失敗
今回は競馬の話が多くなってます。
翌日の日曜日、普段なら京子が俺の家に来るか、栄治が隣から呼ぶか、だいたいどちらかのパターンで遊び始めるのだが、この日は俺の方から文也の家を訪ねた。
普段なら、玄関は工場に出入りする従業員がいるし、入ってすぐ正面に社員食堂を兼ねた大きな部屋があるので、ほとんどフリーパスで入れるのだが、今日は日曜日だからか、鍵がかかっていた。仕方なく、俺は玄関のチャイムを鳴らしたのだが、出てきたのは昨日熱弁をふるっていた例の中年男性だった。
「おや、君はタニノハローモアの・・・?」
別に俺が予想したわけじゃないけどね。だけど、なんでアンタがここにいるんだよ?
「文也君の友達だよね? 文也君なら朝早くから野球の試合があるとかで、出かけたよ。」
それは俺も知ってる。1回目の時は由美乃との接点を無くすために野球教室に通わされることになったが、もともと、試合がある度に呼ばれてたりしていたのだ。
「いや、今日はちょっとおじさんに話があって・・・」
「工場長かい? 文也君を送っていったよ? いったん帰ってくるけど、その後俺と『場外』にいくことになってるよ。レースが終わってからの方がいいんじゃない?」
そうか、この時代にはインターネットなんてものはないから、当然、PAT投票なんてあるはずもない。それに当時の馬券は、馬券種ごとに窓口が違う上、一点ずつ発行されていたので、窓口でかなり待たされることになる。ダービーのような大きなレースならなおさらだ。だから、早めに場外発売所に行って、馬券を買っておきたいんだろう。そうなると、父親の方はあまり期待できそうもないな。
「話って、もし良かったら、俺から伝えてあげようか?」
とは言え、この男に俺がここに来た理由を悟られたりしてはまずい。由美乃のことは身内以外に話すわけにはいかないのだ。
「いえ、おじさんでないとちょっと・・・ ああ、そうだ、おばさんはいますか?」
「奥さんかい? ついさっき、娘さんと出かけたよ?」
そうか・・・ 由美乃があのことを両親に直接告げているとは考えにくいから、2人が出かけたことはそれとは何の関係もないんだろうな。
「タニノ・・・じゃなかった、雅哉君だったっけ? 暇なら3時半ごろまたおいでよ。君の予想が正しかったかどうか、見ておいてもいいんじゃないかな?」
「いや、正直それはどうでもいいんで・・・」
「確かに、馬券も買えないんじゃ、おもしろくないだろうね? そうだ、君の言ってた1-7、500円、俺が買っといてやるよ。もし本当に来たら、工場長と俺と君で儲けを山分け、これでどうだい?」
確か、配当は57倍くらいじゃなかったか? つまり、儲けは28000円ぐらいになるから、一人9000円強? 当時の俺の小遣いは月1000円ぐらいだったから、とんでもない大金に思える。
「い、いや、さすがにそれはムシが良すぎますよ?」
「おや、足りないってか? まあ、実際に1-7で決まったとしたら、確かに君の取り分が少なすぎる気もしなくはないな・・・ わかった、君が半分、俺と工場長がさらに半分ずつ、これで手を打とう!」
いや、最初の条件でもムシが良すぎるのは俺の方なんだけどね・・・ だが、いいんだろうか? 俺の取り分、14000円ぐらいになっちゃうよ?
* *
3時半頃に文也の家に行くと、社員食堂のテレビの前に、中年男性と文也の父がいた。
「しかし、的場さんも物好きだな? 所詮は小学生の戯言だろ? 500円とは言え、本当に買うかね?」
「まあ、この少年がレースが終わってからどんな言い訳するのか、興味があるじゃないか?」
この中年男性、的場というらしい。1-7で決まるとか、タニノハローモアが勝つなんて、これっぽっちも思っていないらしい。
「これは君が持っててよ。」
渡された馬券は、枠番連勝式1-7、金額は500円、本当に買ってきたんだ・・・
レースが始まるまでの間、的場さんと文也の父は、お互いの予想を熱弁していた。どうやら、的場さんは、マーチスとタケシバオーの1点勝負、文也の父はタケシバオーからアサカオーを厚めにし、さらに穴目に2点流したらしい。実はそのうちの1点がダテホーライがいた6枠だったらしいが、なんと競走除外になってしまった。
「こいつ、おもしろいと思ったんだけどな・・・」
枠連しかない時代で、ダテホーライと同じ枠にはもう2頭の馬がいたが、馬券はドブに捨てたようなものだと嘆いていたが、実はダテホーライよりも人気の馬がいたんで、あながちダメというわけではなかったのだが。
ちなみに、ダテホーライという馬、後に宝塚記念を勝つくらいの実力馬になるのだが、これはまた別の話だ。
「始まるぞ。」
文也の父と的場さんが馬券を握りしめてテレビの画面を食い入るように見る。俺はもともとの世界で過去のレース映像を何度も見ているから、2人のリアクションを見ていることにした。
1頭除外で19頭が一斉にスタートを切る。やはりタニノハローモアが出てくる。少し外の馬に絡まれかけたが、1コーナーで楽々先頭に立つ。タケシバオーは好位の5番手、アサカオーは中段、マーチスはスタートが良くなかったのか、後ろから数えて3番目くらいで、先頭からはかなり離されていた。
「マーチスの差し足なら、これくらい余裕だよ・・・」
そう言いつつも、声が震えてますよ?
