不確定要素
由美乃を助けに行きます。1回目とは違い、あらぬ疑いをかけられていますが、そこは的場さん任せという状況ではありますが・・・
的場さんといろいろ話した後、俺達はまた文也の家に向かった。もう5時になろうとしていて、工場の従業員達が帰宅する準備を始めていて、工場長である文也の父も忙しなく動き回っていたが、母親の姿はなかった。
「工場長はもう少ししないと落ち着かないかな? 奥さんは由美ちゃんを説得してたから、たぶん今も子供部屋の前かな?」
「的場さん、文也は?」
「お婆さんの部屋で説教されてたが・・・」
1回目のタイムリープの時に、俺が祖母に話をしたのは、自前の工場とは言え従業員達を抱えている両親には話ができなかったからだ。祖母は文也達に、自分の部屋がある2階には近づくな、と言っていたくらい、あまり子供好きではなかったらしく、文也からも「おっかないばあちゃん」としか聞いていなかった。だが、それを知りながら1回目に祖母に話をしたのは、孫に無関心な訳ではないとの確信があったからだ。
「お婆さん、言う時は言う人だからな。文也君もかなり堪えてるんじゃないか?」
文也のことはいい。今は由美乃だ。昨晩から閉じこもっているとなると、ほぼ丸1日飲まず食わずになっているはずだ。まだコンビニどころか自動販売機さえそんなに普及していなかった時代だ。ペットボトル入りのスポーツドリンクなんて気の利いたものはないから、自宅の冷蔵庫にあった麦茶の入ったポットを持ち出し、文也の家、由美乃が閉じこもっているという部屋に向かった。
「由美ちゃん、お願いだからここを開けて!」
母親が閉じこもっている由美乃を必死に説得しているようだが、反応がないらしい。
「ま、的場さん、もう私、どうしたらいいのか・・・」
「工場長が嫌がるだろうから、工場が終わる頃合いを見て彼をつれてきたよ。おそらく、彼じゃないとダメだろうからね。」
俺は部屋の前に立って、由美乃に呼びかけた。
「由美ちゃん、俺だよ、雅哉だよ。もう大丈夫だから出ておいでよ?」
次の瞬間、部屋の中で何かをひっくり返したような音がして、扉がゆっくりと開いた。扉は外から中に押して開くタイプなので、扉の前に物を置いてしまえば外からは簡単には開かないのだ。それでも、まだ7歳の由美乃が簡単に閉じこもれるものではない。おそらく、同室の文也が普段からこういうことをしていて、簡単にできるようになっていたのだろう。
「まー兄!」
由美乃が俺の胸に飛び込んできて、泣き出した。
「もう大丈夫だよ。とりあえず、麦茶でも飲みなよ。」
真夏ではなかったが、7月の陽気だ。その中でクーラーもない中、ほぼ一日中閉じこもっていたわけだから、脱水症状を起こしていないか心配だったが、部屋の中にも買い置きのお菓子やジュースがあったようで、そこまで心配する必要はなかったようだ。由美乃は泣きながら麦茶を飲んでいたが、一息ついて俺を見上げたその表情が、とにかく可愛かった。思わず由美乃を抱きしめてしまった。
「ん? まー兄?」
丸1日閉じこもっていたせいで、由美乃の身体はかなり汗ばんでいた、でも汗臭いとか、そういう感じではなかった。これが由美乃の素の匂いだと思うと、俺は下半身が熱くなるのを感じた。馬鹿野郎、今はそんな場合じゃないだろう!?
