小学生の頃
「扉・・・」を連載していた頃に、構想を練っていた作品になります。「扉・・・」を再開することにしましたので、不定期更新となってしまいますが、よろしくお願い致します。
目覚めると、そこは真っ暗な部屋だった。よく「知らない天井だ」とか言いつつ、異世界に転移していた、などというところから始まるラノベなんかがあったりするが、そういうことではないようだ。じゃあ、知ってる場所なのかと言われれば、そうだ、と答えざるを得ない。だが、そんなことはあり得ないのだ。
真っ暗な中、よく見ると、一筋の光が見えた。この光景には覚えがある。昔、実家で暮らしていた頃、就寝前に雨戸を閉めていた。雨戸のわずかな隙間から差し込む朝日・・・ それがきれいだな、と子供の頃に思ったりしたものだ。
・・・えっ? なぜ、こんな光景が今更見られるのか?
俺はベッドから下りようとしたが、下りられない? というか、ベッドじゃない! 床に布団を敷いて寝ていた? 畳の部屋? 俺の借りてたワンルームマンションには畳の部屋はない!
「まさか・・・」
俺は飛び起きたが、その拍子に隣で寝ていたらしい女性の布団を剥ぎ取ってしまい、起こしてしまったようだ。
「うーん、まーくん、もう起きたの? ちょっと早くない? まあ、いいわ。雨戸開けてちょうだいね?」
言われるまま、俺は雨戸を開けた。朝日がまぶしいが、その中にある自分の右手を見て唖然とした。
「これ、本当に俺の手か?」
「なに寝ぼけてんの? 私、朝ごはん作るから、布団上げてちゃぶ台出してよね? もう5年生なんだから、それくらいできるわよね?」
間違いない。めちゃくちゃ若いが、この女性はお袋だ。じゃあ俺は・・・?
* *
とうとう60才になってしまった。
俺の名前は「中本雅哉」、独身サラリーマン。ワンルームマンションで1人暮らしをしていた。この年齢になるまで、何度かチャンスはあったものの、結局、誰とも結婚しないまま、独身貴族を気取っていた。一応、課長と呼ばれる身だし、年収もそれなりにあるので、縁談を持ちかけるお節介なおばちゃんがいたりもしたが、それがどんなに可愛い娘であっても、会ってみようという気にもならなかった。
「アンタはなんで、そんな年齢になっても人見知りなんだい? そんなんだから、まだ独身なんだよ!」
20年くらい前までは、お袋にこんな風に言われていたが、45を過ぎたあたりから何も言われなくなった。たぶん諦めたんだろう。
だが、俺だって別に不能だとか、男が好きだとかってわけじゃない。アニメは好きだが、女は2次元に限る、などと主張しているわけでもない。街で可愛いJKとか、妖艶なお姉さんがいたら、思わず振り返ってしまうほどだ。だが、40年近くも今の会社でいろいろな人間に気を遣って生きてきた俺が、プライベートでも気を遣わなきゃならないなら、一生独身で構わないと考えるようになってしまった。だから、決して人見知りというわけではないのだ。
* *
この家のことは、もちろん覚えている。俺が中学生になってからすぐに、今の実家の家に建て替える前までに暮らしていた家だ。そして、どうやら俺は5年生らしいから、10才くらいか?
「タイムリープしたってことか・・・」
60才のおっさんが、なぜ50年も前に戻ったのだろうか?
