第4話 なんちね?
ようやく見つけた水をがぶ飲みして、ふと顔を上げると、そこには白い犬がいた。
俺の常識の中にある犬だったら可愛らしいと、ほっこりする場面ではあるが、如何せんどっからどう見てもアノ犬である。
あのドラゴンらしきものと戦い、あの草原をしっちゃかめっちゃかにした白い犬だ。
大きさがそれに近いし、何より少し怪我をしたのか、よくよく見ると白い毛の一部に血がついているから間違いない。
それがほんの2、3メートル先、川の対岸にのんびり寝そべっているもんだから、そら驚いて、
「…へぁ?」
なんて変な声も出るもんだ。
遠目から見てもでかいと思ったが、近くで見たらデカさが尋常じゃない。
対岸にいるとはいえ、視界の中が真っ白だ。
なんで5、6メートルくらいの大きさなんだよ。昔動物園で見た象みたいなデカさじゃないか。
そのくせ、野生とは思えないほど汚れ一つない純白な毛なもんだから、その白さにも驚きだ。
と、目を見開いてそのデカさや純白度合いに驚くものの、すぐにさっきの戦いの激しさを思い返した。
空飛ぶドラゴンに、やれ氷をぶっ飛ばすだのなんだやっていた犬だ。
あのようなものの矛先がこっちに来たら、たまったもんではない。
『◎γ×△¥§●&?#$』
「は?」
あの素早さでは無理だろうとは思うが、今のうちになんとか逃げ出せないもんかなと思っていたら、なんか声っぽいもの?が聞こえてきた。
慌てて左右や、一応俺が通ってきた背後の森を見まわしてみるが、やっぱり人っ子一人もいない。
『〇∮◆|』
でも、声は変わらず聞こえてくる。なにこれ、普通に怖いんだけど。
いったいどこから聞こえてくるんだよ。
と、見当たらない声の主を探していたが、目の前に危険生物がいるのを忘れていた。
突然聞こえてきた声に混乱して意識から外れていたが、相変わらず巨大な犬が目の前に鎮座してるんだったな…
そちらを見やると、なんだか怒ってませんかね?
最初は優雅に、と言ってもあの綺麗な白い毛があるからこそ優雅と言えるのだろうけど、寝そべっているだけだと思ったんだが、今は歯茎を剥き出しにして、低く唸ってるんだが。
…あの牙で一思いに食べられてしまうのだろうか?
『☆▲※◎★●!』
そして、また声が聞こえたときに気づいた。
声に合わせて目の前の大きな犬の口が動いているのが見て取れたのだ。
「え、えぇ…」
見知らぬ土地に来て、まさか犬が話すとは思わないし、なにより初めての会話が犬ってどういうことだよ…
しかも、その初めての会話中だというのに、絶賛命の危機に瀕しているとか。
それにしても、こっちとしては助かりたいから命乞いするのやぶさかではないのだが、言葉が通じないってのは厄介だ。
相手である白い犬は相変わらず低く唸りながら何か言っていることからも、話が通じれば命乞いでもなんでもできる、と思いたいなぁ。
こっちが困惑している間にも、犬のほうは矢継ぎ早に話しかけつつ、川に足が浸かるのもなんのその、それに伴って近かった距離を更に詰めてきた。もう犬の顔が目と鼻の先にあるくらい近づいてきているんですが。
だって、向こうの息遣いがこちらにも聞こえてくるし、なんだったら俺の前髪だって揺れるくらい間近だ。
このままじゃ、間違いなく食われる。
だって、喉からは唸り声が聞こえてくるし、牙は剥き出しになって、もう噛みつきねと言わんばかりの態勢だ。
そんな状況だからだろう。
『>|{~‘’&』
「な、なんちね…?」
思わず。
そう、思わずだ。
すっと言葉が出た。
焦って焦って、なんとかしないとなんとかしないと…と思った一心で口から出たのは、訛りに訛った鹿児島弁だった。
ときどき、焦ったり集中しすぎたりしたときに訛ることはあった。特に仕事をしていて、締め切りが迫ってきたり集中し過ぎているとき、どうやら無意識に鹿児島弁で受け答えしていたから上司に指摘されたもんだ。
が、こんな命の危機に瀕したときにも鹿児島弁が出るとは、状況が状況だから仕方ないが。
それよりもどうせなら、さっき吹っ飛ばした石ころみたいに、なんか変なわけのわからないことが起こって目の前の犬をどっかへやってほしかった。
『おい、なんだ今のは?』
「…え、なんですって?」
『…ん?』
なんか、女の人の声っぽいものが聞こえた。
誰かの声が聞こえたと思って聞き返してしまったが、目の前に差し迫っている犬のほうも首を傾げている。
それを見て俺も首を傾げたが、改めてこの光景を端から見たら滑稽だなと思う。なんせ至近距離ででかい犬と人間が双方首を捻ってる、なんとも不思議な光景なのだ。
首を傾げているばかりでは何も進展しないので、若干の期待を込めてもう一度聞きなおしてみる。
「えーっと…もしかしなくてももしかします?」
『…やはり聞き間違いじゃなかったか』
どうやら聞き間違いじゃないようですよ、えぇ。
ちゃんと犬と人間が話せるようになってます。なんならため息をついている犬だってこともわかりますよ。
…なんでだ?
