからさまに京ちゃんを避けるものだから、ばあちゃん(京子の祖母)に今日も泣かれたって、いちいち言われるのが、かなり面倒だったわよ?」
そう言われたのは、京子が向かいの家から引っ越していった直後のことで、確か俺が大学に入った頃だったと思う。その頃は確か初美と通学途中で再会した頃だったから、初美のことが好きだったからで別に京子を避けていたわけではない、とも言えずにいた。
「どうなるかわからないにせよ、ひとまずは誰も傷つけないようにしないとな・・・」
その時は、それがどういう結果を招くのかを、まるで考えもしなかった。
幼馴染み達との付き合い方を考え直そう、というだけで、2話分6000文字を使うとは思わなかった・・・(^_^;)