一方の文也の父は何度も頷いている。王道とも言える位置取り、やはりタケシバオーは強いのだろう。
しかし、この3強の順番は最後まで変わらなかった。直線で、マーチスが皐月賞馬らしい一気の追い込みを見せるが、前の3頭には届かない。タケシバオーをマークしていたはずのアサカオーもタケシバオーを捕まえきれない。タケシバオーも後ろの2頭を気にして前のタニノハローモアを捕まえられない。
「差せ-っ!! マーチス、一気に差せ-っ!!」
的場さんが近所迷惑なくらいの大声で叫ぶが、さすがに無理でしょ? むしろ、あれだけ後方からよくあそこまで持ってきたもんだと思うよ。まさに負けて強しだね。
「そのままっ、そのままっ!」
文也の父も的場さん程ではないが、叫びだしていた。タケシバオーから穴目を買ったと言ってたが、どうやら1-7も持っていたらしい。これでタケシバオーが3着だとすべてパーなので力が入ったらしい。
文也の父や俺が馬券を買っても歴史は変わらなかったようだ。9番人気のタニノハローモアが逃げ切り、2着タケシバオーで、枠連1-7、配当は57.3倍。これはもともとの俺が知っていた結果と同じだった。
レースが終わった後、2人はしばらく呆然としていた。
「雅哉君はもしかして未来から来たとか?」
「は?」
「だってよ、タニノハローモアが勝つ、と言うだけならともかく、1-7が来るなんて言い切れるわけないだろ?」
「的場さん、飛躍しすぎだ。タニノが逃げ切る展開なら、前目につけるタケシバオーが3強の中では有利になるのは誰が見たって・・・」
「普通の小学生に、そんなことわかるわけないだろう?」
「確かに・・・ 」
「ぼ、僕自身、信じられませんよ。適当に言ってみただけですから。そうだ、これ、ビギナーズラックっていうんでしたっけ?」
そんな風に誤魔化そうとしていると、玄関が開き由美乃の姿が目に入った。どうやら母娘が帰宅したようだ。
「あれっ、まー兄、どうしてここに?」
「そこの的場さんに呼ばれて来たのさ。」
「なんですって? お父さん達、競馬見てたのよね? なんで小学生の雅哉君を巻き込んでるのよ?」
母親は俺が持っていた馬券に気づくと、有無を言わさずという感じでそれを取り上げた。
「雅哉君、あなた小学生なのよ。学生や未成年は馬券を買えないことになってるのに、どうしてこんなもの持ってるの?」
なんかマズいことになってないか?
「ああ、それは雅哉君がそれで決まると言ったから、冗談で俺が買って渡したんだよ。まさか本当に来るなんて思わなかったけどね。」
「えっ・・・ これ、当たり馬券? いったいいくら・・・?」
「28650円ですね。」
「に、にまん・・・」
こりゃダメだな。どう考えても、今のこの状況は、由美乃のことを両親に話せる雰囲気ではない。
「由美ちゃん、京ちゃんのところに行こうよ?」
俺は、由美乃の手を取り、その場を離れることにした。
「的場さん、僕は小学生ですから、おばさんの言う通り権利がないですから、それはお返ししますよ。おじさんも当たったみたいだし、的場さんにとってもその方がいいでしょう? もともと的場さんのお金ですしね?」
「お、おう・・・」
「あなた、当たったって?」
「雅哉君、余計なことを・・・」
俺は由美乃を連れてその場を離れた。当たり馬券がどうなったか、文也の父がその後どうなったかなんて興味すらない。
「由美ちゃん、ごめんね。なんとかお父さん達に話をしたかったんだけど、上手くいかなかったよ。」
俺は機会をあらためることにしたが、それは由美乃にもうしばらく嫌な思いをさせるということだ。
「まー兄、私なら大丈夫だから、無理しないで?」
バカか俺は、由美乃を心配させてどうする?
明日の月曜日、今度こそしくじらないようにしよう。
作者が小学生の頃に、もしこの当たり馬券が手に入ったとしても、おそらく28650円は親に没収されたでしょうね。それこそ20才にならないと、タイムリープ前の記憶を頼りに馬券を当てまくる、なんてチートはできないでしょう。そんなことよりも、由美乃を早く助けないといけません。