※※※※※※※※※※
改めて、白い犬と向き合う。
言葉が通じるとわかったあとは実にスムーズにやり取りができた。
ひとまず、いつまでも川に浸っていては辛かろうと思うので、川原に上がってもらい、少し離れて対面することに。
地面には石が点在しているが、腰かけやすそうな石の上に腰を下ろす。こちらが腰を下ろすと向こうも腰を下ろし…って、お座りだよな、その姿勢。
さて、腰を落ち着けたことで気持ちも落ち着いてきた。
話が通じると分かったからか、少し落ち着いたからかわからないが、改めて目の前の存在を見てみる。目と鼻の先にいる犬ではあるがを見てみるとその大きさは人間じゃどうしようもないってのがわかる。
というか、蛇に睨まれた蛙ってのはこういうことだろうなぁと、身をもって感じている。感じたくはなかったが…
それもまぁ、話が通じる相手ってこともあり、ひとまずの危機からは脱せているが。
『で、だ。お主に尋ねることがある。』
「はぁ…な、なんでしょうか…?」
思わず身構えて敬語になってしまったが、仕方ないと思う。
犬に敬語はどうかと思ったが、あまり変に刺激したくない。
『先ほど使った魔法だが、あれはなんだ?』
「は?ま、魔法?」
魔法、まほう、マホウ…
…なんのことだ?
こっちはいたって普通の会社員だぞ?
それに、日本に魔法なんてもんがあるわけがない。そんなもんがあるのはあくまで物語の中のものであって、それが現実にあるわけがない。
なお、絶賛目の前に非現実的な生き物が鎮座しているが、それはなかったことにしよう。
とりあえず、魔法なんてもの、これっぽっちも心当たりがない。
「ま、魔法って一体何だ…ですか?」
『なんだその変な喋り方は?普段通りで構わん。それよりも先ほどの質問に答えろ』
思わず素で話しかけたが、どうやら変に聞こえてしまったらしい。まあ、言葉遣いを気にしないのなら普段通りにさせてもらおう。
あまり変に煩わせて機嫌を損なわせて、その矛先がこっちに来ても困る。
で、魔法かぁ…
「な、ならいつも通りにさせてもらいま…もらうが…
魔法って一体なんのことなんだ?そもそも、ここは一体どこなんだ?」
ちょうどいいやとばかりに、質問に質問で返してしまって申し訳ないが、今聞きたいことをここで聞いてしまおう。
こっちもやれ草原のど真ん中だの、やれドラゴンだのと、驚きの連続だったのだから。
『ぬ、お主もしや異邦人か?』
「い、異邦人?」
なんだその某曲名みたいな言い方は?
意味は、確か…外国人、とかそういう意味だったと思ったんだが?
『うむ、こことは違う世界から来る者を異邦人と呼ぶ。たしかに、その身なりはここら辺では見ないな』
…どうやら、ここは違う世界、地球じゃないようだ。
どういうこっちゃ?
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