第5話 でいなこっじゃ…
「えぇ…」
違う世界ということは、ここが地球じゃないということで…
なんでベランダにタバコを吸いために出ただけで、こんなところにいるんだ?
※※※※※※※※※※
『して、異邦人よ。先ほどの質問に答えてもらおう。』
こっちが違う世界だということに衝撃を受け、夢じゃないのかと思って頬を抓って痛さに顔を顰めていると、こっちの事情など構わずに白い犬が話しかけてきた。
あくまで、その『魔法』というものが気になるようだが…でも、魔法って一体なんのことだ?
日本の普通のリーマンには意味が分からないのだが。
『先ほど、明らかに魔法を使っていたであろう。ほれ、こうして言葉が通じていることもそうだが、その身にまとっている魔力も魔法だろうよ。』
「ん…え?」
ごめん、何を言っているかわからん。
言葉が通じるのが魔法、なのか?
動物と話しているってことも、摩訶不思議っちゃ不思議な分類に入るのだが…
それをさっきから使ってるとか言われても、皆目見当もつかなん。
動物と話しているくらい不思議な出来事…あ、
「もしかして、さっきの石ころを蹴っ飛ばしたときのアレか?」
そういえばさっきのアレはおかしかった。
サンダルで石を蹴っ飛ばしても痛みもなく、蹴っ飛ばしたほうの石は粉々になってるし、何より破片はすごい速さで木に刺さっているし。
あれがこの犬が言ってるような『魔法』だってのか?
「心当たりはあるにはあるが…石を蹴っ飛ばしたら粉砕した上に、その破片が木に刺さってたことがあった。
あれが魔法だってのか?」
石を蹴っ飛ばしたら粉々にする。これまた随分と地味な印象の魔法である。
『そうではないか?今もお主には身体強化らしき魔法がかかっておる。見たところ…かなり強力なものだ。我が本気で攻撃しても傷つけることができないほどのものだから、石如きなぞ粉砕してしまうだろうよ。』
本気で攻撃て…
さっきのドラゴンと戦っている場面が脳裏をよぎるが、あれのことだろうか。
あんなもの、こっちに向かってきたらどうしようもない。
「え、えぇ…」
『現に…ほれ』
あれは勘弁してくださいと命乞いをしようと思っていたら、目の前の犬がお手をするかのように右前足を上げ、それを素早く振り下ろした。
それだけの動作で何かが飛んできたんだろうか、ふわりと優しい風を体全体で感じた。
さっきの平原で感じていた心地よい風に似ているなぁと呑気に思っていたが。
『なんともないであろう?』
「い――――」
一体何を、と言おうとした瞬間。
――轟ッ!!
俺の後ろで轟音が響いた。
何事かと慌てて後ろを振り返ると、そこには…
「…はい?」
3本の爪痕みたいなものが川原を抉っている。だけでなく、川原のその先、森にも届いているようで、ここから見える森の木々を見事に切り裂き、なぎ倒していた。
何をやったか全くわからん。
が、たぶんこの犬が何かしたことは間違いないだろう。
森の木々は切り飛ばされて倒れ、抉り飛ばされた土や石が空を舞った後ゆっくりと地面に落ちている。
「な、な…」
『わかっていたが、我の爪を食らってもなんともないとはな。しかも人間相手に、だ。それほど強力な身体強化なんぞ見たことがない。先ほどのトカゲですら傷ついていたのだぞ。』
そんな光景に唖然としていると、衝撃の事実が犬から出てきた。
いや、ちょっと待て。なんつーことしようとしてんの、この犬。
トカゲってのは、さっきのドラゴンか?あの大怪獣大戦でやったようなことを俺にやってんの?