「お母さん、由美ちゃんを叱らないでくださいね。悪いのは文也なんだから。」
「あら? 私、あなたのお母さんじゃないわよ?」
そう言われて、焦ってしまった。いつもなら、おばさん、と呼んでいたわけだし、これじゃ火に油じゃないか。
「そんなことより、奥さん、工場長が言ってたことはただの邪推でしたよ。彼は俺が話をしようとした時、真っ先にこう言いましたよ。このことが知られて傷つくのは由美ちゃんだから、とね。そんなことが言える男が、親友を唆して妹に手を出させるなんて、あり得ないですよ。」
「的場さんは随分と雅哉君がお気に入りのようだね。確かに雅哉君のおかげで儲かったわけだし、それは分からないでもないんだが・・・」
いつの間にか、文也の父親が来ていた。仕事が一段落したみたいだ。
「工場長、バカにしないでくれよ。そんなことで人を判断してるわけないだろっ!」
「由美乃、こっちに来なさい。なんでこんなことをしたか、ちゃんと話をしよう。」
「・・・おじさん、そんな必要ないんじゃないですか? 由美ちゃんは何も悪いことはしてないでしょ?」
「部外者は黙っていなさい。だいたい、こうなったのは君のせいじゃないか!? いい加減、由美乃を離して出て行きなさい!」
「工場長、そんな言い方・・・」
「おじさん、今の俺が部外者だってことは確かですから出て行きますけど、一言だけ言わせてください。事情はどうあれ、今回の件では由美ちゃんは被害者で何も悪くないんだから、責めないであげてください。」
俺は由美乃を抱きしめていた手を離して、立ち上がろうとしたが、由美乃がしがみついたまま離れようとしなかった。
「まー兄、行っちゃヤダ。」
俺はどうしたものかと、的場さんの方を見たが、彼は何故かニコニコ笑っていた。なんか雪姉が俺を見ていた時のような感じだ。叔父だけに、そんなところはよく似てるんだね。
「あらあら、しょうがないわね。おとうさん、私達の負けよ。」
「おかあさん、そんなことでいいのか?」
「だって、まーくんが来なかったら、由美ちゃん、出てこなかったでしょ? まーくんにしても、文君を唆したなんて言われてたのに、反論するどころか、由美ちゃんを庇うようなことしか言ってない。何があったかなんて、もうどうでもいいわよ。こんなに思い合ってるなら、それが答えなんでしょう?」
1回目と同じく、母親が味方についた。
「だ、だけど、2人はまだ小学生だぞ?」
「あら、私達だって、その頃から結婚しようって約束してたじゃない?」
文也と由美乃の両親は幼馴染みだったらしい。1回目の時にはそんな話は聞かなかったが、今は俺達を後押ししてくれるなら、何でもいい。
「まあ、由美ちゃんが結婚できる年齢になった時に、僕が忘れられている可能性はあるかも知れませんがね?」
「まー兄、そんなことないよ! いくつになっても私、まー兄が好きだよ!」
「ありがとう、由美ちゃん。俺も60才になっても由美ちゃんのことは大好きでいるよ。」
ただ、一つ気がかりなことがある。1回目の時、俺は将来のビジョンを明確に示し、もともとの俺がなし得なかった国立高校合格により未来が確定されたと判定され、いきなり60才に戻された。その為に42年間の記憶を失った状況になってしまったので、今回は記憶が欠落しないように立ち回りたいと思っているわけだが、今は、由美乃と俺が、7才と10才にして婚約しそうな流れだ。おそらく、これから、将来のことを問われる。国立高校には1回目で合格しているから、このままだと、近いうちに60才に戻されるだろう。そうなると、また記憶が欠落してしまう。
「由美ちゃん、おかあさんと一緒にお風呂入ろうよ。女同士でないと話せないこともあるでしょうからね。おとうさん、いいでしょ?」
「わかった。俺はあらためて、彼に話を聞くことにするよ。」
「大丈夫よ、由美ちゃん。まーくんはすぐに帰ったりしないわよ。まーくん、7時ぐらいまでならお家の方も問題ないでしょ?」
「わかりました。待ってます。」
「お風呂上がりの由美ちゃんもいいかな、なんて思ってないかい?」
・・・的場さんに、図星を刺されて少し焦った。顔が赤くなっていたかもしれない。両親の前で抱き合っていたわけだから、今更かもしれないのだが。
その後、俺は、的場さんの立会いの下、文也の父と話をした。途中で祖母が文也を連れてきたので、なんとも気まずい感じにはなったが、前回と違い、俺が告発したわけではないから、淡々と話すことができたと思う。
結局、1回目と同じように、2人だけにはならないという条件はついたが、由美乃と会うことは許された。だが、20才になったら、という話はしなかった。ビジョンを具体化してしまうと、未来が確定したと見なされてしまう。それを回避するために不確定要素を残しておくこと・・・ それが、どういう結末になるのか、今の俺に知るすべはなかったが。
1回目と同様に母親を味方につけられたことで、同じ状況に戻すことはできましたが、未来を確定させないように、不確定要素を残しておくことに一抹の不安を感じている雅哉です。具体的な話は次回にて・・・
年末で本業が忙しくなってきたこともあって、更新間隔が長くなっていますが、年内にもう一話は投稿するつもりでいますので、よろしくお願いします。




