第2話 なんねこいは?
確かに、何か手掛かりになるかもしれないと考えたし、何よりなんとか現状を打破するきっかけは欲しかった。
そのために、空を飛んでいる黒い点のほうに近づこうと考えた10分前の自分をぶん殴ってやりたい。
「…は?」
呆然としている俺の眼前に広がっていたのは、にわかには信じられない光景だった。
※※※※※※※※※※
どうやら、黒い点は鳥ではなかったようだ。
最初に見つけた時は細部まで見えず、あくまで黒い点だった。だいたい3、4キロは離れていて、遠目から判断できなかったからだ。
まあ、その時点で気づけばよかった。なんで遠く離れていたところから見えていたのかなんて、冷静になってみればわかったはずだ。
何も手掛かりがないからって安易に近寄ったのも焦っていたんだろうなぁ…
「…」
あくまで空想、架空の産物。
そんなものが空を飛び、口を開け、炎を吐いている。
そう、ドラゴンみたいな生き物はテレビや小説の中だけの話なはずだ。
そんな空想の産物らしきものが、空中を縦横無尽に飛び回って、地上にいる何かに対して何かやっているようだ。
「な、なんだ…?」
一体何をしているのか、皆目見当がつかない。
よく目を凝らせば、明るいものが飛び交っているのが見える。飛び交っているということで地上にも何かいるはずなのだが…
どうやら俺の目はだいぶおかしくなったらしい。
「おいおい…」
だいぶ遠くにいるはずのそれだが、ここからでもどんな形なのかわかる。どうやら白っぽい犬みたいな生き物らしいが、生まれてこのかた、あんな大きな犬なんて見たことない。
動物園でライオンを見ただけでもデカいと思うのに、それよりも更にデカい。
空を飛んでるドラゴンも大概だが、それに負けない大きさなんじゃないだろうか?
遠くにいる双方だが、どうやら何かやっているようで、光が空と地上を行ったり来たりして忙しない。
極めつけは、ドラゴンのほうから火?みたいなものが地上に向かって吐かれている。
「…」
少し、ほんの少し興味が出てきた。
あまりにも非現実すぎたのもそうだが、気になったのでもう少し近づいてみよう。
そちらのほうに少し足を速めつつ、でも見つかったら危ないということで、慎重に向かうことに。
まあ、慎重にと言っても身を隠すところなんてないから忍び足に、身を低くせざるを得なかったが。
※※※※※※※※※※
結構遠くに見えたシルエットも、徐々に輪郭がはっきりし始めてきた。大体最初に見かけた時から1キロほど近づいたと思う。
俺が近寄っている間も、あの2匹の間には何かが飛び交い続けていた。
段々と近づくにつれて、遠くにいたときには聞こえなかった音が耳に入ってきたが、穏やかではない音だ。
そうして分かったのは音だけではない。どうやらお互いに攻撃でもしていたのか、地上にいた犬っぽいものの周囲は地面が捲れ、草が焼き払われている。
ありゃ、燃えた跡か?
燻っている草原がところどころ目に入るようになってきた。燃やした熱さだろうか、徐々に気温も高くなってきて、じっとりと汗をかき始めてきた。
熱さをぬぐいながら、改めて何かやっている2匹を見てみると、どうやら戦っているっていうことだけはわかった。
「あー…うん…」
戦っているはず、なの、だが…どうやって戦っているかということがさっぱりわからん。
空を飛ぶドラゴンが火を吐いているってのは地上の状況と、現に目の前で火を吐かれているからわかる。
ただ、地上にいる犬っぽいものがどうやって戦っているのかさっぱりわからん。
犬の周りに円状の何かが纏わりついて、そこから白いものが飛び出している。
あの円状のものはなんだとか、白いものって氷っぽい見た目から、つららじゃねぇか?と思うところはあるが、皆目見当もつかん。
それを空に向けてどんどん打ち込んでいるが、それを舞うように避けているドラゴン。
それに押収するかのようにドラゴンも火を吐いているが、犬も負けていない。地上にいるのに不利であるはずなのに、地上を縦横無尽に動き回って避けているっぽい。
あまりにも、あまりにも非現実的な光景だ。
「―――――」
しばらく、我を忘れて呆然とする。
地上と空を炎が蠢き、白い閃光が飛び交い、生き物は空を、地を、悠然と舞い続けるかのように動き回る。
その現実離れし過ぎた光景は、ただただ圧巻の一言だった。
空を飛ぶドラゴンの、火と呼ぶのも生ぬるいとばかりに熱量を持った光線が地上を焼き払い、犬が出している氷が、空に僅かに残る雲を散らす。
「あっ」
近くの、ほんと目の前の草原がドラゴンの火で燃えた。
なんで生草が燃えるのかとか色々思うところがあるが、文字通り火の粉がこちらにも飛びかねない状況になってきた。
ここって一応1、2キロは離れているはずなんだがなぁ…
こっちは身を守る手段どころか、このあとどうすればいいのかすら皆目見当つかない身。
ここでただ呆と突っ立って、巻き込まれでもしたらたまったものではない。
「…離れるか」
なるべく気づかれないよう、そっとその場を離れる俺の後ろでは、その間も光と轟音が止まずにいた。
※※※※※※※※※※
だいぶ離れることができたからか、それとも戦いが止んだからか。
背後から聞こえてきていた音が小さくなる、とうとう止んだのか、聞こえなくなった。あの衝撃的な光景から離れはしたものの、ここでふと思ったことがある。
ここ、もしかして危険な場所なのでは?