「俺、タイムリープする前に何してたっけ?」
昨晩のことを思い出そうとするが、頭がズキズキして思い出せない。思わず頭を抱えると、隣の部屋から男性が入って来た。若いが間違いなく父だ。
「オヤジ、若いなぁ・・・」
思わずそうつぶやくと、思い切り頭をはたかれた。
「オヤジとはなんだっ! だいたい、『若い』ってなんだ? どこでそんなこと覚えてきたんだっ!?」
どうやら、父の股間を見てそう言ったと思われたみたいだ。うん、たしかに若くて元気だ。60歳の俺が羨ましく思うくらいにね。だが、今はどうか知らんが、50年前の小学生がそんなこと言ったら、殴られても仕方ないのかもしれない。
そう言われれば、小学生時代の俺は、とうちゃん、かあちゃん、と呼んでたな。今の様に、オヤジ、お袋、と呼ぶ様になったのは、大学時代からだったはずだから、ここからの10年間は呼び方に気をつけないといけないな。
いきなり50年前に戻ったとは言え、俺であることには違いないし、10才の俺が覚えていることを忘れてしまったというわけでもないので、馴染むのは簡単だった。朝食を終えて、いつものように登校の準備をしていると、左隣に住む同級生の栄治が迎えにやってきた。そして、2人ではす向かいの4年生、文也の家に行き、3人で登校することになっていた。50年後の世界では、地域ごとに集まって10数人で集団登校するのが当たり前になっているが、この頃はそういった習慣はなく、各自が思い思いにバラバラで登校していたのだ。
女の子も同様だったが、俺の家の周りでは、向かいの京子、路地の一つ向こうに住んでいた京子と同い年の初美の3年生コンビと、文也の妹の2年生の由美乃とその同級生のさつきの2年生コンビの計4人でグループを形成していた。
その日は、初美がなかなか出てこなかったので、京子と由美乃、さつきの3人が文也の家の前で待っていたが、俺たち3人は彼女たちを置き去りにしたまま先に出ようとした。
「まーくん、たまには一緒に行こうよ?」
京子がそう言うと、決まって栄治がこう返す。
「女となんか一緒に行けるかっての!」
そういうと、京子はふくれっ面になって俺を見てくるが、俺たちの中では栄治の方がリーダー的存在だったため、なんか悪いとは思いつつも、栄治の後を追うように立ち去るしかないのだ。
「まあ、わたしもおにいちゃんと一緒じゃ嫌だけどね。」
由美乃がフォローするかのように言う。そんなことを言っている割には、この兄妹、結構仲がいいのはよく知っていた。
まあ、どっちにしても、初美がなかなか出てこないので、栄治の性格だと「女が男を待たせるなんて」とか言い出しそうなので・・・
「ごめんな京子、俺たち用事もあるから先行くよ。」
「雅哉、用事って・・・?」
「栄治が知らないだけだよ。」
思えば、もうこの頃から他人に気を遣って生きてきてたんだな、俺って・・・
* *
大学を卒業して就職したのを機に、実家を出て1人暮らしを始めたのだが、実家からは20分程の場所だったので、食費を浮かそうと週3日程は実家の方に立ち寄るのが習慣になっていた。その都度、お袋の世間話につきあうようになっていたが、どこで情報を仕入れてくるのか、昔よくつるんでいた栄治や文也の話が多かった。
とは言え、道ですれ違ってあいさつした、とか、そんな些細なことばかりだったので、話が出るたびにカラ返事をして、適当にあしらっていたが、昨晩は違った。
「文ちゃんところの由美ちゃん、また離婚したんだってよ。」
文也が俺の1才下だから今59才、そこから2才下なので、由美乃は57才だが、過去に3回結婚して3回とも別れているという。文也が妹のことをベラベラしゃべるとは思えないが・・・
「昨日、実家に帰ってきたところにバッタリ会ったんだよ。」
お袋は何故かそういう話を引き出すのがうまい。過去に初めての離婚をした時にも、由美乃本人から話を聞いたそうな。
「あの子も男運がないね・・・ 25歳の時に結婚した最初の男とは子供も授かったのに、2年後に暴力を振るわれて離婚、10年後に2番目の男と結婚したのはいいが、よりにもよって12歳になった娘に手を出されて離婚、さらに10年後、娘も手を離れてようやく自分の幸福を掴んだと思ったら、結局ダメで・・・ こうなったらもう笑うしかないって言ってた。」
「・・・・・」
「アンタがもらってやればよかったんだよ。由美ちゃん、アンタのこと好きだったんじゃないのかい?」
お袋はいったい俺たちのことをどこまで知ってるんだろう? ヘタに話をすると、何を言われるかわかったもんじゃないので、黙ってはいたが・・・
そうだ、昨晩、俺はお袋から由美乃の話を聞いて、少し動揺していた。由美乃の男運のなさは、もしかしたら俺のせいかもしれない。そう思いつつ、アルバムを手に取って、50年前の由美乃の写真を見ていたのだが・・・ 記憶がそこで飛んでいた。
何人かの女の子たちが出てきていますが、実はこの全員が雅哉といろいろありました。さらにもう2人登場する予定です。
とは言っても、小学生レベルの話ですから、過度の期待(?)はしないでくださいね。(笑)