あんな地面が抉れたりなんだりされたら、あっさり死んじゃうよ、
俺が信じられんという顔で白い犬を見てみるが、そんなことを気にせず自分の爪を見てやがる。
『ほれ、これでわかったであろう。お主がどれほど強力な魔法を使っているか。このフェンリルの攻撃を無傷にしてしまうなるほどのものだ、誇ってよい』
「フェ、フェンリル…?」
こっちの驚きなんて関係なしに、白い犬は自分の攻撃が効かないことに呆れ鼻を鳴らしていた。
けど、フェンリルってどっかで聞いたことあるような名称が出てきたな。
『ぬ、お主は異邦人だから知らぬか?一応ここでは上位に君臨する魔狼だ。我はまだ産まれて500年ほどしか経たぬ故若い個体ではあるがな』
ちょっと待てくれ、混乱した頭に次々と変な情報をよこさないでほしい、もう頭の中がいっぱいいっぱいになってきているんだ。
目の前の犬が実は狼だったとか、魔狼?とかいう変な生き物だったとか、500年も生きてるとか、500歳超えてるのに若いとか、次から次へと変な情報を足さないでもらいたい。
第一、こちとら見慣れたアパートから草原に放り出されて、絶賛今後どうするかの目途も立っていないのだ。そこに魔法のこと以上の混乱する要素を継ぎ足さないでほしい。
「えーっと、ちょ、ちょっと待ってくれ」
ダメだ、ここでひとまず整理しないと頭がパンクしちまう。
まず、えっと…ここが地球じゃないと。
で、俺は何故か魔法ってやつを使っていて、言葉が通じるようになってるんだな。
更には、その魔法がいつから掛かっているかわからないが、体は強化されていて目の前のフェンリル、だっけか?それの攻撃、しかもドラゴンにするような攻撃すら効かない、と。
「ダメだ、全ッ然意味がわかんねぇ…」
『ふん、我だって意味がわからぬ。人間なら大抵、それこそ軍隊を出して来ようとも、先ほどの攻撃で大抵壊滅するのだぞ?それがなんだ、髪の毛一本すら切れぬとはどうなっておるのだ、まったく…』
鼻を鳴らして呆れるが、もうちょっとこちらを考えてくれてもいいだろうに…
いきなり環境が変わりすぎて、こっちだって混乱してるんだ。もうちょい親身になっても…って、狼に対して思ってもダメか。
『で、どうやってその魔法を使ったのだ?ほれ、応えぬか』
「応えぬか、と言われても…」
こっちとしては、そんなものを今日知ったし、それが使えることをたった今知ったのだから、逆に使い方を教えてほしいものである。
「悪いが、本当にわからないんだ…こっちとしては、いきなりここが違う世界っていうことにも困惑しているし、魔法ってのも今知ったくらいだ。それにフェンリル、だっけか?それについても全く知らないし…」
話しているうちに少し思い出したが、北欧神話だかなんかにそれっぽい名前が出てきたような気がする。
そういう話には疎いから、でっかい狼だったようなという記憶しかない。
『そうか、わからぬか。ならば仕方あるまい』
厳つそうな顔つきからちょっと残念そうな雰囲気を出しつつ、ため息をつく狼。
なんだか狼がため息をつくなんていう珍しい表情を見れたなとも思ったが、生憎こっちも意味が分からぬままだからしょうがない。
むしろ、誰か説明してくれないと困る。
『ふむ、何も知らぬというならば問題なかろう。この世界にもそうそう影響を及ぼさぬはずだ』
こちらを少し伺うような視線を向けたフェンリルは、興味を失ったのかゆっくりと立ち上がり、俺が来たほうとは反対側の森のほうへと去っていく。
こっちとしては問題だらけなのですが?
「え?ちょ、ちょっと待ってくれ。せめて、せめてこの魔法とやらの説明をしてくれ」
何かあった時、さっきの石ころみたいにとんでもないことになっても困るぞ。
『なに、それはこの川を下っていけばいい。そこに人の匂いがするからそ奴に聞けばよかろう』
狼は鼻先を川下のほうへと向ける。つられてこちらも川下のほうを見やるが、こっからでは目の前の小川が流れているだけで何も見えん。
本当に人なんているのか?というかこの狼、さては興味を失くしたからか、放り投げたな?
『我が説明するよりも、同胞ならばお主も色々聞きやすかろう。それに、そのバカげた魔法を使いこなせないとなれば警戒するに足りぬ。なんせ、こっちから何もできないがそちらからも何もできないであろう?』
「そりゃ、何もできないが…」
むしろ、何ができるかもわからないから説明してほしいわけで。
だいたい、あんなドンパチしていた相手に何かしようとすら思わん。
『ならばこそ、同胞と会って色々聞くといい。何、お主は変な魔法に守られているから多少の脅威は問題なかろうて』
そう言うと、フェンリルとやらは言いたいことは言い切ったとでも言わんばかりに、さっさと森のほう向かっていく。
『ではな、奇妙な異邦人よ。次に会う機会があれば、敵として対峙したくないものだ』
「あ…」
別れの言葉が聞こえたと思ったら、あっという間に目の前の狼は消えてしまった。
ただ素早く去っただけだと思うが、先ほどまでいたはずの白い塊はどこへやら。俺の眼前からは完全に姿を消していた。
まあ、あのドラゴンと戦っていた時にあれほど機敏に動いていたのだ。目の前から消えたように見えてもおかしくないのだろう。
そうして白い狼が去り、後に残ったのは、綺麗な小川と深い森、石が転がっている川原と、さっきのフェンリルがつけた傷跡だけだ。
「えぇ…」
にしても、本当に訳のわからん情報を与えて、こっちを混乱させるだけさせて消えちまった。
いや、人がいるってのを教えてもらえたのはありがたいし、何よりここが地球じゃないってことを教えてもらえたのもありがたい。
が、もうちょっと色々補足してくれてもいいでしょうよ。
って、やはり動物に色々教えてもらえると思ったのが間違いだったのか?
まぁ、すごい長い期間生きているやつだったから、そこらへんの人よりは詳しそうだったけども。
「とりあえず…歩くか」
仕方ない、さっき教えてもらえたとおり、川下のほうに向かって歩いてみよう。
そこにいるであろう人に、魔法のこと含めて色々教えてもらえるよう頼んでみるか。
お読みいただきありがとうございました。
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