あんな傍目から見てもすぐにわかるほどの巨大生物が右往左往している場所だ。それがそこら中にいるとなると安心できる要素が見当たらない。
幸い、平原で見通しがいいということから、遠くに何かがいればわかるのが救いか。
だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。当初のとおり、食料やら水やらを確保しないと生きていけないのだ。
「むぅ…」
誰か人がいれば尋ねることもできるのだが、景色は変わらず誰もいない平原のど真ん中。
どうしようかと思ったが、よくよく考えるとあてもなく歩くしかない場所だ。周囲に何かある手がかりもない状況の中。
唯一のきっかけと言えば、先ほどのあの光景。
「…待てよ」
仮にもアレだって生き物だ。食料や水が必要になっているはずでは?
となると、犬であろうあの白いでっかいほう。あっちを追っていけば何かしらあるんじゃないか?
流石に空を飛んでいたドラゴンのほうは追えないが、犬のほうなら跡をたどることもできるかもしれない。
先ほどまでの光景が脳裏にちらつくが、これも生きるためだ。
戻ってきた道を振り返り、再び先ほどの光景があった場所へと向かったが、手がかりっぽいものはあるものかどうか…
※※※※※※※※※※
「はぁ…こりゃ…」
凄まじい。
ただその一言に限る。
こちらからしたら命の遣り取りをしていたと思われる場所へ戻ったが、どちらも身を引いたのか、生き物の影も形もなかった。
そりゃあれだけドンパチやってたら生き物は逃げるわな。
あの戦いは夢や幻ではないという証明か、戦いの跡は地面に色濃く残っていた。
焼き尽くされた草原、抉られた大地、地面に残された爪痕、燻っている火、ところどころ突き刺さった氷柱。
まるでスプーンで抉り取ったような大穴がそこかしこに開き、あの戦いの壮絶さを物語っている。
虫の羽音一つせず、静かに風が吹くだけだが、その風に焼けたあとのようなニオイが混じっている中、俺はとりあえず何かないかと歩き回ることに。
途中、刺さっている氷柱を削れば水を確保できるかもと思ったが、どういった原理か、氷は陽を浴びると溶けることなく、削った傍から空気中に霧散するかのように消えてしまったので諦めた。
「さて…」
何か手掛かりはないかと、その爆心地とでもいうような場所を歩き回る。
元々が草原であるためか、足跡のようなものは見当たらない。というか、あんなデカい犬だったのに草を踏みつぶさないのか。
地面が見えている場所にも犬の足跡は見つからず、あの光景を見ていなかったら何が起こったかわからなかっただろう。
だが、根気よく探していたからか。
視界にふと、綺麗に太陽の光を反射する物が映った。
「ん?」
なんだろう、これは。
近づいてみると、三角形をした何かが落ちていた。光を反射する鏡のようなそれは、手のひらサイズの大きさだ。手に取ってみると、意外にずっしりしているらしく、重みに思わず落としかけてしまった。
掌の上で、上から横から矯めつ眇めつ見てみたが、
「…鱗?」
どうやら鱗っぽいぞ、これ。
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